初対面
瑠璃は屋敷の中を歩いている。乙成の話だと、3階に陽子の娘の部屋があるという事だ。今日の事を思い返すと、ここに来るまでは普通の面接だと思っていたが、こんな事になるとは予想もしていなかった。絶対に大丈夫とは言われていたけど、もしもの事を考えると、不安と緊張で足取りが重くなる。
「ね、瑠璃ちゃん、緊張してる?」
乙成が振り返り、話しかけてきた。瑠璃は突然名前で呼ばれた事に驚いていた。
「あ……名前」
「名前で呼ばれるのは嫌だった?」
「いえ、嫌じゃないです」
「よかった。それじゃ瑠璃ちゃんって呼ばせてもらうわね。瑠璃ちゃん、緊張してるかしら?」
「あ、はい……わかりますか?」
「ええ、分かりやすいくらい緊張しているのが体にも表情にも出ていたわよ」
緊張しているのは自分でも分かっていたつもりの瑠璃だったが、そんなに分かりやすく出ていたみたいで少し驚いていた。改めて自覚して、緊張と不安から視線が俯きになってくる。俯きになっていると、突然乙成が膝をつき、瑠璃の手を握ってきた。
「瑠璃ちゃん、突然こんな事になって緊張するわよね。でも、大丈夫よ、私も付いているから。それにね、今から会うお嬢様は、とってもいい子なのよ。頑張り屋さんで、何事にも一生懸命に取り組む子なの。ただ、男性の事については改善したいとは思ってるけど、怖くなって二の足を踏んでいる所なの。だからね、今瑠璃ちゃんの様な存在が必要なのも理解してるはずだからきっと受け入れてくれるわ。」
「はい……でも、もしもの事を考えると不安にもなってしまって……」
「大丈夫よ、それだけ不安や緊張を感じてるのは、それだけ真剣に考えてくれてるって事でもあるから、きっとその思いはお嬢様にも伝わるわ。今日突然こんな事になったのにそれだけ真剣に考えてくれて私も嬉しいわ、ありがとうね。」
「い、いえ、頼られるのは嬉しかったので……それに自分の容姿が役に立てるならがんばりたいです」
「ふふ、ありがとう。瑠璃ちゃんはとってもかわいいから大丈夫よ」
乙成はいいこいいこと言いながら瑠璃の頭を撫でた。乙成に励まされた瑠璃は、緊張も少し和らぎ笑顔になった。再び歩き出し、部屋の前に着いた。
「それじゃ呼ぶけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
そう言うと、乙成はノックをして陽子の娘を呼んだ。
「乙成です。今お時間よろしいでしょうか? 紹介したい人がおりますので」
「はーい、今行きます」
扉の向こうから落ち着いた感じの女性の声が聞こえた。もうすぐ会うのか、大丈夫だろうか、緊張と不安がまた押し寄せて、瑠璃が少し混乱気味になっていると扉が開いた。
「はーい、乙成さん、紹介したい人って?」
「はい、こちらに居りますのが、新しくここで働く予定の綾乃里 瑠璃と言います。お嬢様に挨拶をしに参りました」
「は、初めまして、綾乃里 瑠璃と申します。よろしくお願いします」
「初めまして、桜井 小百合です。あの、乙成さん、綾乃里さんと二人っきりで少し話してみたいのだけど、時間は大丈夫かしら?」
「え、あ、はい、時間は大丈夫ですが、ど、どうして二人きりで話を?」
「えっと、なんとなく? 年齢も近いと思うし、近い人と少し話してみたいの。終わったらリビングに行けばいいかしら?」
「はい、リビングで大丈夫です。えっと、それではリビングでお待ちしております」
そう言って乙成は去って行った。乙成が困ったような顔をしていたので、瑠璃は少し焦っていた。どうしていきなり二人きりで話を? 乙成さんが居たらだめなのか? と考えを巡らせながら小百合の方へ振り向いてみる。
「それじゃ、部屋の中へどうぞ」
「は、はい、失礼します」
瑠璃は言われるがまま中へ入って行った。少し歩くと、扉の閉まる音がした。どこまで行けばいいか分からなかったので振り返ってみると。
「あなた男性でしょ」
「え……ど、どうして、分かったのですか」
騙すつもりはなく、言うタイミングが無かったと思う瑠璃。それに今の格好はメイド服なので女性にしか見えないと思っていた。どうして分かったのか、二人っきりになったのはそれを言うため? もしかしてやめされるため? 騙すような事になって拒絶されたんじゃないか、男性恐怖症の小百合をさらに傷つける事になってしまったのではないかと瑠璃が考えていると
「え、ウソ、ホントに男性なの?」
「え……え? ボクの事を男だと分かったのではないのですか?」
小百合の言った事に瑠璃は混乱している。バレたから、分かったからそんな事言ったんじゃないのか? どういう事? と思っていた。
「えっとね、なんとなく思ったから言ってみただけなの。私も言った後に何言ってんだろーって思ったけど……あなた、綾乃里さんは本当に男性なの?」
「は、はい、男性です……」
「うそー、ほんとにー?」
そう言いながら小百合が近づいてくる。小百合にジーっと見つめられていた瑠璃は、蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなっていた。どんどん近づいてきて、息がかかりそうな距離まで近くなる。
「ああ、ごめんなさい、近づきすぎたわね」
そう言って小百合は距離をとった。
「い、いえ、大丈夫です」
それよりも、男だと分かって、男性恐怖症の事はどうなのか気になって小百合を注視する瑠璃だが、特に症状が出ているような感じには見えなかったが、気になったので聞いてみる事にした。
「あの、男性恐怖症だと聞いていたのですが、今は大丈夫なのですか?」
「聞いていたのね、今は大丈夫。少し鼓動が強く感じるけど、嫌な感じはしないから大丈夫よ」
大丈夫という言葉を聞いて安堵した瑠璃。少しずつ落ち着いてきたので、周りを見る余裕も出てきた。改めて小百合を見ると、身長が瑠璃より高くて大人びた風貌に年下に感じなかった。部屋も大人びた感じもあって整理整頓も行き届いていた。
「ねぇ、綾乃里さん、あなたは今年で中学何年生になるのかしら?」
「え、中学生じゃないですよ! 小さいし、幼く見えるかもしれないですけど、成人してます……」
「うふふ、ごめんなさいね。ここで働くことになるなら成人している年齢にはなるわよね」
瑠璃は、少し前に似たような事があったと思い出していた。乙成の影響かと思いつつ、小百合が笑っていた事に嬉しくもなっていた瑠璃だった。
「小百合さん……じゃなくてお嬢様と呼んだ方が良いですか? えっと、話はこれで終わりですか?」
「今は名前で呼んでもらって大丈夫よ。働くときはお嬢様呼びになるはずだけどね。待たせすぎても悪いし、リビングに行きましょうか」
そう言われて、瑠璃は小百合と一緒に部屋を出た。改めて大丈夫だった事に安堵した瑠璃は、これから先、ここで働く事に思いを馳せながら小百合に付いて行った。