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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第五章 夢魔の法務
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敵を知り、






「はあ、はあ」


 火薬特有の香りがする。かつての銃もこんな匂いがしたのだろうか。静まりかえった部屋の中でただフィロの荒い息づかいだけが聞こえていた。


「どうやら……外したみたいね」


 先程何故急に取り乱したかは佐三にも分からなかった。しかしフィロは少しずつ冷静さを取り戻してきたのだろう。さっきまでのように所作に優美さが戻っていた。


「そんな武器を持ってきていたなんて……やはり信用ならない男ね」

「護身用だ。それに君が先に仕掛けてきただろう?」


 佐三は口角を上げて話す。しかしもう既に話し合いの空気ではなくなっていた。実際の距離も開き、銃まで使ってしまった。彼女には当たらなかったが、もう交渉は難しいだろう。


「やりなさい」

「っ!?」


 ベルフが凄まじいスピードで佐三に詰寄り首根っこをつかむ。そしてそのまま持ち上げた。


「くそっ、ベルフ!放せ!」

「…………」

「無駄よ。もう既に私の言うこと以外は聞かなくなっているわ」


 佐三は必死にベルフの手をつかみ自分の体重を支える。手を放してしまえばあっというまに首に体重がかかり、窒息してしまいそうであった。もっともベルフが本気で爪を立てれば佐三の柔らかい首など簡単に切り裂くことはできる。少なくとも彼女に本気で殺さないようには命じられているのだろう。


 フィロはゆっくりと近づき、ベルフの脇に立つ。そして佐三を見上げながら話し始めた。


「計画が台無しだわ。本来ならば貴方を操って、自然とこの町の中枢に入り実権を握るつもりだったのに。それもこれも貴方の勘が良すぎるからよ」

「そりゃどうも」

「でも関係ないわ」


 フィロの合図でベルフのつかむ力が強くなる。佐三は浮いた足で必死に抵抗を試みるも、どれだけ蹴ってもベルフはびくともしなかった。


「貴方を暴力で脅してしまえば、良いだけの話よね。少なくとも貴方以外の男は私の言うことを聞くみたいだし」

「そんなことしなくても、話をすれば……うぐっ」

「後ろから銃で撃たれてはたまらないわ。私はそれほどお人好しではないのよ」


 佐三の呼吸が乱れてくる。抵抗に無駄な力を使ってしまった。身体を巡る酸素が足りていない気がした。


「何が、何が目的だ」


 佐三が問いかける。彼女の話を聞かなければならない。酸素不足で薄れゆく意識の中、佐三が導き出した答えであった。


「締め上げられていながら、随分と余裕ね」

「あいにく、頑丈でね」


 佐三は息も絶え絶えに答える。その様子に余裕ができたのだろうか。フィロが話し始めた。


「何度も言ったでしょ?復讐よ」

「復讐、誰に?」

「そんなこと教える義理はないわね。………でもそうね。一つだけヒントをあげる」


 フィロが続ける。


「貴方達では到底考えもつかないような相手よ」

「…………」


 窓から差し込む光が目に入る。佐三は片手をベルフの腕から放し、手のひらで光を防いだ。


「あら、こんな状況で日の光を気にするのかしら。それとも手のひらを差し出して丸腰の証明でもするつもり?でも、ダメね。貴方は侮れない。ここで一度意識を奪わさせてもらうわ」

「う………」

「それに時間をかければ、思いのままにできるかも……。まあ何にせよここで一度お別れね」


 そう言ってフィロはベルフに指示を出す。その瞬間であった。


「そうだな、お別れだ」

「っ!?」


 佐三はそう言うとするりとベルフの腕を抜け出した。そしてベルフが一瞬で振り向き彼女を蹴り飛ばした。


「俺が撃ったのはお前にじゃない。この人狼にだ。こいつの身体は安い銃弾なら軽く弾く。人間の姿でも、短銃なら問題ない」

「問題ないって……試したことなかっただろ?お前これで致命傷になったらどうするつもりだったんだ」

「……大丈夫だ。信じていた」

「……お前ひょっとして考えていなかったな?」


 佐三はベルフの様子を見る。どうやら意識を完全に取り戻していたみたいだ。


(おそらく痛みや衝撃で脳に危険信号が送られ、アドレナリンか何かが分泌されれば脳が醒めるのだろう。ここ最近の夢や睡眠の関係から、頭が覚醒状態じゃないときに操る作用が発生するみたいだ)


 佐三は彼女の力についておおよその見当を付ける。仕組みは分からなかったがそれはひとまず後回しにした。


「どこまでも……」

「おい、ベルフ。意識があるぞ!」

「ちっ、咄嗟のことで加減が上手くいかなかった」


 ベルフは慌てて彼女に詰寄り、意識を奪おうとする。しかしそうするよりも前にベルフの足が止まってしまった。


「おいおい、こんな速さでできるのかよ」

「やはり……侮れないわね。でも、もう終わりよ」


 ベルフが振り返る。やはり目がうつろでどこか眠っているようでもあった。そしてそのまま佐三へと駆け寄ってくる。


「……………」


 しかしその手が佐三に届くことはなかった。


「御免」


 フィロが静かに倒れ込みそうになるのをハチが支えて、ゆっくりと床に寝かせた。


「日光を気にした?違うね。指示を出したんだ。『突入を待て』ってな。……ハチもよく理解したな」

「作戦通り銃声がなってから駆けつけました。窓から主殿がベルフ殿に掴まれていたので、すぐにでもとも思いましたが……。合っていたようで何よりです」

「あ痛てててて。何だ、終わったのか」


ベルフが意識を取り戻す。昨日とは異なりベルフは極端に操られやすくなっていた。


(理屈はどうあれ、彼女はあまりにも危険だが……)


 佐三は寝ているフィロの顔を見る。その寝顔を見る限りでは、とても復讐だなんて言い出すようには見えなかった。


「主殿、どうしますか?」

「そうだな……」


 佐三はいくらか次の手を考える。外へ追い出せるならそうしたい。味方に引き入れるでもいい。しかし彼女は明確な敵対の意志があり、現在の防御態勢では町を守ることはできない。そうなれば今すぐにでも彼女を手にかけなければならないのだ。しかし冷酷な判断を数多くしてきた佐三も流石に直接命を奪う決断は躊躇う部分が強かった。


(かつての人達はこんな判断簡単にしてたんだろうがな。現代人ならではの弱みか)


「……金庫に入れよう。それも政庁の地下にある金庫だ。あの場所は俺とイエリナしか知らない。そこに俺と一緒に彼女を閉じ込める」

「主殿、しかし……。主殿が手を汚すことを躊躇うのであれば、私がこの手で……」

「いいんだ、ハチ。一応銃も携帯するし、ナイフも持つ。男衆は念のために政庁には近づけないでくれ。俺も殺すような真似はしたくない。……その責任を誰かに押しつけるのもだ」

「……御意に」


 ハチが従者達を呼び、彼女を抱き上げる。そして小さな檻のようなものに入れて運び出していった。


「大丈夫なのか?サゾー?」

「分からん。しかし俺は少なくとも大丈夫みたいだ。理由は分からんが。俺ごと閉じ込めてくれ。あの金庫は外からしか開かないようになっている」


 佐三はそう言って床に腰を下ろした。前回はどこかで非現実的な所を疑っていた部分があった。それ故に牢も警備を増やしたとはいえ、一般のものを使用してしまっていた。


(だからといって魔法があるわけでもないだろう。何かしらタネや理屈はありそうなもんだが……)


 いずれにせよ彼女のことを知らなくてはいけない。さもなければこの手にかける以外方法がなくなるのだから。



 佐三は彼女の言葉や行動を一つずつ思い返し、頭の中で咀嚼していった。








読んでいただきありがとうございます。

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