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初出動(後編)

 モンスターの名を聞いて、アクセルは息を呑んだ。

 ウォーウルフ。二メートルほどの体躯と鼠色の毛皮を持ち、獰猛で狡猾な二足歩行の狼だ。本来なら深層に棲まうモンスターのはずだった。

 そして、アクセルにとって因縁の敵でもある。


「群れる奴らの対処は一筋縄ではいかないだろう。要救助者が四人であることも、かなりの負担だ。生半可な気持ちでは救助できない」


 メンバーが決まる、と予感したアクセルは、強烈な熱意を目で訴えた。


「パイパーとアクセル――」

「はい!」


 アガサの発表に食い込み気味で答え、アクセルは起立した。

 だがアガサは、目を合わせようとはしなかった。


「――このふたりは待機させる。他六人で救助に行きたまえ」

「なっ」


 アクセルが言葉を失っているあいだに、六人は短く応答して、救助に走った。

 ――何かの冗談だ。

 はじめ、アクセルはそう思った。自分たちだけが会議室で置き去りになんて、まるで理解しようのない状況だった。アクセルは立ち尽くして、アガサの顔を窺った。嘘だと言ってくれることを信じて待った。


 しかしその台詞がアガサの口から放たれることはついぞなく、彼は役目を果たした演者がごとく、静かに立ち去ろうとした。


「待ってください」


 と引き止めたのは、パイパーだった。彼女は立ち上がって、アガサの背中に問いかけた。


「こいつが待機させられるのはわかります。でも、なぜわたしまで」

「え、ちょっとパイパーさん!」

 パイパーにまでそんなふうに扱われるとは、心外だった。

「黙れ」


 ぴしゃり、とパイパーに制されて、アクセルは黙らざるを得なくなる。

 アガサは首だけを捻り、ふたりを横目にして言った。


「お前たちはバディだからだ」

「なら、すぐにバディを解消してください。こんな足手まとい、わたしには要りません」

「それはできない」

「どうしてですか」

「アクセル」とアガサが呼んだ。

「は、はい!」

「迷宮救助隊の、決して忘れてはならない鉄則を述べてみろ」

「生きて、帰る。第一に守るべきは、自分の命」

「ああ、そうだ。さてパイパー。たしかに君には能力がある。だが迷宮では命を落とす危険はいくらでもあるんだ。ひとりで行くなんてこと、私は決して許さない」

「ひとりじゃありません」パイパーは反論した。「リック副隊長やモーガンさん、ヨナバルだっています」

「危機的状況のなかでは、人間の視野は狭まる。何のためのバディか、よく考えたまえ」

「アガサ隊長!」


 パイパーはなおも食い下がろうとしたが、アガサは反応を見せずに去った。

 本当に取り残されてしまったのだ。アクセルはそのことを、ようやく受け止めた。それから、ちくしょう、とこぼして、力なく壁にもたれかかった。


 かつてないほどの無力感だった。人を救うため救助隊に入ったというのに、肝心なところで救助にすら向かえないのでは、まったく意味がなかった。


「ちくしょう」


 奥歯を噛み締めて、拳を握り、アクセルはもう一度呟いた。反吐が出るほどに自分が不甲斐なく思えた。


「おまえのせいだ」


 ふと、パイパーの声がした。

 俯いていたアクセルは、耳を疑って面を上げた。そこには普段以上に表情を失った彼女がいた。


「……どういうことですか、それ」

「おまえがグズだから、わたしまで置いて行かれることになった」


 好き放題に言われて、アクセルも黙っていられなかった。アクセルは弾かれたように歩み寄り、パイパーの襟元に腕を伸ばした。しかしその手が届くまえに、手首を彼女に掴まれて阻まれた。


「おまえは直情的で、能力も不足している。そんな奴を、隊長が迷宮に送るわけがない。この結果は必然だった」

「――――っ」


 掴まれたアクセルの右手が、うっ血して赤く染まる。押しても引いても、びくともしない。パイパーの細腕のどこに、そんな力があるというのか。


「エルメスさんの言うとおりだ。おまえはただの、ガキだよ」

 パイパーに押し返されて、アクセルはたたらを踏んだ。それでアクセルは無性に恥ずかしくなり、掴みかかった威勢がしぼんだ。

「体幹から鍛え直せ」

 パイパーはそう吐き捨てて、踵を返した。


 そのときだった。

 どこか遠くのほうから、板金を叩くような、反響する甲高い音がかすかに聞こえきた。


「……迷宮のほうからだ」


 アクセルの良く知る音だった。

 迷宮の入り口には、大判の板金が備えられている。かつて一度だけ、迷宮救助隊を呼ぶために、アクセルは利用したことがあった。


 救助隊として経験を培っているパイパーにもこの音の意味が伝わったはずだと考え、アクセルは彼女に視線を送ると、パイパーは脱兎のごとく駆け出していた。行く先はわからない。だが付いていくべきだとアクセルは判断して、散らかった椅子を蹴り倒しながらも追いかけた。


 宿舎の廊下を走るうちに、アガサのもとへ辿り着いた。

 アガサはふたりが来ることを予期していたふうで、驚く様子はなかった。ただ、渋面を構えていた。


「行かせてください」

 パイパーは率直に嘆願した。

「おれも」とアクセル。一瞬、パイパーの剣呑な目つきが射抜いてきたが、彼は日和らずに一歩を踏み出した。「行かせてください、おれも。お願いします」


 第三番迷宮を管轄とする迷宮救助隊は、計八人しかいない。本日二回目のこの救助要請の対応できるのは、自分らだけだ、とふたりは自覚していた。


 アガサはゆっくり頷いた。


「事態がこうなっては仕方あるまい。お前たちバディが救助へ行け」

「はっ!」アクセルとパイパーは短く応答する。

「しかし伝令がまだ届いていない。もうじきのはずだ、それまで会議室で待機していろ」

「不要です」パイパーが言い切る。

「なに?」

「救助要請者に直接聞いてきますから」

 アガサは逡巡のあと、

「良いだろう。向かいたまえ」と言った。


 パイパーは巾着袋の紐を握り直し、アクセルへ向き直った。

 視線を注がれたアクセルは、どきりとする。また自分を置いて行こうとするつもりだろうか、なんて考えが脳裏をよぎった。


「遅れずについて来い」


 予想と反した彼女の言葉。

 アクセルは堪らず声を張り上げた。


「――はい!」

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