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小百合の過去


「んんー」


 瑠璃は、布団に包まりながら気持ちよさそうに伸びをしていた。布団から素足がこぼれると、ブルッっと震えてすぐに引っ込めた。再び訪れた眠気に負けそうになりうとうと、としていたが、迫りくる尿意が勝り、バサッっと布団をひるがえしトイレへと駆け出した。


 一息つき、歯ブラシを動かしながら文化祭の事を思い出していた。小百合の頑張っている姿や、クラスメイトに慕われていた様子を思い出すと、自然と笑みがこぼれていた。このまま順調に進んで、男性恐怖症を治したら自分は用済みになるんだと思うと、嬉しさ反面、寂しさも反面な心境だった。


 歯を磨き終えた瑠璃は、朝食の時間より少し早めに降りて、朝食の準備を手伝う事にした。手伝いをすると、乙成はいつも褒めてくれるので、褒められたいという意欲が高まっていた瑠璃だった。ありがとう、という感謝の言葉と、頭を撫でられることに喜びを感じていた。


 朝食も終え、お腹も満たされた瑠璃は、自室の前まで戻り、扉を開けようとドアノブに手をかけた。


「ね、瑠璃ちゃん。ちょっといいかしら?」


「ひょわっ!」


 完全に気を抜いていた瑠璃は、突然声をかけられた事で、だらしのない声を出してしまった。恥ずかしさから少し頬が赤くなっていた瑠璃は、ゆっくりと声の元に振り向いた。


「あ、突然声をかけてごめんね?」


 そこには少しだけ驚いたような表情をしていた小百合がいた。


「い……、いえ、大丈夫です……」


「ふふっ、かわいい声が聞けてラッキーだったわ。それで、話は戻るんだけど、これからちょっと時間あるかしら? 話したい事があるの」


「話したい事ですか? この後は予定も無いので大丈夫ですよ」


「ありがとう。それじゃ早速で悪いんだけど、今から私の部屋に来てもらってもいいかしら?」


 瑠璃はだらしのない声を出してしまった事に恥じらいを覚えつつ、話の中身が気になっていた。何の話だろうと疑問に思いつつ、招かれるままに部屋に入った。


 小百合に促されるままに瑠璃はソファーにちょこんと座った。小百合と二人でいる事に慣れていた瑠璃だったが、真剣そうな表情を浮かべている小百合を見て緊張感が伝わってきていた。どんな話しなんだろうと考えていると、小百合の口が開いた。


「あのね、話しなんだけどね、その、私の過去の事を聞いてもらいたいの」


「過去の事ですか?」


「うん、私がね、男性恐怖症になった原因の事なんだ。昨日ね、すごく変わったのを実感したの。瑠璃ちゃんのおかげで少しずつ変わっていけたのは、少し実感していたけど、でもね、昨日はその実感をすごくかんじる事ができたのよ。それでね、もっと変わるためにはどうしたらいいかなって考えたら、過去と向き合うしかないかなって。今まではちゃんと向き合う事も出来なかったし、思い出したくなかったのもあるから誰にも話したこともなかったのよ」


「そういう事なんですね、わかりました。ボクでよかったら伺います。でも、ボクでいいんでしょうか?」


「ありがとう。瑠璃ちゃんに話したいのよ。この事を考えた時にね、真っ先に思い浮かんだ顔が瑠璃ちゃんだったの。だから、瑠璃ちゃんが聞いてくれると嬉しいわ。聞いていて楽しい話じゃないけど、そこはごめんね」


「いえ、大丈夫です。頼ってもらえて、その、嬉しいので」


 瑠璃は、頼ってもらえたことを素直に喜んでいた。内容を考えると喜べることではないが、頼ってもらえた事が嬉しかったのだ。それと、男性恐怖症になった原因についても気になっていたので、興味もそそられていた。不謹慎な気持ちだと思っていた瑠璃だが、どんな事があったのか気になっていた。


 小百合はふぅー、っと一呼吸置くと話し始めた。


「あれは私が小学一年生の頃だったわ。両親に一般的な感覚を養ってほしい、と言われて公立の学校に通う事になったの。それでね、学校近くのマンションを借りて、私とその時メイドだった智子さんって人と二人で暮らすことになったの」


「両親と離れ離れなのは寂しいですね……」


「その時から二人とも忙しくて家にもあんまりいなかったから、それほど寂しくも無かったのよ。それに昔から智子さんは側に居てくれたし、夜は電話で両親と話したりしてたから大丈夫だったわね」


 小百合は斜め上に視線を傾けると、ふぅー、っとまた一呼吸置くと話を続けた。


「それでね、クリスマスが近づいてきた日の事なの。友達とクリスマスパーティしたいね、って話してて、私の家でやる事になったの。それで飾りつけの道具とかを買いに行こうとした時に事件が起こったの」


「事件ですか?」


「うん、……智子さんと一緒に家から出てね、ちょっと歩いたところで、近くに車が止まったの。その車から大人の人が降りて来てね、智子さんを突き飛ばして、私は車の中に入れられたの。突然の事過ぎて呆気に取られてた私は何もできなかった……。扉が閉まる前に智子さんの叫ぶ声が聞こえて私は正気に戻って抵抗したわ。でもね……抵抗していたら殴られて、怒鳴られて、痛くて……怖く……て、何もできなくなったわ……。目隠しもされて、何も見えなくなったの」


「そんな酷い事が……」


 小百合の表情は暗いままで何度か深呼吸を繰り返していた。そんな様子を見て瑠璃は小百合の話を止めようかと思案していた。小百合の事を考えると、今止めてもいいのだろうか、過去と向き合おうとしてがんばって話そうとしているのに、止めてもいいのだろうかと考えを巡らせていたが、もう少しだけ様子を見る事にした。これ以上悪くなるようならその時はすぐにやめるように言おう。


「……それから、ね、しばらくして車が止まって、どこかに運ばれたわ。後で知った事だけど、そこは犯人が経営していた会社だったのよ。その時にはもう倒産していたみたいだけどね。……それでね、目隠しを外されたの、目の前にはすごく怖い顔をした人がいて、周りには他に二人いたわ。当時はその二人も怖い顔をしていた様に思っていたけど、今思い出してみると、戸惑っていた表情にも思えるわね。でもね、目の前にいた人は今思い出しても怖い顔をしているわね……」


 瑠璃は小百合の様子を気にしながら、じっと見つめて話を聞いていた。


「その時にね、……その怖い顔をしていた人が言ったの、お前のおやじが悪いんだ、って、他にもお父様に対しての悪口を怒鳴りながら色々な事を言っていたわ……。怒鳴りすぎて何を言っているのかほとんど分からなかったけど、お父様に対する敵意はすごく感じたの。さっきまでは抵抗する気力も無かったけど、お父様の悪口を言い続ける犯人が許せなくて言い返したら……殴られたわ、何度も、何度も……意識があったのはそこまでで、目が覚めた時は病院のベットの上だったの……」


「気絶するまで殴られたのですか……」


「うん……目が覚めた時は痛みと恐怖で何も話せなかったわ……。それで、診察の為に男の先生が診てくれようとした時に、私はすごく恐怖を感じて過呼吸になっていたの。殴った人とは違うってわかっていても知らない人に近づかれただけで恐怖を感じるようになっていたわ……。女の先生に変えてもらったら大丈夫だったから、男性恐怖症になったんじゃないかって話しになったの」


「そんな事があったのなら仕方ない事なのだと思います……」


「うん……でもね、実は、その時、性別関係なく、知らない人すべてに恐怖を感じていたのよ。男性よりも、女性の方がマシだった、っていうくらいかしらね。退院するときには女性に対しては恐怖もかんじなくなったけど、男性に対しての恐怖は消えなかったわ……」


「それだけ恐怖を感じていたって事ですね……。あの、犯人の方はどうなったのですか?」


「すぐに捕まったみたいよ。実はね、犯人のうちの一人が警察に通報したみたいなの」


「え? 犯人がですか?」


「うん、知った時は驚いたわ。主犯は怖い顔をした一人で、後はお金で雇われた人だったらしいの。雇う人には、身代金目的の誘拐って事で集めたらしいのだけど、主犯の狙いはお父様に対する恨みだったのよ。雇われた人の一人が、身代金の電話もせず、私の事を殴っていた事に異常を感じて自首する形で警察に連絡したみたいよ」


「主犯の人は身代金が目的っていうわけじゃ無かったのですね」


「そうね、お父様に逆恨みをして、私を傷つける事で間接的に恨みを晴らしたかったみたい。主犯以外が戸惑った表情をしていたのはそのせいだったと今なら思うわ」


 小百合の顔を覗くと、初めより顔色はよくなっていたので、瑠璃はほっと胸をなでおろしていた。


「んんー、ふぅー、初めてこの事を人に話したけど、ちょっとすっきりしたわ。途中で嫌な気持ちが溢れそうだったけど、瑠璃ちゃんが側に居てくれたから最後まで話せたわ、ありがとう」


「いえ、ボクが側に居るだけで力になれたのならうれしいです」


 そう言うと、二人は見つめあった形になって、笑っていた。小百合はおもむろに手を伸ばすと、瑠璃の頭をそーっと撫でだした。瑠璃は、拒むことなく、じーっとしながら瞼を閉じていた。


「ねぇ瑠璃ちゃん」


「はい」


「ちょっとお願いしたい事があるのだけど、いいかしら?」


「なんですか?」


「ぎゅーっとしたいのだけど、いい?」


「え? あ、その、いいですよ」


「うふふ、やった」


 小百合はそう言うと、瑠璃の後ろに手を回し、ぎゅーっと抱きしめると、耳元で、今日はありがとう、と囁いた。


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