王立学園入学
9月の澄んだ空の下、ドラゴンの意匠を施した伯爵家の馬車が王立学園に飛び込んだ。
まず、ユウマが降り最後に父親のラインハルトがシルクハットを押さえながら杖をついて降りてくる。如何にも貴族らしい一面だ。
「「父上、お忙しい中、ユウマなんかのために態々お疲れ様です。」」
長兄ニコルと次兄ハイルが胸の前で手を構え頭を下げている。
「おぉ。出迎えご苦労である。まぁ、ユウマは、ついでだ。本日は、お前達と食事にでも行こうと考えている。」
分際な様子でユウマを見たあとラインハルトは、辺りを軽く見渡す。お眼鏡にかないそうな女の子を探しているらしい。
それを感じたニコルとハイルは、近くにいた同級生に声を掛け食事を誘ったようだ。良くできた色魔である。
「それでは、私は準備がありますのでここで失礼いたします。」
恭しく頭を下げたあとユウマは、会場へ向かう。
その後ろ姿を見て
「アイツがSクラスとは、お前達分かっているのか?」
ラインハルトは、憎々しく言い放つ。父親ガロンが健在のうちに軍事内部の要職に就き何とか派閥を組んでトップとして君臨しているが、周りもガロンの死後から手を動かし始め内部は、混沌とし始めている。
ここ、王立学園は、男女比約60:40の割合だが男子の就職先を見ると騎士団、宮廷魔法師団、冒険者に絞られる。女子生徒は、回復師をメインに補助魔法による冒険者、薬剤師、聖魔法治癒師など多岐にわたり中には、貴族との縁組を求め入学してくる平民もいる。
その中でも、今年一番人気なのがユウマであり、既に上級生から熱いまざなしを受けている。
ニコルとハイルは、適当に女子達を食事に誘い、ラインハルトに紹介する。女子生徒も伯爵となると満更でもない様子だ。平民の出なのだろう。5人で仲良く会場へと向かう。
入学式は、順調に進み生徒達も保護者も飽きてきた頃、空気がピンと張り詰めた雰囲気になる。
(コツッ、コツッ…)
ユウマでさえ味わったことの無い、ピリピリとした感じ…歩いて壇上に向かっているのは、元第一騎士団団長・統合参謀長司令官ピーターユリウス・フォン・ガルフィン学園長である。
壇上に立つと、逸早くユウマを見つめ、また正面を向き言葉を放つ。
「王立魔法学園は、生徒諸君の努力で幾らでも成長できる環境にある。私は、諸君のやる気を尊重し重視している。持って生まれた才能を活かすも殺すも諸君自らである事を覚えていて欲しい。以上。」
拍手も起きず、張り詰めた空気の中、明らかにラインハルトを睨むと会場を後にした。
【くっ、忌々しい。ピーターユリウス…。牽制のつもりか?!】
ラインハルトは、ハンカチで額の汗を拭うと会場の外で待つ、ニコル達に馬車で待っていると伝えると足早に乗り込む。
勿論、この後にはホームルームがあり各自伝達事項が言い渡され解散となるのだが、先程の殺気にも似た眼で射止められると恐怖すら湧いてくるのである。あいつは、親父ガロン派だからな…。慎重に動かなけば…えぇーい、忌々しい。どいつもこいつも。勿論、ユウマを指しているのである。
「オイ!荷物は、運んだろなろうな?」
執事兼御者のセバスチャンに声をかけ、確認を取る。
「滞りなく終わりました。」
馬車の小窓からセバスチャンが答える。
半刻後、ニコル達がやって来ると安心したように貴族らしく振る舞い街中へと馬車を走らせる。
そろ頃、ユウマは沢山の女生徒に囲まれながら慣れない人混みに困惑していた。
【これは、予想以上だよ。お祖父様、ごめんね。】
黒い布が広がったと思うといつの間にかユウマの姿は、消えていた。女子生徒たちは、困惑しながら辺りを見渡すが遂に見つけることができず解散していった。
幻惑のマント 光の屈折を無くし姿を隠すことができる。ただし、全てを覆う必要がある。
ユウマは、その場で屈んでやり過ごしていたのである。そして、あたりを確認するとマントをしまい図書室へと歩みを進める。
「明日から、何か対策を練るかぁー」
「なんの対策?」
ビクッと辺りを見渡し、そっと上を見ると男子が天井にへばり付いている。
「よっ!」シュタッ。
「初めまして。ユウマ・フォン・ラゲット様。僕は、アラン。宜しくね。」
鮮やかな金髪の小柄な男の子だ。
「いやーしかし、いきなり消えるとは!何かの魔法?いや、アイテムかな?」
少年は、ブツブツと言いながらユウマに近づいてくる。
【鑑定】
アラン・ピッツバーグ
斥候職 レべル3
10歳
力 25
体力 40
魔力 20
素早さ30
知力 25
運 45
王立学園支給の制服
革靴
鉄の短剣
毒の針
睡眠の香
アイテム レア 巻物
魔法 火属性(中級) 風属性(初級)
ユニークスキル 忍術
「どうしたんだ?黙り込んで?よ・ろ・し・く・な!女たらし君」
覗き込むように笑顔を向けるアラン。流石に毒気を抜かれて
「ユウマだ!宜しく」
と手を差し伸べる。
偶然にして必然的な出会いであった。その後二人は、この時のことをそのように語った。
「俺は、今日から寮に入るんだ。ユウマは、王都に屋敷があるから通いだろ?」
アランの問に
「いや、俺も寮に入るんだ。」
にこやかに微笑むユウマ。
「へぇ~、伯爵様の息子にしては、珍しいな?」
「俺は、忌み嫌われているからな…。」
歩きながら外を見るユウマの顔に陰りが点した。
「それで、何処に何の用事だ?」
アランが尋ねる。
「あぁ、一応、学園の地図と寮の地図、付近の魔物についての資料を集めにな。」
ユウマが楽しそうに話すと
「かなりの生真面目だね。あはは」
お腹を抱え笑うアラン。
「仕方がないだろう。街に出るのですら監視がついて居たのだから。自由など何一つ、無かったんだよ。」
ユウマにとって、ここは初めての楽園。思う存分、楽しむつもりだった。