その想いを受け止めろ!
温かい日差しが差し込んでいた。外は寒く、断熱材などの文明の産物はこの世界には存在しない。外から入ってくる日光だけが政務室のぬくもりであった。
佐三は外から入ってくるほのかな日光に身をさらしながら、ただ呆然と立っていた。
「随分と長い説教だったな」
のんびりと窓の外を眺めている佐三にベルフが後ろから声を掛ける。
今日は朝の始業時間から小一時間ほど、イエリナに対しての説教を佐三は行っていた。
「普段のお前ならあそこまで長ったらしく、ましてや皆の前で批判などしない。今日はどういった意味合いがあったんだ?」
ベルフはさも「お見通しですよ」といったしたり顔で佐三に質問する。佐三は頭をかきながらベルフの方へ振り返った。その「どうだ?」と言わんばかりのベルフの顔に、佐三はどこか釈然としなかった。
「……別に、深い意味もねえよ。ただ勝手をしたから、怒っただけだ」
「またまた。何をおっしゃいますか雇用主どの。ほらほら、早く言いなさいな」
ベルフはどこかうれしそうに佐三に聞いていく。いつも佐三に先を読まれているからだろうか。もしくは佐三の想いを薄々気付いているからであろうか。いずれにせよ今日のベルフは佐三にとってどこかやりにくかった。
「……しめしをつけただけだよ」
佐三が口を開く。
「しめし?」
「ああ。そう言っておかなきゃ上の指示に従わなくなるだろ。町の長が作戦に反したんだ。なんかしらの対応はいる」
佐三はそう言うとまた振り返り窓の外を見る。ベルフも近づき佐三の見ている方向に目を向ける。するとそこには広場の隅で腰かけているイエリナがいた。
「随分と沈んでいるな」
ベルフはイエリナの様子を見ながら呟く。佐三に軽率な行動をたしなめられて、イエリナは確かに落ち込んでいた。勿論佐三に言われたことも関係はしているが、一番の問題はチリウからの返事がないことだろう。実際あの盗賊達の襲来からもう三日連絡がない。盗賊の動きが一時読めなくなったこともあり、佐三の作戦は一時中断している。しかし街道の警備を怠るわけにはいかず、警備隊には多大な苦労をかけ続けていた。
しかし佐三は大きく首を振り、イエリナの方を指さした。
「もう少し見ていろ」
佐三がそう言い、ベルフもしばらくイエリナの方を見ていると、アイファがかけよって来て隣に腰を下ろした。
「アイファか。やはり気になってきたのだな」
「それもそうだが、まあ見ていろ」
佐三がそう言うと、また別の集団がイエリナの元にやってくる。イエリナの従者達で警備部隊に所属している者達であった。
「彼女たちは今しがた街道の警備を交代し、帰ってきたばかり。それもそうとう疲れているだろう。だが彼女たちを見ろ。イエリナを責めているように見えるか?」
ベルフは再びイエリナとその囲みを見る。遠目に見ても、周りがイエリナを励ましているようにしか見えなかった。
そして様子をみてなのか、はたまた話を聞いてなのか、町の人々もイエリナの元に集まり出す。老若男女、その人種さえも問わず、広場にはちょっとした人だかりができあがっていた。
「これは……」
「町の人間は辛くてもイエリナに賛同している。そういうことだ」
佐三は軽く息を吐くと、椅子に深く腰掛ける。そしてぼんやりとどこを見るわけでもなく、背中にあたる陽の温かさを感じていた。
するとベルフが回り込んで正面から佐三を見てきた。
「……なんだよ?」
「またまた。とぼけちゃって」
ベルフはにやにやと笑みを浮かべる。
「お前だってその一人だろ?」
ベルフは全てを理解したかのように佐三に言ってのけた。
「『肩を軽く二度叩く』、懐かしいな。昔決めた合図だ。『これから嘘をつく』ってな」
「……お前の頭にしては、よく覚えていたな」
佐三の憎まれ口も、今のベルフには気にはならない。逆に佐三の方がそのベルフの余裕に対してどこか決まりが悪かった。
「本当はお前だって、犠牲が出ない方がよかったんだろ?だから俺にイエリナの補助をさせた」
「補助をしろとは言っていないが」
「いいや言ったね。『協力するな』って肩をたたいて言ったんだからな」
佐三は何も言わずにただ黙っている。ベルフはいつもの仕返しとばかりに話を続けた。
「対処できないとも言っていたが、次の手も用意はしているんだろ?とぼけるなって」
「……今日はずいぶんと知ったような口をきくな」
「お前の影響かもな。似てるだろ?」
そう言うとベルフはうれしそうに大きく口を開けて笑う。佐三は納得がいかない様子でそっぽを向いた。
「ただ一つ分からないことがある」
ベルフはひとしきり笑うと、再び質問する。
「なんでわざわざこんな回りくどく手を貸すんだ、サゾー?今までのお前はこんなことで意地をはったりはしなかったと思うが。普段なら手を貸すと決めたら徹底して貸していた。その逆もしかりだ。それなのに今回はなるべくイエリナにやらせようとしていたが……」
「なんだ。そんなことか」
佐三が答える。
「それはあいつが“リーダー”で、俺が“経営者”だからさ」
「どういうことだ?」
「それは……。そこまで教えてやる義理はねえよ」
佐三は何かを言いかけて、話すのをやめる。どうせもうすぐ客が来る。のんびり話している時間もないだろう。
佐三は立ち上がり、上着を羽織る。ふと脇を見るとベルフが何も言わずに準備をしていた。
(こいつも随分と変わってきたな)
かつてのベルフはもっと頭が硬く、そしてその回転も遅かった。しかし今では佐三の話にもついてきており、対応もずっと柔軟になっている。
(まあ、俺が言えたことでもないか)
佐三は政務室を出る前に再びイエリナの様子をうかがう。自分らしくもないことをしてしまった。佐三はそう感じた。
経営者として、本来のドライな感覚を鈍らせているのかもしれない。本来であればイエリナの考えなど即刻に却下しなければならないのだ。意志の乱れは組織を脆弱化させるのだから。
しかしそれでも、佐三はイエリナの考えを捨てさせる気にはなれなかった。その理由は自分自身認められずともよく分かっていた。
イエリナと自分は立場が似ている。共に人を率いる立場だ。しかしその仕組みはまるで違う。何故人がついてくるのか、何故動かせるのかも。それこそがイエリナと佐三の根本的な違いであった。
『あんたには……もうついていけませんよ』
『次回の総会で、貴方を除いた役員人事案を提出するつもりです』
自分を前に五人の男が立ち、囲んでいる。どれも会社発足の当時から苦楽を供にした経営陣達であった。彼らの提案は結局その後の総会で否決され、皆それぞれ去って行った。
まだ自分がずっとずっと若造であった頃の、懐かしい記憶であった。
「どうした、サゾー?急に黙りこんで」
「別に、ちょっと昔のことを思い出しただけだ」
丁度その時、町の鐘が鳴った。おそらく門の方であろう。待ちかねた客が来たのだ。
佐三は足早に政務室を後にする。外はまだ寒い。待たせていては可哀想だ。佐三はそう思った。
「我らが団を率いる頭領のチリウである。この町の主にお目通り願いたい」
佐三が門の前までやってくると大きな声が門の外から聞こえてきた。佐三は手で合図し、開門させる。するとあの夜に見た大柄の女性が多数の女性達を連れて門の前で待っていた。
「チリウさん!」
ふと佐三が振り向くとうれしそうにかけてくるイエリナが見えた。イエリナはそのまま佐三を追い越し、チリウの元まで走って行く。
「来てくれたのですね」
「……別に合意をしたわけではない。考えをまとめ、話をしにきたのだ」
そう言うとチリウは佐三を指さす。
「……あの男と、な」
佐三はチリウが自分たちを信じきっていると考えるほど、甘くはなかった。ベルフも同様である。のんびりと腕を組み、佐三の脇に立っているベルフは油断しているように見えて、一分の隙も存在しなかった。
佐三はそんなベルフの肩を軽く二回叩き、告げる。
「ベルフ、そんな警戒するな。客人に失礼だろ」
「……」
「第一、彼女は話しに来たんだ。別に危害を加えに来たわけじゃないよ」
佐三はそう言うと、ベルフを少し後ろに下がらせる。チリウに信用させるためだが、実際にはベルフの足にはその程度の距離は関係がなかった。
ベルフは静かに足に力を込め、いつでも飛び出せる準備をした。しかしふと佐三の周りを見て、力を抜いた。
「貴方がマツシタ・サゾーで間違いないか?」
「ああ」
「そうか……」
そう言った刹那であった。
「覚悟!!」
チリウは懐にしまってあった小刀を取り出し、猛然と佐三へとかけていく。そして佐三の目の前まで来て、その得物を振り上げた。
「…………」
「…………」
しかしその刃が振り下ろされることはなかった。
イエリナが両手を広げ、チリウの前に立ち塞がっていた。
「チリウさん……」
イエリナが語りかける。見るとチリウの首もとから血が垂れ始めている。
「貴様、それ以上前に出てみろ。刺し違えてでもこの喉を切り裂くぞ」
ハチがチリウの脇から、小刀を突きつけている。
「アイファ、慌てて抱きついたのはわかるが、俺にしがみついても俺は助からないぞ。何なら逃げづらいし」
「あわわわ、すいません!」
アイファが慌てて佐三から離れる。三者三様、そんな様子で各々が佐三を守ろうとしていた。
そんな各々の様子をベルフは後ろから黙ってみつめていた。
「随分、慕われているようだな」
そう言うとチリウは得物を捨てる。そして膝をつき頭を垂れた。
「私たち一行は、貴方方に従い、提示された条件をすべて飲みます」
チリウは頭を下げたまま、そう佐三に告げた。
「何をぬけぬけと。刃を向けておきながら」
ハチが怒鳴るように返答し、刀を持つ手に力を込める。
「やめろ。ハチ」
佐三がハチを制止し、下がらせる。
「契約書は持ってきたか?」
佐三がそう聞くとチリウは頭を下げたまま、契約書を提出した。
「署名が入っていないが?」
佐三が質問する。
「……私は、字がかけないため。この首をもって宣約とさせていただきたい」
チリウはそう言うと武器を佐三の前に突き立て、再び頭を垂れる。佐三はイエリナに耳打ちして再びチリウに語りかけた。
「……それじゃ契約違反だろ。この契約書にはあんた達の身の安全を条件として提案している。それを違えば契約どころじゃない」
「チリウさん、こちらへ。字は私が教えます!」
イエリナがうれしそうに簡易の机を運んできて、チリウの隣に置く。チリウはどこか訝しげに頭を上げた。
「私を、殺さぬのですか?」
「なんで?」
「何でって……」
「あんたたちがどう思おうが勝手だが、商人には商人のルールがある。契約の履行は商人の義務だ。契約に書いてあるんだったら危害は加えられないだろう」
佐三はそう言うと、イエリナに「後は任せた」と言って歩き始める。これ以上は特に何を言うこともなかった。
ただそうして立ち去ろうとする佐三の前にベルフが立っていた。
「いいのか?彼女、お前に危害を加えようとしたみたいだが」
佐三は手のひらを軽く広げ、呆れたように答える。
「あんなのは脅しだ。俺を攻撃する振りをして、試したかったんだろう」
「何をだ?」
「この町の人間が本当に俺を守ろうとするのかを、だ」
松下佐三が本当に信用のおける人間であれば、獣人族からも慕われているはずである。それを試すために危害を加える振りをしたのだ。彼を庇う者がいればそれでチリウとしては十分。本来であれば取引をしようとする相手に対してそんな失礼で危険なことはするべきではないが、それ以上に心配が勝ったのであろう。
最悪自分の首を差し出してでも、佐三がどのような人間か見極めたかったのである。同じ過ちをくりかえし、団員が苦しい思いをしないためにも。
「それなのにお前はなんで動かない。わざわざわかりやすく肩を叩いただろうが。俺はお前にしか自分の護衛を頼んでいなかったんだが?」
「不満か?」
「大いにな。たまたま彼女たちが動いてくれたから良いが、そうでなければ……」
「いや」
ベルフが遮るように話す。
「彼女たちは動く。それも必ず。たとえ自分の身を挺してでも、な」
佐三はその言葉に再び呆れたような表情を浮かべる。そして「だといいけどな」とだけ残して歩きはじめた。
ベルフは去っていく佐三の背中を見送りつつ、振り返ってイエリナ達の方を見た。イエリナとアイファが楽しそうにチリウに字を教えている。チリウはその大きな体を縮こませて、不器用ながら字を書いていた。
きっとチリウを含めた彼女たち盗賊団はこの町で働くことになるだろう。元々町の治安部隊も少なく、仕事は更に増えようとしているところだ。彼女たちの存在はありがたい。それに何より人口の増加は町に新しい活気をもたらす。とったリスクの分、リターンも大きいのだ。
(サゾーはきっと、勘違いをしている)
ベルフは再び佐三の姿を探す。しかし佐三は既にこの場所を離れ、政庁の方へと歩いて行ってしまっていた。佐三の姿は遠くにわずかながらその背中が見えるだけであった。
(あいつは自分がイエリナとは違うと言った。経営者とリーダーであると)
ベルフはゆっくりと歩き出す。初めは大股でゆっくりと、しかし佐三に追いつかんと自然と歩みは早くなっていった。
そしてベルフは走り出し、佐三を追っていく。その背中について行くため、ベルフの足には自然と力が入っていった。
「あいつもまた、リーダーなんだ」
佐三の背中が近づいてくる。この背中についていきたい。
ベルフの想いは何一つかわることなどなく、その足を動かしていた。
読んでいただきありがとうございます。




