旅行
熱くなりつつある体を窓からビュービューと入り込んでくる風に冷まされながら景色を眺めている。クーラーをつけるほどの時間帯ではなかったので、窓を開けていた。瑠璃は視界に入る海や木々を眺めながら、どうしてここにいるんだっけ。とボケーっとしながら過去に思いを巡らせていた。
*
「ね、瑠璃ちゃん。再来週のお休みは何か予定はあるかしら?」
「再来週ですか? ……特に無いです」
「よかった。それなら旅行に行かない? この前聞こうと思ってたんだけど、聞き忘れちゃっててね」
「旅行ですか? いいですね。ボクも行っていいのなら行きたいです」
「もちろんよ! 実はね、この時期になったら旅行に行くのは恒例なのよ」
「そうだったんですね。みんな行くんですか?」
「知ってると思うけど中野さんはお休みの日は家族と過ごすからいないのだけど、お父様とお母様は忙しいみたいで来れないから、私と、乙成さん、三ツ泉さん、野々宮さん、と瑠璃ちゃんの五人で行くことになるわね」
「忙しくて来られないのは残念ですね。それで旅行はどこへ行くんですか?」
「別荘よ。目の前に海があってね、プライベートビーチもあるのよ」
*
そうだ、別荘に行く途中だったんだ、と思い出していた。思い出しながらも自動車の微振動に眠気を誘われた瑠璃は、そーっと瞼を下ろし、暗闇の世界に捕らわれた。
「――ちゃん、瑠璃ちゃん、着いたわよ」
体が揺れ動いたかと思うと、女性の声も聞こえてきて、瑠璃の世界に光が取り戻された。
「ん……あ、小百合さん、おはようございます……」
「ふふっ、うん、おはよう。もう到着したから起きてね?」
「あ……す、すみません。寝ちゃってたんですね」
「いいのよ。それに朝早くに出発したから眠たいのも分かるもの。それに、瑠璃ちゃんのかわいい寝顔を見れたから私はとっても嬉しいのよ」
瑠璃は寝顔を見られた事の恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じていた。
「えっと、あの、に、荷物運ぶの手伝います!」
「うん、そうしよっか。あ、瑠璃ちゃんちょっと待って」
「はい?」
「これ、どうぞ。中には前に言ってた水着が入ってるのよ。来る前に渡そうと思ってたけど、忘れちゃってたわ」
「あ、そういえばそうでしたね。ありがとうございます」
瑠璃は旅行の話になった時に、水着の事も教えられていたが、すっかり忘れていたのだった。
「それじゃ、運びましょうか。運び終わった後なんだけど、ビーチで遊ぶ予定だから、水着に着替えてビーチに行っておいてね」
「さっそく遊ぶんですね」
「うん、せっかく来たんだし、最初から遊ばないとね!」
瑠璃はせっせと荷物を運び終わると、水着に着替えた。小百合から水着を渡された時は、もしかしたら女性用の水着じゃないかという事が頭をよぎっていたが、実際にはシンプルな紺色のトランクスタイプの水着だったので、安心した気持ちで別荘を後にしてビーチへと向かって行った。
目の前には水平線が見える海、漁船のような船が通り過ぎるのも見えた。潮風に運ばれて鼻腔には磯の香りも漂ってきて海に来たんだなと瑠璃は実感していた。
「おーい! こっちこっちー!」
いの一番に着替えてビーチへとやってきたと思ってた瑠璃は当てが外れて、ビーチには先に来ていた人がいた。手を振りながら呼んでいたのは、野々宮だった。白のビキニ姿で体は全体的に引き締まっていて、腹は六つに割れていた。普段から鍛えているんだろうという事が見て取れた。
「野々宮さん、早いですね。ボクが一番だと思ってました」
「ふっふっふ、残念だったね! 実は来る前から着ていたから脱ぐだけだから早かったのさ!」
野々宮は腰に両手を付け、誇らしげな態度を取っていた。その姿を見た瑠璃は、子供みたいでかわいいなと思いながら微笑んでいた。
「……それじゃ、走ろっか!」
「へ?」
野々宮の突然の発言に瑠璃は目が点になった。
「だってほら目の前には海があって砂浜もある。なら、走るしかないでしょ! それにトレーニングにもいいんだよ」
「ええー、ここに来てトレーニングですか……」
「うーん、その体を見ると、少しでも鍛えた方が良いと思うんだけどなー」
野々宮がジーっと見つめてきた事に恥ずかしくなり、瑠璃は体の中から熱くなる体温を感じていた。誤魔化す為に視線を自身の体に移してみると、筋肉の無さを改めて自覚していた。
「わ、わかりました。走ります!」
「うん、そう来なくっちゃね! まずはあたしに追いついてごらん!」
野々宮がそう言うと、軽やかに走り出した。瑠璃は少し遅れながらも走り出したが、うまく走れずよろけながら野々宮の方へと進んでいった。この状況ってもしかしたらカップルの様だなと考えると、楽しい気分にもなっていた瑠璃だった。
「まっ、まってくださいー」
「うふふっ、ほら、早くー、おいでおいで」
野々宮は時折、瑠璃の方へと振り返りながら走っているが、瑠璃のおぼつかない足では追いつける気がしなかった。走りながらこれはカップルの楽しい感じの走りじゃないなと実感した瑠璃は、気が緩んで砂に足を取られ躓いてしまった。
「ん――瑠璃ちゃん大丈夫?」
躓いて顔中砂だらけの瑠璃の所に、小走りで野々宮が近づいてきた。
「あはは……躓いちゃいました」
「もー、ちょっと心配したよ。ほら」
野々宮は優しく微笑みながら手を差し伸べてきた。瑠璃は、ありがとうございます、と言いながら手を握り、立ち上がった時によろけてしまって野々宮に寄りかかってしまった。顔には柔らかい感触が伝わってきたが、瑠璃は何に当たっていたのかすぐには気が付かず、頭が離れた時にようやく理解すると、顔が赤く染まっていった。
「――す、すみません」
「も、もう、普段から鍛えてないからそうやって躓くんだよ。走るのはやめてスクワットにしよっか!」
野々宮の反応を注視していた瑠璃だったが、顔が少し赤くなったような気がする事以外は変化は見られず、ホッとした気持ちと、反応されなかった寂しい気持ちを感じていた。
「ほ、ほら、ぼーっとしてないでやるよ!」
瑠璃は有無を言わさない圧を感じてスクワットを一緒にやり始めた。十回を超えたあたりから別荘の方角から声が聞こえてきた。
声の方へ視線を合わせてみると、手を振りながら「おーい」と声を上げている小百合の姿が瑠璃の視界に入った。スクワットは自然と中止になり、手を振り返していた。
「二人とも、もう来てたんだね。……瑠璃ちゃんもう汗かいちゃってるの?」
「あはは……筋トレして汗かいてました……」
瑠璃の目の前にいる小百合は青のビキニを着ていた。女性らしい曲線美が露わになった姿を見て大人っぽい印象を持っていた。近くにいた乙成は、ピンクのビキニとパレオの水着だった。かわいらしくもあり優雅な感じに見えた。少し離れた場所にいた三ツ泉は黒のワンピース水着でクールな雰囲気を感じていた。
「小百合さん水着似合ってますね。なんだか大人っぽい感じがします」
「うふふっ、ありがとっ。瑠璃ちゃんは私のどこを見て大人っぽいって感じたのかなー?」
瑠璃は聞き返されるとは思っておらず、しどろもどろになっていた。
「ふふっ、冗談だよ」
からかわれていたのだと理解した瑠璃は、小百合の無邪気な笑みを見てホッとしていた。
「ねーねー、瑠璃ちゃん。私には何もないのかなー?」
「え、あ、乙成さんも似合ってます」
「ふふふっ、ありがとう」
瑠璃は先手を打っておこうと思って、少し離れた場所でビーチパラソルを組み立てていた三ツ泉にも称賛を送っていた。
「ね、これで遊びましょ」
小百合がビーチボールを手にしながらそう言うと、周りのみんなも賛同した。
「小百合さん、ビーチボールでどんな遊びをするんですか?」
「このビーチボールをね、地面に落とさずにみんなで回していくの。落とした人は罰ゲームね」
「え、罰ゲームもあるんですか。ちなみにどんな罰ゲームを考えているんですか?」
「ふふふ、それは、その時まで内緒ね」
瑠璃は罰ゲームがあると聞いて、周りの人を見渡した。この中で一番運動神経が悪いのは自分だろうと思ったので、楽しむよりも落とさない事を意識してやろうと考えていた。
「それじゃ、みんな離れてー」
小百合の掛け声でそれぞれ等間隔で距離をとっていった。
小百合が「いくよー」と声をかけると、瑠璃の名前を呼んで、ビーチボールを打ち上げた。いきなり来るとは思っておらず、様子見するつもりだった瑠璃は、焦りながらもビーチボールを打ち上げた。
ビーチボールは何度も宙を舞いみんなの手を渡って行った。小百合が瑠璃の名前を呼びながら大きく打ち上げると、ビーチボールは瑠璃の少し後ろまで飛んでいった。歩いても十分間に合う距離だったが、焦った瑠璃は砂に足を取られてしまい、転んでしまった。
「はぁ、転んじゃいました……。罰ゲームって何をするんですか……?」
「罰ゲームはねぇ、砂に体を埋めてもらいます!」
「砂に……ですか?」
テレビとかで見た事があると思っていた瑠璃だが、実際に経験したことが無いので、期待半分、不安も半分な心境だった。
「ほら、瑠璃ちゃん横になって」
瑠璃は言われた通りに横になると、みんなが砂をかぶせてきた。温かいくらいの砂が体中に乗せられると、蒸し風呂に入れられているような気分になっていた。肩まで砂で覆われていたが、動けるだろうと思って体を動かそうとしたが、思うように体を動かすことが出来なかった。
「これって動けないものなんですね……」
「うふふ、そうでしょー。私達はこれからお昼の準備してくるからそれまでは埋まっててもらうね」
お昼までならすぐだな、と思っていたが一人で待つ事を考えると、心細くも感じていた。
「それじゃ行ってくるわね。綾香さん私達が戻って来るまで瑠璃ちゃんの側に居てもらってもいいかしら?」
「うん、いいよー。待ってるね!」
一人で待つと思っていた瑠璃は、野々宮が側に居てくれることに安堵していた。
「ねーねー、瑠璃ちゃん」
野々宮が名前を呼びながら瑠璃のほっぺたをツンツンとされている。
「は、はい? なんですか?」
「瑠璃ちゃんのほっぺってやわらかいね。……ね、あたしに何か言う事ない?」
突然の野々宮の言葉に困惑した。言う事って何だろうと頭を働かせたがさっぱり出てこなかった。
「えっと、分からないです……」
「んー、じゃあ、ヒントあげるね。他の皆には言って、あたしには言ってない事だよ」
瑠璃は言われた事を考えたが、パッと思い浮かばなかった。野々宮に会った時から小百合達に会った時に言った事を思い返してみると、野々宮の水着の事には触れてなかった事を思い出した。
「……もしかして水着の事ですか?」
野々宮は笑顔でうなずいていた。
「えっと……野々宮さんの水着姿もすごく似合ってます」
「ふふっ、うん、ありがとう。みんなには言ってたのにあたしには無いのは寂しいでしょ?」
瑠璃は言ってなかった事を反省しつつ、次からは気を付けようと考えていた。言ったら終わるだろうと考えていたが、ほっぺをつつかれるのが続いていた。
「あの……いつまでほっぺ触るんですか?」
「んー、みんなが戻って来るまで? なんだかくせになっちゃったかも」
そんなに気持ちいいのかなと疑問に思いつつ、触られる事に嫌な気持ちにはなっていなかった。それよりも体が熱くなってきて限界が近づいてきた感じになっていた。
「熱くなってきたのでそろそろ出してほしい……です」
「限界? 熱中症になってもいけないし、出してあげるね」
野々宮が砂を払いのけていくと、スーッと少しずつ体に涼を感じてきた。ある程度の砂が体から落とされると、自力で起き上がれるようになったので、瑠璃は自力で立ち上がった。砂から解放された体に潮風が心地よく肌を撫でていく。全身に満ちていく清涼感を感じて、リフレッシュしていた。
清涼感を感じ切ったところで、小百合達が戻ってきた。昼ご飯にするからビーチパラソルの所まで来てほしいと伝えられた瑠璃は、体についた砂をパッパッと掃ってから向かった。
昼食を済ませた後は、泳いだりして遊んでいた。朝早くから出発していた事もあって、昼下がりのうちに別荘へ戻る事になった。その戻る途中で乙成に話しかけられた。
「ね、瑠璃ちゃん。今日の夜に何があるか知ってる?」
「知らないです。何かあるんですか?」
「実はね、近くで花火大会があるんだ。ここからでも綺麗に見えるんだよ」
「花火大会ですか、いいですね。出店とかやってるんですか?」
「近くでやってるみたいだけど、いかないかな。小百合ちゃんが良くなったらみんなで行きましょうね。後でみんなで浴衣を着るからそれも楽しみにしててね」
「あ、はい。浴衣楽しみにしてます」
瑠璃は小百合が男性恐怖症だという事をすっかり忘れていた。いつも一緒に過ごしているときは症状が出ることも無かったので、ついつい抜け落ちていたのだった。浴衣と花火に意識を向けて楽しみにしていた瑠璃だった。




