挨拶
瑠璃がしばらく部屋で過ごしていると、ノックする音が聞こえた。扉を開けるとそこには乙成がいた。
「瑠璃ちゃん、お待たせしました。まずはここのリビングで同僚になる二人に挨拶しに行きましょうか」
「はい、他の人は別の機会ですか?」
「他の人はいないのよ。中野さんと、私と、今から会う二人で全員なのよ」
「え、まだ全体は見てないのですが、だいぶ広いように思うのですが、この人数で大丈夫なんですか?」
「ええ、人が少ない分、汚れる事も少ないし、ここは訪れる人も少ないから大丈夫なのよ」
瑠璃は、もっと人が多いと思っていたが、思っていたよりも少なく驚いていた。
「それじゃ行きましょうか」
乙成はそう言うと、歩き始めた。瑠璃は乙成の後を付いて行き、リビングへと向かう。二人はどんな人なのだろうと思いながら歩いていると、リビングに着いた。
「二人ともお待たせしました。こちらに居るのが新しく入った瑠璃ちゃんです」
「初めまして、綾乃里 瑠璃と申します。よろしくお願いします」
「おー、君が瑠璃ちゃんだね。あたしは、野々宮 綾香ですっ。噂通りのかわいい子だねー」
瑠璃は楽しそうに話しかけてきた野々宮に活発な印象を持った。それと、噂とはどんな事を話していたのだろうと気にもなっていた。
「私は、三ツ泉 茜です。確かに噂通りかわいい」
瑠璃は三ツ泉に大人しそうな印象を持ったが、眼鏡越しから目を細めて睨んでみられている様に見えたので少し萎縮していた。
「もー、茜ちゃん、また怖い顔になってるわよ。瑠璃ちゃんが怖がるでしょ」
「あー、ごめんごめん。よく見ようとするとこうなっちゃうんだよね」
どうやら目を細めていたのは、睨んでたわけではないと分かって瑠璃は安心した。
「それじゃ、二人は準備お願いね」
「はーい、瑠璃ちゃんもまた後でねー」
「また後で、バイバイ」
野々宮と三ツ泉はそう言うとリビングから出ていった。乙成が準備と言っていた事が気になった瑠璃は聞いてみる事にした。
「乙成さん、準備って何かあるのですか?」
「うん、この後ね、瑠璃ちゃんの歓迎会をするの。そのための準備よ」
「え、ボクのですか? 嬉しいです。ありがとうございます」
「うふふ、楽しみにしててね。桜も綺麗に咲いてるから素敵なのよ」
「桜ってまだ咲いてるのですか?」
「ええ、街の方だともう散ってる所も多いと思うけど、ここは標高が高くて少し寒いから今くらいが丁度見ごろになるのよ」
「ああ、それでなんですね」
瑠璃は歓迎会を開いてくれることに喜びを感じていた。ここに来る前に散った桜の木を見ていたので、綺麗に咲いているという桜をまた見てるという嬉しさも感じていた。
「次はお嬢様がいる本館に行きましょうか」
「本館ですか?」
「そういえば説明していなかったわね、本館は、前に瑠璃ちゃんが来た時に入った洋館の事よ。それで、今居るこの家の事は別館と呼んでいるわ」
「そうだったんですね。わかりました」
「他にも何か聞きたい事があれば聞いてね」
「1つ聞きたい事があるのですが、いいですか?」
「ええ、大丈夫よ、何かしら?」
瑠璃は小百合の事をお嬢様と呼んだ方が良いのか気になったので聞いてみる事にした。
「えっと、小百合さんの事なんですが、お嬢様と呼んだ方がいいのですか?」
「ああ、呼び方ね。業務時間内は、その方が良いわね。理由はね、公私混同を避けるためよ。私達は住み込みで働いているでしょ? だからね、一緒にいる時間も多くなって雇い主との関係も近くなるの。ここは少数だから特にね。そうなると、お互いに甘えも出て来るの、このくらいならいいか、といった感じに手を抜く事も考えられるわ、それを許してしまう事も。だから、仕事とプライベートをしっかり分けるために呼び方も話し方も気を付けているわね」
「そうだったんですね。確かに一緒に過ごす時間が多いとそういった事も考えられますね」
「あんまりお嬢様を待たせてもよくないから、そろそろ行きましょうか。聞きたい事があればまた後で教えるので、その時にお願いね」
瑠璃は返事をして小百合の待つ本館へ向かう。別館を出て瑠璃は周りを見回しながら本館へ歩いた。道中に、敷地の広さを改めて感じたり、花壇の綺麗さに目を奪われながら本館に着いた。
お嬢様はリビングで待ってると乙成が言うので、瑠璃たちはリビングへ向かった。乙成がリビングの扉を開けると、小百合が座っていた。
「お嬢様、お待たせ致しました。引っ越してきたのと、明日から働く事になるので、挨拶に参りました。瑠璃ちゃん一言お願いね」
「はい、これからお世話になります。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。みんな優しいので、何かあれば気軽に言ってくださいね。乙成さん、私は先に準備に行ってきますね。綾乃里さんもまた後で」
そう言うと、小百合は部屋から出ていった。
「みんなに挨拶も終わったし、私も準備をしに行くわね。瑠璃ちゃんは、自分の部屋で待っててもらっていいかしら?」
「あの、手伝えることがあるならボクもやります!」
「うふふ、ありがとう。その気持ちはとても嬉しいけど、今日は瑠璃ちゃんの歓迎会だから準備は任せてね! 部屋まで戻れるかしら? もし不安があれば送るわよ」
「わかりました。部屋には一人で戻れます」
「うん、それじゃ準備が出来たら呼びに行くわね。」
「はい、待ってます」
そう言うと乙成はリビングを出ていった。瑠璃も続くようにリビングを出て、別館の自室へ向かった。部屋に入った瑠璃は、一人になった事の寂しさを抱えつつ、歓迎会に思いを馳せていた。