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お人形伯爵と悪い奥方

作者: 杉下樹

ブラン伯爵はお人形領主。

賢い奥方様が糸で動かしている。


こそこそとメイド達が噂しているのを、静かに耳を傾ける女性がいた。

きっちりと髪を結い、品の良いドレスを身に纏うその人‥奥方は、そっとため息をつき、気づかれないよう足音を忍ばせながら、その場を後にした。






奥方が、伯爵家に嫁いだのは2年程前。

元々は長男(・・)の方に嫁ぐ予定だったが、見目美しい長男は公爵家のご令嬢に見初められ半ば強引に誘拐されるように婿入りをし、急遽、長男との婚約は破談となった。

長男と婚姻できない時点で子爵であった奥方の実家は、別の婚姻先を見つけ始めていたが、伯爵家がどうしてもと、婚姻相手を次男に代えて薦めたらしい。

階級が上の相手に断れる訳もなく、子爵令嬢は伯爵婦人として、そのまま次男と結婚式を挙げた。


結婚と共に領地を継いだ、若い夫婦は初めは苦労した。


優秀と言われた長男と比べ、次男は領主に向かない男だった。

元々、継ぐ予定のなかった彼は伯爵の仕事をあまり学んでおらず、覚えも良いほうではなかった。一生懸命やってはいるが、結果が結ばない、そんな男だった。

対して、奥方は元々貴族のご夫人になるよう幼いときから教育を受け、また学ぶことに熱心な性格だった。マナーや女主人の為の教育の他、婚姻がきまってから自分で経済や外交、領地についてを学んできた。そして、物覚えも良かった。


元領主の義両親は、次第に奥方にも領主の仕事を手伝うように促し、今では噂通り。表立っては夫だか、領主の仕事はほぼ奥方が行うようになった。


だが、奥方は始めからこの結婚に不満はなかった。

夫になった次男とは、元々義弟になる予定だったので結婚前に会っていたし、その時から悪い印象は受けなかった。

兄と比べて、出来が良くない、鈍くさいと陰で言われていたがのを知っていたが、実際に会うと穏やかな柔らかい印象の男だった。花の世話が好きで、初めて会ったときは庭師の格好で土いじりをしていた。後から聞くと来客がくる時間を忘れていたという。

だか、不思議と不快感は感じず、むしろ現状に気づいた彼の顔色が真っ青になって自分と兄に謝る姿に、少し面白さを感じていた。


それから何度か伯爵家を訪ねたが、決して悪い男ではなかった。この人が義弟になるのかと思うと少し楽しみになるくらいには、好印象を持っていた。

だから、あまり奥方は夫との結婚に不満はなかった。





だが、奥方が影で領主の仕事をし始めた頃、こそこそと屋敷のなかで使用人達が噂話を始めた。

事実なのだが、このまま領民達に広がっては夫の信用に関わってくる。

肝心の夫は噂を耳にしているのか、してないのか、ニコニコと今でも庭で植物の世話をしている。

それを見てまた使用人がヒソヒソと噂を流す。


正直、あまりよろしくない。


今まで奥方も、なんとか夫の出来る領主の仕事を増やそうとした。でも、今現在、現状は大きく変わっていない。夫本人も努力しているが、やはり結果は結びつきずらい。

また、ブラン領は鉱石が主な収入源だが、最近は採れる量が明らかに減ってきている。


正直、本当によろしくない。


奥方は、最近毎晩この状況を打破することに頭を悩ませていた。

一応、夫婦でひとつの寝室で眠っているが、結婚して約2年。肌もそこそこに合わせて来たが、未だに二人の間に子どもはいない。


お互いに男女として見ていないと言われるとそうでなく、結婚してから奥方は、夫に妻として愛情を抱いている。

本当は、この世の中、女性が仕事をすることにまだ良くは思わない人が多い。

だか、夫は、奥方の意見を聞いて尊重している。奥方が、領主の仕事をほぼ行っているのも嫌な顔をしたことがない。きっと、本当は奥方が領主の仕事を楽しんでいるのをどこかで気づいているのだろう。


そんな夫を人として、女性として愛情を抱くのは時間がかからなかった。

だからこそ、なんとかしたいと奥方は考えていた。


その晩もベッドで頭を悩ませていた奥方は眠ることができず、隣で眠る夫の横顔をそっと眺めることにした。

今問題は沢山ある。夫の噂、収入源の確保、跡継ぎ‥。どれも、後回しには出来ない課題だ。でも、どれも一気に解決する策を未だに見つけられていない。


奥方は眠ると少し幼くなる夫の頬を撫でる。


でも、少しずつであったら、解決の糸口は見えていた

。奥方は明日、それを実行することにした。





次の日の晩。

奥方は一人で寝間着着替えて、ワインを片手に晩酌をしていた。そうしないと、嫉妬や罪悪感に押し潰されてしまうからだ。


日中、夫である伯爵は知り合いの男爵家に向かった。いつもは、奥方も一緒に向かうが今日は一人で向かってもらった。あそこの男爵家のご令嬢が、夫のことをいつも欲を抱いた瞳で見つめていたのを知っていたから。そして、遠い場にある男爵家から戻るのは遅くなるから、泊まって行くように誘い掛けたのは、奥方だ。


多分、ご令嬢は夫に何かしらアプローチをしてくるだろう。こっそり、男爵から以前夫人に「第二夫人は許容できるのか」と遠回しに言われたことがある。娘に甘い男爵は、奥方に「不倫してもいいか」と許可を求めるほど、娘の気持ちを応援しているようだ。笑って誤魔化したが


「もし、娘が嫁いだら嫁ぎ先には何かしら手助けを必ず行う予定ですので」


と言われて笑うことができなかった。


だから、奥方は夫を今日売った(・・・)のだ。

跡継ぎの為に、領地の為に。

勿論、成功すれば夫の噂がますます悪くなるので、この為に奥方は偽装の愛人やお金を散財した形跡を作った。浮気をし、金使いの荒い奥方に愛想をついて新しい夫人を迎えた話はそこら辺に売るほどある。自分の印象は堕ちるが、夫はそこまで堕ちないだろう。


奥方はため息をついて、グラスを煽った。時計を見ると、もうずいぶんと遅い時間だ。

眠ろうと、椅子から立ち上がると同時に寝室の扉が開いた。


「‥‥は?」


そこには夫がいつもと変わらない笑顔で立っていた。


「ただいま」

「どうして‥」


どうして、夫には泊まるように伝えたはずだ。ご令嬢は?何故ここにいる?


「君の言いたいことは、何となくわかるよ。少し、ゆっくり話そうか」






「君が悩んでいたことは、何となくだけど気づいてた。跡取りとか、僕の噂とか‥‥鉱石もあまりとれなくなったとかかな?」

「‥‥知っていたのですね」

「まぁ、僕は利口ではないけれど、何となくかな」


夫は、奥方をベッドの端に座らせてゆっくりと話した。そして、そっと奥方の目の下を親指でなでた。


「ごめんね、こんなに隈を作るくらいに悩んだんだね」

「‥‥‥、謝るのは私の方です。私は貴方を」

「‥まぁ、今日は流石に驚いたけど」

「申し訳ありません」


奥方深々と頭を下げた。目には一つも涙もない。

悪人が涙を流すのはお門違いだから。

正直、離縁されても良い位なことをしてしまったのだ。


「あー、えっとじゃあ僕のお願いを叶えてほしいな」

「えぇ、なんでも」


そっと奥方は覚悟を決めて答えた。

そう言うと伯爵は嬉しそうな顔をして言った。


「じゃあ、離縁は絶対しないでほしい。こんな僕と共にずっと生きてほしい。勿論、僕は他の妻は要らないから、薦めないでほしいかな。悩んでることは教えてほしいし‥。あとは、今日抱き締めて眠っても良いかな?こんなに隈ができた奥さんにはすぐに眠ってほしいんだ。もう、今回みたいな君らしくない無謀な作戦を考えないように」

「‥‥どうして」

「勿論、君が大好きだからさ。あっ、あと涙を我慢しないで。君は悪くないんだから」


伯爵がそう言うと、奥方はようやく謝りながらも涙を流した。





それから、少しずつだが全ては良い方向に向かった。

伯爵が、育てていた植物達が突然変異し、草が育ちにくい場所でも育つことや他の領地に好評だったことから、新たな収入源になったのだ。

また、二人は子どもにも恵まれた。

今は、奥方の大きなお腹に耳をつけながら笑う伯爵の姿があった。


でも伯爵の噂は、人形領主からお花領主に変わったくらいで、あまり変化はなかった。

でも、伯爵はそれを気にすることなく、今日もニコニコと奥方のお腹に声をかけて、庭いじりを楽しむ。

奥方も、夫と領主の仕事をしながらも、隈のない顔で、そっとお腹に声をかけた。


「貴方のお父様は、とても優しくて賢い方なのよ。だから、安心してで出てきてね」


















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