予期せぬ来客
休日の穏やかな午後、瑠璃はソファーに深く腰を掛けていた。時折「はぁ~」とけだるそうに大きなあくびをしている。穏やかな午後のひと時に訪れた睡魔に惑わされ、瞼を何度も打ち付けていた。
コンコン
そんな時に扉をたたく音が聞こえたかと思うと、女性の声が瑠璃の耳に入ってきた。瑠璃には聞きなじみのあるような声だったが、睡魔に惑わされていた瑠璃にはハッキリと誰だか分かっていなかった。
「瑠璃ちゃんにお客様よ。……んー、起きているかしら?」
声の主はどうやら乙成の様に思えた。ハッっと飛び起きた瑠璃は急いで返事をした。
「あ、はーい、大丈夫です。今いきます」
飛び起きた瑠璃は、ぽんぽんと自分の頬を少し叩くと扉へ向かった。向かいながらさっき言っていた事を思い出していた。自分にお客様が来ていると言っていたような気がしていた瑠璃は、何かの間違いか、聞き間違いだろうと考えていた。この場所に知人や友人が来る訳もないだろうから。
「はーい、何でしょうか?」
扉を開けた先には予想通り、乙成がいた。
「あ、瑠璃ちゃん、ちょっと眠そうな顔してるね。ふふっ、もしかしてお昼寝してた?」
「えっと、うとうとしてました」
「そうだったのね、お昼寝しちゃいそうな所、邪魔してごめんね? でも、瑠璃ちゃんにお客様だから、来てくれるかしら?」
「あの、ボクにお客様ですか? 全然心当たりがないのですが……。何かの間違いじゃないですか?」
「ふふふ、大丈夫。瑠璃ちゃんのお客様で間違いないわ。さぁ、行きましょう」
乙成がそう言いながら手を差し伸べてきた。その手を反射的に握ってしまった瑠璃は、されるがままに連れていかれた。
一階のリビングの扉を開けると、そこには瑠璃が昔から見知った人が二人いた。
「え、え? ……どうして、ここ、に?」
瑠璃の目の前には、姉の美月と、妹の凛がいたのだった。乙成が言っていたように瑠璃のお客で間違いはなかった。しかし、場所は知っていたとしても何の連絡もなく来るとは思ってもいなかったので動揺していた。
「おっす、久しぶりー」
「お兄ちゃん、やほー」
瑠璃を視界に入れた姉妹は、手を振りながら平然とした態度で言葉を発していた。
「え……いや、なんでいるの……?」
想像もしていない状況に頭が真っ白になっていた。家族には執事として働くと言っていたが、メイドとして働く事は話していなかったのだ。話せばからかわれると思っていたからだった。
「うふふ、瑠璃ちゃんすごく驚いてるね。それじゃ、私から説明しちゃおうかな」
乙成が説明すると言ったのを聞いた瑠璃は、乙成の方へ振り向いた。
「実はね、数日前に美月さんから電話があったの。ここに来たいっていう内容でね。それですぐに陽子さんに連絡を取って許可を貰って、今日来てもらったの。それと、来るのを黙っていたのは、瑠璃ちゃんを驚かせたかったからなのよ」
「乙成さんは前から知っていたんですね……」
乙成は微笑みながら、うんうん、とうなずいていた。再び美月が話し始めたので、瑠璃は美月の方へ視線を向けた。
「あんたねー、ここに来てからあたし達に連絡の一つも寄こさなかったでしょ? だから驚かせようと思って、乙成さんには内緒にしてもらったのよ」
「そうだよ、お兄ちゃんが悪いんだからね」
瑠璃はいつか連絡しようとは思ってはいたが、すっかり忘れていたのだ。様々な事があったとはいえ、全く連絡をしなかったので心配をかけたのかもしれない。
「ごめん、すっかり忘れてた……」
「あんたむっつりだから、美人さん達に囲まれてあたしたちの事を忘れてたんだね……」
「むっつりは関係な、い、いやむっつりでもないし!」
「私は乙成さんの妹になっていっぱい甘えたい」
「甘えたいって何言ってんの……」
瑠璃は心の中でむっつりなのは否定できないと思っていたが、恥ずかしかったので言葉では否定していた。凛はたまに突拍子もない事を口走るが、乙成に甘えたいという言葉には心の中で同意していた。そして、それを素直に言える事に羨ましい気持ちもあった。
「ふふふっ、兄弟で仲が良いのですね」
笑いながら話しかけたのは、小百合だった。
「すみません、騒がしくて……」
「ううん、いいのよ。そういうの羨ましいって思ってるのよ。私一人っ子だしね」
微笑みながらも哀愁の感じられる表情を見た瑠璃は、本当にそう思ってるのかもしれないと感じていた。
「うん、小百合ちゃんはやっぱりいい子だわ。あたしの妹にならない?」
「ふふふっ、ぜひお願いします」
そう言うと、美月と小百合は向かい合いながら笑っていた。
「ぶー、妹のポジションは渡さないからねー? お姉ちゃんの妹になるなら私は、小百合ちゃんの妹になるんだから!」
美月が凛に対して「凛の方が年上でしょ」と言うと、凛は「私は永遠に妹だから!」と誇らしそうに言うと、その場にいたみんなが笑いに包まれた。
「あ、そうだ。今日は瑠璃にイイ物、持ってきてたんだった」
美月がイイ物を持ってきた、という言葉を聞いた瞬間に瑠璃は苦虫をかみつぶしたような顔をした。美月が持ってくるものに想像はついていたからだ。
「えっと……何持ってきたの……?」
「もちろん瑠璃に似合う服だよ」
「いやいやいや、ここ家じゃないんだよ? さすがに恥ずかしいし、迷惑だって」
瑠璃は思っていた通りの事で困惑していた。実家にいる時からよく着せ替え人形にされていたが、まさかここに持ってくるとは思ってはいなかった。
「大丈夫だよ。ちゃんと乙成さんに許可も貰ってるし」
「へ?」
許可を貰ってるという言葉を聞いた瑠璃はポカンとしていた。
「瑠璃ちゃん、ごめんね。実は私も準備していたの」
「え? ええ?」
乙成の言葉を聞いて瑠璃は、さらに動揺して目をパチパチとさせていた。
「実はね、電話で話していた時に、瑠璃ちゃんにかわいい服を着せたりしてるって話も聞いたの。それでね、服を持っていいか聞かれたからOKしたのよ。その時に私も瑠璃ちゃんに着てほしい服を思いついたから私も用意すると言ったの」
瑠璃はさらなる乙成の発言に頭が真っ白になっていた。
「それじゃ、お着換え始めよっか! お姉ちゃんがやってあげるね!」
美月の発言で瑠璃は焦りだした。ここから着替えを否定するのは不可能に思えた瑠璃は苦肉の策に出る事にした。
「わ、わかったから、着替えるから、その代わり自分でさせて……」
瑠璃は自分で着替える事を条件にして受け入れる事にした。
「んー、しょうがないなー、それじゃあ、これに入ってる服に着替えてね」
美月がそう言うと、瑠璃に袋を差し出した。手にしたまま瑠璃はその場では中身を確認せずにリビングを出ると「ふぅ」と一呼吸置いた。どこで着替えるか思案した。このまま廊下は駄目だろうと思った瑠璃は、近くにあるお風呂の脱衣所で着替える事にした。
どんな服なんだろうと思いながら瑠璃は袋から無造作に取り出してみると、白いシャツと紺色のスカートが入っていた。それを見た瑠璃は、セーラー服か、とつぶやいた。
「コスプレじゃん……」
着せ替えられる時はヒラヒラした可愛い感じの服の時が多かったので、セーラー服のようなコスプレはあんまりさせられたことは無かったのだ。瑠璃は見るのは好きだが、自分が着る事になったので複雑な気持ちになりながら着替え始めた。
着替えが終わり、脱衣所にある姿見で自分の姿を確認してみると、案外似合っている事に気が付いた。似合っている事に少しうれしい気持ちが沸いてしまって複雑な気持ちになっていた。まだ乙成の分がある事を思い出し、早く終わらせようと思い、すぐに戻る事にした。
「はい、着替えたよ」
瑠璃は少し投げやり気味に言いながらリビングに入ると、かわいいという声が聞こえた。
「やっぱりセーラーも似合ってるね!」
「お兄ちゃんかわいいよ!」
歓喜のまなざしにさらされた瑠璃は、たじろぎながら「もういいでしょ、次のに着替えるよ」と言うと、だめだと美月に制止された。
「まだ写真撮ってないんだからだめだよ」
「え、写真……撮るの……?」
美月が「もちろん」と言うと、スマホを構えてシャッター音が聞こえだした。
「は、はずかしいよう……」
瑠璃が顔を赤らめながら恥ずかしがっていると、かわいいという声が上がり、シャッター音が増していった。
少しして、撮影が終わると、美月が「次行こうか」と言うと、乙成から袋を渡された。袋を手に取った瑠璃は、足早に脱衣所に向かった。セーラー服を脱ぎ、恥ずかしさから解放されると、乙成から渡された袋の中を確認した。
中身は猫の着ぐるみだった。女の子の服じゃない事に喜びを感じながら着替えた。着替え終わり、自分の姿を姿見で確認してみると、かわいい感じな服に変わりは無かったが、猫は好きだったので、さっきよりテンションが上がりながらリビングへ戻って行った。
「着替えたよー」
瑠璃はさっきとは違って少し顔が緩んだ状態で入ると、その姿を見た乙成がかわいいと連呼していた。瑠璃は少し驚いていた、こんなテンションの高い乙成を見たのは初めてだったからだ。こんな一面もあるんだと思っていた。
「ねね、瑠璃ちゃん。四つん這いになって右手を挙げて、猫みたいなポーズやってもらえないかな?」
瑠璃は乙成の高いテンションに圧倒され、言われるがままポーズをやった。乙成はにやけた感じの顔でかわいいと言いながら撮っていた。
他にもポーズを要求されたりしながら終始、乙成が主体となり撮影会が終わった。
「それじゃ、次で最後にしよっか」
「え、これで終わりじゃないの?」
美月の発言に瑠璃は驚いていた。これで終わりだと思い込んでいたので落胆している。
「うん、次で最後だよ。本当はもっと着替えてもらいたかったんだけど、さすがに迷惑だと思ってね」
もっと着替えさせられたのかもしれないと考えると、次で終わるならいいかと、瑠璃は楽観していた。
「それじゃ、いつも着てるメイド服に着替えてきてくれる?」
「えっ、メイド服に……?」
瑠璃は家族にメイドをやっていると話していなかったが、美月は乙成と色々話していたみたいなので、メイドをやっている事も伝わっていたみたいだ。色々と聞かれるのも面倒だと考えた瑠璃は、否定せずに着替えに行くことにした。
「わ、わかった。着替えてくる」
そう言うと、瑠璃は足早に自分の部屋に戻った。メイド姿で姉妹の前に出る事に抵抗も感じていた瑠璃だが、さっさと行ってさっさと終わらせようと意気込み、着替え始めた。
毎日の様に着ている服なので、戸惑う事なく着替え終わると、足元に気を付けながら素早くリビングに戻った。
「はい、着替えたよ」
「うん、似合ってるじゃん」
「お兄ちゃんのメイド姿もかわいいよ!」
姉妹にジーっと見つめられた瑠璃は、恥ずかしさにやられて、もういいでしょ? と言おうと思ったら、美月が発言した。
「その姿でいつも頑張ってるんだね」
そう言うと、美月は慈愛に満ちた表情を浮かべると、そっと手を指し伸ばし、瑠璃の頭に手を置き、ぽんぽんとすると「これからも頑張んなよ」とつぶやいた。
「じゃ、最後に一枚だけ撮らせてもらうね。小百合ちゃんと乙成さんもよかったら一緒に写ってほしいんだけど、良いですか?」
はーい、と返事の後に、瑠璃の元へ小百合と乙成が駆け寄った。
「二人ともありがとう。それじゃ、撮るよー。さんー、にー、いち」
カシャ、っとシャッターの音がした。瑠璃は、小百合と乙成の三人で撮る事は無かったので、初めて三人で写れたことに喜びを感じていた。
「次は私が撮るから、美月ちゃんと凛ちゃんもおいでよ」
「あ、はい、せっかくなので乙成さんお願いします」
乙成が、うん、と返事をするとスマホを受け取り撮影した。姉妹たちと写る事に気恥ずかしさを感じていた瑠璃だった。
「小百合ちゃん、乙成さん、今日はありがとう。あたし達はそろそろ失礼しますね」
「こちらこそありがとう。またいつでも来てね」
小百合がいつでも来て、と言った事に瑠璃は、いつでもって言ったら本当にいつでも来そうだから言わないで、と思っていた。
「来てくれてありがとうね、帰りは私が送っていくわよ」
「タクシー呼ぶので大丈夫ですよ」
「私もね、お買い物に行こうと思っていたから、そのついでに送らせてもらえないかしら?」
「そういう事なら、お言葉に甘えさせてもらいます」
「うん、それじゃ、車用意してくるわね」
乙成がそう言うと、玄関の方へ向かっていった。その姿を見送ると、美月が瑠璃に振り向いた。
「瑠璃、たまには連絡寄こしなさいよ?」
「わかった。次はするよ」
「お兄ちゃん、私にもしてね?」
「わかった。凛にもするよ」
言い終わると、美月と凛は玄関の方へ向かっていった。瑠璃も見送るために行こうとすると、袖をつかまれた。
「ね、瑠璃ちゃん。お姉さんたちね、すごく心配していたみたいなんだよ? 便りが無いのは元気な証拠、ともいうけど、心配していてここまで来たんだから、もう少し何か言って上げてもいいかもね?」
「そうだったんですね。……分かりました。小百合さんありがとう」
瑠璃は玄関へ駆けて行った。
「ん、瑠璃、乙成さんが送ってくれるし、ここまでで良いわよ」
「うん、えっと、あのさ、二人とも今日は来てくれてありがとう。ここは良い人ばっかりだし、元気にやってるから安心してね」
「ふふっ、うん、わかった。頑張んなさいよ」
「お兄ちゃんまたねー。小百合ちゃんもまたー」
そう言うと、二人は手を振りながら玄関を後にした。
「良い姉妹が居て瑠璃ちゃんは幸せ者ね」
「ははは、まぁ、そうかも、です」
瑠璃は笑顔でそう言っていた。




