引っ越し
数日後、瑠璃が自室で過ごしていると、側に置いてた携帯電話が鳴った。電話の向こうから中野の声が聞こえる。内容は、雇用の事やいつから働けるか、という話だった。そして、一週間後からという話でまとまり、電話が終わった。
「あー、あと一週間で働く事になるのかー。ちょっと早いけど持ってく物準備しとこっと」
住み込みで働く事になるが、家具は備え付けであるという話だったので、持っていく物は衣類くらいで十分だという事だった。衣類以外にも持っていく物を考えていると、部屋のドアが開いた。
「瑠璃ー、なにしてんのー?」
部屋に入ってきたのは、瑠璃の姉の美月だった。かわいい服とかを着せてくる姉だ。この姉のせいで瑠璃は、かわいい服を着る事に抵抗する気持ちは低くなっていた。今回お屋敷で働く事になって、メイド服を着る事になったので、少しだけ姉に感謝していた瑠璃だった。本人には言わず心の中だけで。
「今度住み込みで働くからその準備だよ」
「えー、さみしいよー、いかないでー、あたしのかわいい弟よー」
そう言いながら姉は瑠璃に抱きついてきた。いつもの事なので無視をしながら瑠璃は準備を進める。
「それで、いつ行くの?」
「一週間後だよ」
「そっか、それじゃそれまでいっぱいお着換えできるね!」
「私も手伝うよ」
そう言いながら妹の凛も部屋に入ってきた。これもいつもの事だった。姉と妹が協力して服を着せてくるのだ。瑠璃はいつもなら少し抵抗を見せていたが、今日はまったく抵抗しないと決めていた。それは、ワンピースの脱ぎ方を教えてもらうためだ。お屋敷で働く前に自分で脱げるようにしておくためだ。もちろんこの事は二人には言わずに教えてもらうのだ。
「今日は、その……好きにしても良いけど、その代わりにワンピースの脱ぎ方とか教えて」
「ん、脱ぎ方って事は自分でも着たいって思ってくれたのかな? かわいい服を好きになってくれてお姉ちゃんは嬉しいよ!」
「ち、違うって! 着せたままどっか行くことあるじゃん。だから自分でも脱げるようにしておきたいだけだから」
「そっかそっか、お姉ちゃんはかわいい服を好きになったと思ってるから大丈夫だよ」
「私もそう思ってるから大丈夫だよ」
なにも大丈夫じゃないと瑠璃は思いながら、話を聞き流して、脱ぎ方を教えてもらった。ファスナーの事や、いざとなったらこういう脱ぎ方もあるという事だった。これで準備は万全だ。
しばらくして、引っ越し当日になる。瑠璃は持っていく物を玄関近くに置いて、時間になるまで自室で待つことにした。窓から庭の方を眺めると、そこにある桜はほとんど散っていた。散っていた桜の木を眺めながら面接に行った時の事を思い出している。思い出に耽っていると呼び鈴がなった。思い出から覚めた瑠璃は玄関へ向かう。
玄関を開けると、そこには中野が立っていた。瑠璃は荷物を持ち玄関を出る。平日だったので、家には誰もいない。誰もいない家に向かって、行ってきますと言って車に乗り込んだ。
道中この車に初めて乗った時の事を瑠璃は思い出していた。その時は受かるかどうか、どんな場所に行くのか、などのドキドキ感があったが、今回は新しい生活が始まるというドキドキ感に包まれている。実家以外に住むのは初めてで、これからの事を考えるとワクワクする気持ちも溢れ出ている。瑠璃がそんな事を考えているうちに目的地に到着した。
門扉を進み、敷地内へ車が入って行くと、前回とは違う道へそれた。そこはお屋敷の様な西洋風ではなく、現代的な家が建っていて、そこに車が止まった。
「ここが綾乃里くんが新しく住む家です。この後、部屋までは乙成さんが案内してくれるので、少しここで待っていてくださいね。私はお嬢様を迎えに行ってくるので失礼しますね」
瑠璃は玄関に案内され乙成を待つことになった。やっぱり中野さんは落ち着いていてかっこいいなと瑠璃が思っていると、階段から足音がした。
「瑠璃ちゃん、こんにちは。遅くなってごめんね」
階段から乙成が現れ、瑠璃は挨拶を返した。
「それじゃこれから瑠璃ちゃんが住む部屋に案内するわね」
「はい、お願いします」
瑠璃は乙成に付いて行き、階段を上っていく。2階に着いた時に私達の部屋はこの階で、瑠璃の部屋は3階になると教えられた。そして、3階に着き、扉の前で止まった。
「ここが瑠璃ちゃんの部屋よ。どうぞ」
乙成が扉を開け、瑠璃が部屋の中へ入る。部屋の中は瑠璃が思っていた以上に広く、自分の部屋の倍以上広いように見えた。家具もきちんと置いてあり、すぐに生活できる環境が整っているように見えた。
「瑠璃ちゃん、これからの事をちょっと説明するわね」
「あ、はい、お願いします」
「今日はこの後で、軽く挨拶と他の従業員と顔合わせをしてもらいます。もう少しで一段落するから落ち着いたら呼びに来るので、ここで待っててね」
「わかりました」
「待ってる間に部屋の中を見て何か聞きたい事とかあれば、後で聞いてね。それじゃ私はもう行くわね。また後で」
そう言って乙成は部屋から出ていった。瑠璃は部屋を見て回ってからソファに座り一息ついた。