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文化祭3


 扉を開け、教室を見渡すと、なんだか懐かしい気持ちになった。机も椅子も全く違うのに、学生の頃の気持ちがふわっと湧き上がってきていた。瑠璃は、すぐに小百合の姿を見つけると「失礼します」と声をかけ教室内に入った。


「お嬢様、お待たせいたしました」


「あ、瑠璃ちゃん。お帰りなさい」


 周りには小百合のクラスメイト達が複数人いて、自然とその視線が瑠璃に集まってきた。視線に気が付くと、瑠璃は頬を少し赤らめていた。姉妹や小百合達ぐらいにしか見せていない女装姿をまじまじと見つめられた事で、更に赤みを増していた。


「はーい、みんな、ちょっといいかしら? こちらにいるメイドさんを紹介させてもらうわね。この人は私の家で雇っている使用人で、名前は、綾乃里 瑠璃ちゃんって言うの。私にとって瑠璃ちゃんは頑張る力を与えてくれる人です。だからね、今日来ることが出来ました。みんなも瑠璃ちゃんが来ることを認めてくれてありがとう」


 そう言うと、小百合は頭を下げていた。周りからは、いいんだよ、一緒に文化祭出来て嬉しい、という言葉が聞こえて、瑠璃は、小百合が慕われている様子を見て嬉しい気持ちになっていた。


「皆様、初めまして、先ほどご紹介いただきました、綾乃里 瑠璃です。本日はよろしくお願いいたします」


 声が少しやんだタイミングで、瑠璃は自己紹介をした。今日は男だとバレてはいけないのを意識して、おしとやかな自分を演出しながら挨拶をしていた。周りからは、よろしく、という声や、かわいい、という声が溢れていた。頭を撫でてくる人もいて、瑠璃は顔を赤らめながら戸惑っている。


「みんな、瑠璃ちゃんがかわいいのは分かるけど、私の大切な人だし、瑠璃ちゃんはこう見えても成人してる大人だからそれなりの対応をよろしくね?」


 周りにいた女子生徒たちは、驚きや謝罪の言葉を口にしていた。瑠璃は大丈夫です、と受け答えていたが、内心では、小百合が言っていた大切な人という言葉にしか意識が向いていなかった。メイドとして大切という意味なんだろうが、それが分かっていても嬉しい気持ちがわいてきていた。


 挨拶が終わった所で、スピーカーからもうすぐ開場の時間になると告げる声が聞こえてきた。


「みんなー、もうすぐ始まるから、最終確認お願いね。クラスの午後担当の人は楽しんできてね。部活の方に参加する人は頑張ってきてね!」


 小百合が声をかけると、生徒たちが動き出した。その様子を見て小百合がクラスの中心人物になっているんだなと思っていると、小百合に声をかけられた。


「それじゃ、瑠璃ちゃん。着替えてくるから、着替え終わったらこれからやる事を説明するわね」


「はい、わかりました」


 少しして、小百合が戻ってきた。メイド姿になった小百合は、ひざ丈ほどの黒のワンピースで、白のエプロンをかけたシンプルなメイド服姿だった。シンプルながらも気品が漂っていて、かわいいというよりも綺麗な印象を受けていた。


「瑠璃ちゃん、どうかな?」


「あ、とってもお似合いです」


「ふふっ、よかった。それじゃ説明するわね。まずはね、私達は午前の担当です。午後は文化祭を見て回る予定です。で、実際にやる事なんだけど、接客と調理になるわね。接客は、お客様を出迎えて、席に案内をして、メニューを聞いて、料理を出す感じね。最初は他の人がやってるのを見てもらえたらすぐできると思うから安心してね。調理は、オムライスとナポリタンとサンドイッチとカレーライスを作る感じかな」


「冷凍とかじゃなく作ってるのです?」


「うん、そうよ。コンセプトが、本格的な喫茶店、だから作るようにしてるのよ」


「すごいですね。あの……ボ、私は料理に自信ないので、補助がんばります……!」


「うん、うふふ、頑張ってね。ドリンクでコーヒーもあるのだけど、豆を挽いて作るからそっちもお願いね」


「コーヒーも本格的な感じですね。メニューはこれで全部になるのですか?」


「ううん、あとね、ドリンクにメロンクリームソーダと紅茶があるわ。本当はね、デザートとかも用意したかったのだけど、そこまでは手が回らないって話になって今のメニューになったのよ」


 小百合が話し終わったのと同時くらいに再びスピーカーから声が聞こえてきた。開場を知らせるアナウンスが聞こえると、慌ただしい雰囲気になってきた。


「それじゃ、みんな! 改めて、今日はよろしくね! 精一杯楽しみ、がんばりましょう!」


 「おー!」というみんなの掛け声の後に調理と接客で分かれていった。瑠璃たちは、入り口付近で客を待っている状況だ。


 廊下からはスタッスタッ、というスリッパの音が複数聞こえている。とうとう始まったんだな、という気持ちと、大丈夫かな、という不安に包まれていると、入り口に一人の男性の姿が見えた。そのまま入ってくると、一人の生徒に目を据えていた。


「あ、お帰りなさいませ。おじさん来てくれたんだ! こっちへどうぞー」


 活発そうな生徒が、入ってきた男性を迎えていた。どうやら知り合いみたいだ。おじさんと呼んでいたから親戚なのだろう。瑠璃はそっと小百合の方へ視線を向けると表情は少しこわばっている様に見えた。小声で「大丈夫ですか」と聞いてみると、「うん、大丈夫」と自分自身に言い聞かせるように答えていた。


 次に来た客は男女の二人で、さっきとは別の生徒だが、同じく知り合いみたいだ。2人掛けの席に案内していた。席は全体で二人掛けが4つ、四人掛けが2つ、席が用意されていて、二人掛けの席が半分埋まった事になった。


 次に来た客は、男女と子供の三人の親子連れだ。それを見た小百合が足を少し前に踏み出し、行こうとしていたが、額に汗を滲ませながら、歩めない様子だった。客を待たせすぎても悪いと思った瑠璃は、代わりに接客する事にした。


「お帰りなさいませ。こちらの席にどうぞ。――ご注文が決まりましたら、お声がけください」


 瑠璃は、さっきの親子連れを席に案内すると、急ぎ早に小百合の元へ戻った。さっきと同じように、大丈夫かと声をかけようと思ったが、また同じように言われる気がしてやめた。引き下がらせることも頭によぎったが、初めての文化祭を楽しめるようにするために、後押しをしてみる事にした。瑠璃は、小百合の手を握り「大丈夫です、ボクが側にいるので安心してください」と囁いてから笑顔を見せた。


 小百合は少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みながら「うん、ありがとう」と返事をした。少しして、次の客が来た。男性と女性の二人組だった。それを見た小百合は息をフゥっと吐いて瑠璃の手をほどいて前に歩み出た。


「お、お帰りなさいませ。……こちらへ、どうぞ」


 小百合の視線は女性の方に向き気味で、話し方もぎこちない感じだったが、なんとか席へ案内していた。瑠璃の所に戻ってくるまでは緊張気味な表情をしていたが、瑠璃の隣に戻ってくると、力の抜けたようにフゥーっと息が漏れると、少し頬が上がって喜んだ表情をしていた。


 その後も小百合はぎこちなさを残しながらも躓くことは無く、交代の時間となって調理を担当することになった。


 ガリッ、ガリッ、ガリッ、コーヒー豆を挽く音がしている。瑠璃は、豆を挽く事を任されていた。始めは硬くてなかなかうまく回らなかったが、細かくなっていくにつれてなだらかに回せるようになる事を楽しみながら挽いていた。


「瑠璃ちゃん、メロンクリームソーダお願い」


「はい」


 瑠璃は、ドリンク系をメインに任せられていた。目の前では美味しそうな匂いで溢れていて、ついついお腹もすいてきていた瑠璃だったが、食べる時間もなく、終わりの時間を迎えた。


 午後担当の人たちと入れ替わり、廊下に出て少し歩いたところで小百合に呼び止められた。


「ね、瑠璃ちゃん。こっちこっち」


「どうかしましたか?」


 手招きしている小百合に導かれるままに部屋に入った。瑠璃は小百合の事を心配していた。多少慣れたとはいえ、見て回るのはハードルが高くて部屋にこもる事にしたんじゃないだろうかと考えていたが、その予想は外れた。


「これにね、着替えてほしいの」


 小百合がそう言うと、その手には制服が握られていた。


「メイド服のままだと目立っちゃうでしょ? だからね、制服だと溶け込めると思うから、着替えてみない?」


 思っていた事と違って、ホッとしていた瑠璃だったが、小百合の提案に少し戸惑っていた。言われた通り、見て回るならメイド姿は目立ってしまう。その事を考えると、着替えた方がいいのかもしれないと思い、小百合の提案を受け入れる事にした。


「わかりました。このままの姿だと目立ってしまいますよね」


「うん、ありがとう。それじゃこれ、どうぞ」


 小百合から制服を受け取った瑠璃は、着替えようとしていたが、小百合にジーっと見られていて着替えられないままでいた。


「あ、あのー……」


「ん? あ、そうよね、後ろ向いてるわね」


 小百合が近くにいる状態で着替える事に羞恥を感じていた瑠璃だった。こちらを向いていないとはいえ、恥ずかしさが消えないので、手早く着替えようとした瑠璃だったが、恥ずかしさのせいで戸惑ってしまったため、結局は時間が掛かってしまった。


「き、着替え終わりました……」


「はーい、……うん、やっぱり似合ってる! かわいい!」


 それから瑠璃達は制服姿で、文化祭を見て回った。演劇や展示、模擬店などを一通り回っていた。見回っている最中にも男性が少ない場所を選びながら歩く事をしていた瑠璃だった。ある程度見て回った所で、模擬店で買った食べ物を持ちながら人気の少ない木陰で休むことにした。


「ふぅー、ここなら人もいないわね」


 そう言いながら小百合はその場に座った。瑠璃も同じように小百合の側に座った。


「瑠璃ちゃん、今日は本当にありがとうね。文化祭は今まで準備だけしかやって来なかったから本番は初めてだったけど、すごく楽しかったわ」


 瑠璃はお腹を空かしていたので、座ってすぐに模擬店で購入していた焼きそばを口にしていた。小百合が話し終わって瑠璃の方を振り向いた時に、瑠璃は焼きそばを口いっぱいに頬張っていた。


「ふふっ、お腹すいていたのね。かわいい」


「話してる時にすみません……」


「いいのよ。だいぶお腹を空かしていた感じね。うふふ、私も食べよっと。――うん、おいしっ!」


 それから一息ついていると、閉会のアナウンスが聞こえてきた。


「もう終わりの時間なのね、それじゃ瑠璃ちゃん、そろそろ帰る準備しましょうか」


 小百合がそう言いながら立ち上がり、スカートをサッサッと振り払っていた。瑠璃も同じように立ち上がり、小百合をまねる感じで振り払っていた。


「あ、そうそう、その制服はそのまま着ていていいからね」


「え? このまま……ですか? 帰ったら洗濯してお嬢様に返したらいいですか?」


「ううん、その制服は記念にプレゼントするわ。実はね、校長先生にその制服をいただいたのよ。瑠璃ちゃんの体形に合わせて作ってくれたから、それは瑠璃ちゃん専用の制服なのよ。今日の事をね、覚えていてほしいから受け取ってくれると嬉しいわ」


「わ、分かりました。そういう事なら受け取っておきます」


 瑠璃は少し困惑しながらも、制服を受け取ることにした。こんな体験をする事なんて二度と無いのだろうと思うと、記念の品があってもいいのかもしれない。


 それから、帰る際に迎えに来た乙成に制服姿を褒められ、恥ずかしさが残る帰路になった。


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