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二人飲み


 瑠璃は仕事に少し慣れ始めていた。仕事中に周りを見る余裕も出てきたので、一緒に掃除している乙成をちらちらと見ている。朝日が真上に登る前の現在、書斎の掃除をしている所だ。ずらーっと並んでいる本たちに圧巻され、ついつい手に取って読んでみたくなる衝動にかられながら掃除をしている。日常的に継続して清掃されているもんだからほとんど汚れていない。わずかに埃が蓄積されているのを掃除するのは、少し退屈に感じていた。


 しかしながら、これだけ綺麗なのは日々の賜物なのだと思うと、乙成さん達の頑張りはすごいと思っていた。手のひらサイズで、埃をかすめ取るための小さなモップを動かしながら、瑠璃は時折、乙成のいる方をちらちら見ていた。


「ね、瑠璃ちゃん。さっきから熱い視線を感じるのだけど、何かあるのかな?」


「あ、いえ、なんでもないです」


「ほんと? 何かあれば何でも言ってくれて大丈夫だからね?」


「はい、その……掃除していて思ったのですが、どこも綺麗なのを見て、これだけ維持しているのはすごいなと思って乙成さんの方を見ていました」


「ふふふ、そうだったのね、ありがとう。そう言ってくれてうれしいわ。でも、人が少ない分、汚れないだけなのだけどね」


「そうなんですか? でもやっぱりすごいと思います!」


「あらあら、ありがとう。そういえばね、今週末辺りに、旦那様と奥様、小百合ちゃんのご両親のことね。その二人が帰ってくる予定なの。瑠璃ちゃんには特にしてもらう事はないのだけど、旦那様とは初めて会う事になるから、挨拶はしてもらうわね」


「そうだったんですね、わかりました。やっぱり小百合さんのご両親ってあんまり帰ってこないのですか?」


「そうね、お仕事が忙しくてなかなか帰ってこれないみたいね」


「そんなにも大変なのですね」


「ええ、色々と忙しいみたいね。海外に行ったり、都心にいる事も多いから仕事が終わって毎回帰ってこようと思うと、往来だけで時間もかかるから頻繁には帰ってこれないみたいよ」


「都心なら新幹線でも数時間かかるので、なかなか帰ってこれないわけなんですね」







 ――夕食前、小百合の両親が帰ってきた。


「やあ、君が噂の瑠璃ちゃんだね。初めまして、私は健一けんいちです。小百合の父親だよ」


 小百合の父親だと言う人を見た瑠璃は、さわやかそうな人だと印象を抱いていた。


「初めまして、綾乃里 瑠璃と申します。よろしくお願いします」


「うん、よろしくね。いつも小百合のお世話をしてくれてありがとう」


「はーい、瑠璃ちゃん。お久しぶり! 私の事は覚えているわよね?」


 そう声をかけてきたのは、小百合の母、陽子だった。


「はい、もちろんです。お久しぶりです」


「うふふ、ほんとに瑠璃ちゃんかわいいわね。うちの息子にならない?」


「もう、お母さまったら何いきなり言ってるのよ! ほらさっさと座りましょう」


 瑠璃の隣にいた小百合がそう言って両親を席に促していた。



 ――食事が終わった時に、瑠璃は健一に声をかけられた。


「瑠璃ちゃん、これから時間あるかな? よかったら少し二人で話をしてみたいと思うんだけど、どうかな?」


「あらあら、二人で何のお話をするのかしら?」


「まあ、男同士の秘密って所かな? 瑠璃ちゃん大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です」


 瑠璃は突然二人で話したいと言われて緊張気味だったが、健一には悪い印象も圧迫感も抱いていなかったので、あまり緊張はしていなかった。瑠璃は、健一に付いて行き、案内された部屋へ行った。


 案内された部屋は、奥には瓶が陳列された棚と、手前にはソファが向かい合わせて置かれていて、真ん中にはテーブルが置いてあった。


「好きな所に座ってね。……瑠璃ちゃんはお酒は大丈夫かな?」


「はい、少しなら大丈夫です」


 健一がどうぞと言いながら、氷が入ったグラスを瑠璃の前のテーブルに置き、薄茶色の液体を注いで、対面に座った。注いだ時にカランと氷とグラスの交わった心地よい音が鳴っていた。


「このウイスキーはね、私の好きな味なんだ。どうぞ飲んでみて」


「いただきます。……すっきりとしていて飲みやすくて美味しいです」


「口に合ってるようでよかったよ。このウイスキーはね、そんなに高い物じゃないが私のお気に入りの1つなんだ」


「そうなんですか? おいしいので高い物だと思いました」


「まあ、流通量の問題で少し高くはなっているが、定価で売っていたら手は出しやすい価格だよ」


「そうなんですね。今度買ってみようと思います」


「それなら今開けたこれ、よかったら貰ってくれないかな?」


「え、いいんですか?」


「うん、気に入ってくれたみたいで、私も嬉しいからね。それにここにいない日も多いから、早めにおいしく飲んでくれた方がいいしね」


「そういう事でしたら遠慮なくいただきます。ありがとうございます」


 健一はうんうんとうなずき、笑顔を見せていた。


「それはそうと、今日話したかった事なんだけどね、君に感謝を直接伝えたいと思ったからなんだ」


「感謝……ですか?」


「うん、本当に君には感謝しているんだ。娘の男性恐怖症が改善に向かってるのは君のおかげだからね」


「いえ、ボクなんて一緒にいる事しかできなくて……」


「いやいや、君が一緒にいてくれるからこそ、いいんだ。今まで男性恐怖症の話題も避けていた所はあったんだが、君が来てからちゃんと話せるようになったんだ。話せるようになっただけじゃなく、改善に向かっている事も嬉しくてね、こんなにもうまく行くとは思ってなかったよ」


「力になれているのなら嬉しいです」


「うん、君のそういう謙虚な所も良かったのかな。本当に感謝しているんだ。何かあれば助けになるから必ず言ってね」


「ありがとうございます」


「それじゃこの話はここまでにして、ウイスキーを飲もうか! もちろん無理して飲むことはしないでね」


 それからしばらく二人でウイスキーを飲みながらひとときを過ごした。


 ――部屋に戻った瑠璃は今日の事を思い出しながら、窓辺から夜空を眺めて貰ったウイスキーに口を付けていた。感謝された事を思い出し、飲んだウイスキーにだけじゃなく、自分にも少し酔っていた瑠璃だった。


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