1 気が付けば異世界
新作です。
今回投稿するのは執筆が完了している一章部分(七話)となります。
詳しくは活動補国をご覧ください。
突然だが俺は異世界に転移させられたらしい。それというのも目の前に近未来物でよくある空間投影ディスプレイ的なものが浮かんでいたからだ。
まあ、「最近流行りのVRやARといった技術を駆使した壮大なドッキリ」という線もなくはないのだろうが、美味しいリアクションが取れるかどうかも分からない素人相手に大金をつぎ込むような酔狂な奴はいないと思う。
実は有名人だったとか?
……ないな。著名人が身にまとうオーラのようなものが全く感じられないわ。自分で言って微妙に凹みそうになるが、俺はどこからどう見ても冴えない一般人らしい。
さて、今のやり取りで気付かれたかもしれないが、俺の中に俺自身のパーソナルな記憶はない。名前から始まり家族構成や所属先に至るまで全てが不明の名無しの権兵衛さん状態である。
残っているのは現代日本と思わしき社会の一般常識や、学校教育制度で詰め込まれた様々な知識、ついでに漫画やアニメといったサブカル系のお約束的ネタの数々、といったところか。
その割に焦燥感などが沸き上がってこないのは、こちらの世界への転移に際して精神を適合化させられたからなのかもしれない。
それにしてもさっそく役に立った記憶が三番目というのがなんともはや。
まあ、いいか。それよりも現実?に向かい合うとしようか。一応ログハウス風の建物の中らしいので、すぐさま雨風の心配をする必要はなさそうだ。
という訳で目の前の不思議現象をターゲットにする。
空間投影ディスプレイ、長いからメニュー画面でいいか。そこには以下の三つが表示されていた。
『1 本日分のログボガチャを回す!
2 メニュー画面
3 チュートリアルを開く』
ちなみに、二番と三番が単色で読むのに不自由のないフォントサイズだったのに対して、一番はやたらと大きく――画面の半分を占めていたと言えばその大きさが理解してもらえるだろう――虹色で表示されていた。
「とりあえず二番で」
現状把握は大事なので。というのは建前で、一番は自己主張が激しく正直鬱陶しい。俺は大人しいタイプが好みなのだ。あと、そこはかとなく罠っぽいし。そして出てきたのがこちら。
名前 :
種族 : ヒューマン
レベル : 1
ギフト : ログボガチャ
タレント:
スキル :
ふむ。どうやらこれで名無しが確定したな。まあ、他に人がいる訳でもなし、なくても別に問題はないだろう。むしろこれから出会うかもしれないこちらの世界の人に名付けてもらった方が、おかしな名前だと変に思われることもないかもしれないな。
種族はヒューマンでレベルは一か。HPなどの細かいパラメータが見られないのはそういう仕様なのか、それともそもそも数値化されていないのか。これを見ただけでは何とも言えないな。
名前と同様にタレントとスキルも空欄だが、これも考えたところで分かるものではないので一旦置いておくのでいいだろう。
ああ。うん。分かってる分かってる。ギフトのことだよな。多分、というかまず間違いなくメニュー画面のトップに踊っていたアレはこのせいだろう。
名前と書かれていた文面から推測するに毎日ガチャを回せるというものだと考えられる。
しかし、ガチャか……。
よほどリアルラックが高くなければ碌な結果にならないような気がする。
俺?元の世界にいた頃のことは不明だが、こんなことに巻き込まれている時点でお察しレベルだと思えるのだがどうだろうか。
もっとも、今はほとんど全てが足りない状態だ。百を貰えるならそれに越したことはないが、十や一であっても決して無駄にはならない。
まあ、それでも回すのはチュートリアルを確認してからの話になるが。
「ちょっとはこの状況が分かることが書かれていればいいんだけどな……」
などと独り言を呟きながらチュートリアルを開いてみる。
『オッス!オラご……ッド!』
そして閉じた。
「…………」
ふざけた状況だとは思ってはいたが、まだまだ理解と覚悟が足りなかったらしい。どうやらとんでもなく面倒で厄介なことに巻き込まれてしまっていたようだ。
……ダメだ。今の出来事で色々と耐えていたものが決壊してしまった。
「ネタをやろうとして日和るとかふっざけんな!上手く誤魔化せたと思ったら大間違いだからな。思いっきりこれでもかってくらいにすべってるじゃねえか!」
はあ、はあ、と荒い音を立てながら大きく息を繰り返す。
ふう。思いっきり叫んだことで少しは冷静さを取り戻すことができたかな。いきなり訳の分からない状況に放り込まれたことで、人並み以上に不満は溜まっていたようだ。
焦燥感こそなかったので油断していたな。これからは早めの発散を心がけることにしよう。
「しかし読み進めることをためらわせるには十分な威力の始まりだったな……」
思わずそれが狙いだったのではないかと邪推してしまいそうだ。第三者視点で覗き見しているならば、何も分からずに右往左往する様ほど面白いものはないだろうからな。
だが、ほんの少しの情報ですら見逃したくない俺からすれば、流すなんてありえない。あ、くだらない冗談部分をスルーできる能力があるなら、切実に欲しいところではあるけれど。
「アホなことを考えていないで続きを読むか」
出だしのこともあって期待はしていなかったが、その先の文章もなかなかに不愉快極まりないものだった。
これを書いたらしいゴッドなる輩によれば、やはりここは異世界――しかも定番の剣と魔法の世界ときた――で、しかもさらに別の世界からやって来た魔王率いる魔族の軍勢によって侵略を受けているのだとか。
「で、起死回生の策として魔王を倒す勇者となる人物を他の世界から送ってもらった、と……。いや、勇者召喚とかそういうのをやるのは現地の住民の役割じゃないのか?なんで神様が率先して他所の世界に助けを求めてるんだよ……」
この時点でゴッドへの信頼度がストップ安となったのは言うまでもないだろう。しかし、本当に恐ろしいのはそこからだった。
『それなのに送られてきたのは何の能力もない単なる一般人とかマジありえないんですけど!?ギフトとか余計な出費でこっちは大損だよ!』
ゴッド及び元の世界の神に対する信頼と好感度がマイナス方向に振り切れた瞬間だった。
「あれ?ここから字体が変わってる?」
『ただでさえ突然の事態に混乱しているだろうところに、このようなことを告げられてさぞやご不快に思われていることでしょう。このバカではた迷惑なGに代わりまして、我々天使一同が謹んでお詫び申し上げます。あ、Gの方はしっかり処理しておきますのでご安心を!』
うん。文末に描かれていたサムズアップと笑顔のイラストは見なかったことにしよう。
その後はギフトの解説に始まり、タレントやスキルといった言葉や俺が放り出された場所や状況などの説明が読みやすく書かれていた。
天使さんたちマジ有能。彼らへの信頼と好感度が爆上がりだ。
「ギフトは神からの贈り物だから天使さんたちでも詳しい仕様は不明なのか。せめて何が入っているのかくらいは知りたかったんだが、そういうことなら仕方がないか。レア・スーパーレア・ウルトラレアの三ランクに分類できるって分かっただけでも感謝だな」
ちなみに、タレントは才能で、スキルが技能となる。なくても技能を使うことはできるけれど、才能がある方がより効果的になるらしい。
ところが才能に関しては後天的に取得する、いわゆる才能が開花することはあるにはあるのだが、努力で何とかなる代物ではなく、貴重なアイテムを使用するといった外部からの要因が絶対に必要となるとのことだった。
『あのGのことですから、恐らくはガチャの中にタレント関連も含まれていると思われます。ですが、あくまで我々の予想ですので外れている可能性もあります』
それでも期待ができる分だけマシというものだ。
有用なタレントが含まれていることを祈ろう。……天使さんたちに。
一方、スキルの大半は努力次第で習得できるようになっているようだ。こう言うとタレントの下位互換のようだが、そうではない。
焚火を例にすると、タレントは薪などの可燃物や酸素で、スキルは種火ということになる。いくら可燃物があっても種火がなければ火をおこすために試行錯誤を伴った様々な行動をしなければいけなくなる、という具合だ。
「タレントとスキルをセットで揃えられれば一番だけど、そう都合良くはいかないだろうなあ」
何せガチャだし。
特に物欲センサーとの連動性には、元の世界でも数知れない人たちが涙で枕を濡らす羽目になっていたからな。もちろん俺もその一人である。
ガチャで取得できたタレントに合わせてスキルを習得できるように努力する、というのが一番現実的か。
まあ、ガチャの中にタレント系が含まれていなければ根本からご破算となってしまう、まさに神頼みな計画ではあるが。
次に現状だが、この世界が魔族の軍勢に侵略を受けているのは先に述べたとおりだ。そして俺の居場所だが……、なんと魔族とこの世界の人々――元の世界の人間とほぼ同じのヒューマンに加え、エルフやドワーフに獣人などがいるが総じて人類と呼んでいる――が衝突している最前線付近となる。
正確には魔族が進行しているルートから外れた深い森の奥ということらしいのだが、戦況次第では魔族がやってくる可能性も十分にありそうだ。
「勇者として召喚した直後に魔族と戦わせるとか、すりつぶす気満々じゃねえか……。きたない。さすがGきたない!」
ちなみにこのログハウス風の建物などは天使さんたちが用意してくれたものとのこと。セーフティーエリアの機能も付けてくれているそうで、建物の周囲数十メートルには魔族だけでなく元々この世界に生息する魔物などの敵対存在も近寄ることができなくなっているらしい。
他にも色々と仕込んでくれているようで、これはもう本当に彼らの方に足を向けて眠れないな。
『今後についてですが、魔族のことはこちらで対処しますので、無理をせず生き残ることを最優先に活動してください』
こちらを気遣う言葉でチュートリアルの最後は結ばれていたのだった。
「と言われても、これだけ世話になっておきながら見て見ぬふりって言うのもなあ……」
しかし、下手にくちばしを突っ込むことでかえって天使さんたちの仕事を増やしてしまうかもしれない。当面はお言葉に甘えて生き残る術を確立することを最優先とするべきか。
「あれ?なんか続いてるぞ?」
『追伸。Gを誘導して一回だけですがURが出るガチャを回せるように手配しました。幸運をお祈りしています』
「UR確定ガチャキター!!」
まさかチュートリアルクリア特典の確定ガチャまで実装してくるなんて!
ありがとう天使さんたち!
マジで一生ついていきます!
「生き残る算段が付いた後は魔族退治の手伝いをするルートに乗るのは確定だな」
どこまでできるかは分からないが、少しでも彼らにご恩返しをせねば。そう心に決めながらさっそくUR確定ガチャを回すべく手を伸ばしてみるのだった。