Fire
「それではお話をはじめましょう」
フィロは「ふふふ」と妖艶な笑みを浮かべながら佐三に話しかける。普通の出会い方であれば、佐三もきっとその美貌に目を奪われていただろう。少なくとも振り返るほどには。それほどに彼女は美しく、魅力的であった。
しかしこの有事においてそんな悠長な考えは佐三にはない。ただ静かに彼女の様子を観察し、彼女について分析していた。
現状を分析すれば、佐三は圧倒的に不利であろう。自らを守る存在を奪われ、相手にそれを突きつけられている状態なのだから。
しかし佐三も重々承知していた。力関係というものがどう生まれるのか。その『パワー』の源泉を。
(話をさせてもらえるなら、十分だ)
佐三は今一度自分の中でスイッチを入れた。
「はじめにお聞きします。フィロさん、貴方の目的を教えてください」
佐三は丁寧な口調で質問する。
「簡単な話よ。復讐する必要があるの。だから兵と物資、あとお金を渡しなさい」
フィロはそう言うと軽く髪をかき上げる。その髪は柔らかく手にかかり、その挙動一つに優美さが備わっていた。
「何故?それほどの力があれば、この町を利用せずとも問題はないでしょう。復讐であっても簡単にできそうですが」
「……それは答える必要はないわ。貴方は私に必要なものを提供さえすれば良いの」
フィロは少し視線を逸らしながら佐三の質問を却下する。佐三はアプローチを変えるべく提案をすることにした。
「こちらとしても理由もなしにただで提供することはできません」
「っ!?…………貴方、立場が分かっていないみたいね。今ここでこの男に命令をして貴方を始末しても……」
「意味がないでしょうね」
「っ!?」
佐三は首を振ってフィロの脅しを否定する。
「この町の経営は私がしています。多くの事業の指揮も。つまり私がいなくなれば町の物流や事業は瞬く間にストップします。もし町の住人全てをご自身で操り、機能させることができるのであればやってみてください。町の内外の警備一つでもこれまでの経験を活かし、工夫をすることでなんとかやりくりしているのですから」
「………」
佐三は自分の仮定の一つがあっていることを確信した。彼女はひとを動かすにも複雑な命令はできない。佐三だってハチがいて、イエリナがいてどうにかこの町を動かしているのだ。組織を動かすとはそれほど重労働で頭の使う作業なのだ。言うことを効く人形を集めても組織は作れない。
(前に話したな?将軍と経営者の違い。きっと彼女は兵隊を作ることはできても、町を回すことはできないのだろう)
「そんなことを……」
「それ以外にもあります」
佐三は話を続ける。
「この町には多くの商人が外部から訪れています。彼らは毎日のように私と会っています。だがもし私との連絡が途絶えれば?」
「……情報が外に漏れると?」
「その通りです。商人達は危険に敏感です。すぐにこの町を去るでしょう。そうすればこの町もすぐに貧しくなりますね」
佐三の言葉にフィロはただ黙っている。佐三はこの時間を利用して更に分析を進めた。
(彼女の目的はおそらく個人単位ではなく組織単位への復讐。そしてこの町に来ていることから町を追い出されてきてはいるだろう。それもでかい町をだ)
佐三はこれまでの彼女に関する情報を精査する。言葉遣い、挙動や所作、文字の読み書き。それらの情報が彼女の特性を少しずつ確かにしていた。
(残念だがこの町の『力』……経済力や軍事力の要は俺が握っている。俺はこの町でイエリナと同じかそれ以上に代えが効かない存在だ。そして何より幸運なことに、彼女は何故か俺を操ることができない)
佐三はギリギリのところで自分が踏みとどまっていることを感じた。合理的に考えれば自分は彼女にとって必要であり、代えの効かない存在である。ここに彼女に対しての明確な『パワー』が存在した。
(まあ勿論この町を諦めて他に行くとか言い出されたらもうどうしようもないがな)
佐三はそう考え保険をかける。
「貴方が何の目的をもっているかは存じ上げませんが、私も協力することはできます。それにこの町は周辺の小領主と比較しても軍事力や経済力に秀でています。ただ貴方がこちらに協力的な姿勢を見せてくれさえすれば、こちらも相応の対応をしましょう」
佐三の言葉にフィロはただ唇をかみしめる。思い通りにいかず歯がゆいのだろう。佐三はさらに手応えを感じ始めていた。
(どんな連中に仕返しをしたいかはわからないが、この町の力は魅力的だろう。彼女は身なりからして近くの村や領地の出身ではない。もっとでかい都市から来ているはずだ。敵もおそらくは、そういった場所の連中だ。だとすれば手にしたいのは小さな村や領地の実権じゃない。この町は彼女にはうってつけなはず)
佐三はここでも『必要性』と『代替性』の視点をきちんと使用していた。彼女はこの町に目を付けた。そして他の町では役不足だと認識もさせた。そしてその上で、この町の力を支えているのが自分であることも理解させた。
この町は彼女にとって必要で、代えが効かない。そしてこの町にとって佐三は代えが効かない必要不可欠な存在……。そう認識させることで佐三はじわじわと彼女の動きを封じようとしていた。
(理屈はどうあれ彼女は現状訳の分からない魔法みたいな力を使っているんだ。まともにやり合って勝てる相手じゃない。もし勝てたとしても、此方の犠牲はバカにならない。強制的に同士討ちをさせられるんだからな)
佐三は彼女の危険性を十分に理解し、彼女と対話していた。それ故に丁寧に、そして実直に話をしていた。
(いずれにせよ対話の余地があって助かった。胸元の銃は使わなくてすみそうだ)
佐三は最後の仕上げに取りかかるべく手を上げながらゆっくりと前へ進む。勿論彼女は身構えたが佐三はペースを変えることなくそのまま歩き続けた。
(人の心理において実際の距離は凄く重要だ。離れていては信用のしようがない)
佐三はゆっくりとフィロに近づく。そして彼女をまっすぐ見つめ、片膝を地面に付けた。
「これまでの無礼をお許しください。協力をしましょう」
「協……力?」
「はい。貴方は私たちの力を必要としていますし、私たちもこれ以上の戦闘は望みません。勿論全てタダでとはいかないまでも、貴方がこちらの手伝いをしてくださるのであれば、貴方に協力することはこちらとしても可能です」
佐三はゆっくりと立ち上がり、手を差し伸べて微笑みかける。話のトーン、彼女の様子、場の空気から十分な手応えを感じていた。
しかしそれが慢心でもあった。
「い、嫌っ!?」
「っ?!」
佐三が手を差し出す様子を見て彼女が半ばパニックになる。佐三は急な事態にとっさに距離をとった。
「どうしたんです!冷静に……」
「来ないで!」
彼女がベルフに指示を出したのだろう。ベルフがまっすぐ佐三の方に向ってきた。
「チッ」
佐三は胸元から短銃を抜く。そしてまっすぐ狙いを定めた。
銃声が響いた。
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