虎狩り
「さて、これより作戦を説明する」
政庁の一室、政務室よりかは一回り大きい部屋で佐三が話し始める。部屋には政務室で働くいつものメンツに加え、この町の警護役についているイエリナの従者達も参列していた。
「なるべく多くの人にまで共有してもらいたいことであったため、いつもより多い人に来てもらった。短く話すから集中して聞いて欲しい」
佐三はそう言うと、これからの動きについて説明し始めた。
「まずこの町周辺の商人を襲っている賊、彼女たちはここの小領主とつるんでいる。彼らの狙いはこの町の衰退及び、利権の獲得だ。彼らは同時にこの町の従業員を攫い技術を盗んでいる。現に粗悪品ではあるがこの町でもそういった商品がみられるようになった」
佐三の報告に従者達がざわつく。これまでの経緯を聞いていない従者達が心配になるのは当然のことであった。
「だが心配はしないで欲しい。このあたりのことは計算済みだ」
佐三はそう言ってみんなを落ち着けると再び話を続ける。
「まずこれまでの被害から盗賊が襲いやすい場所を割り出した。具体的にはこれらのルートだ。この町の商人にはこのルートを回避するよう注意喚起を促す」
佐三は皆の前に地図を貼りだし、印をつけていく。
「そして次は防衛だ。この町の警護団は一時その任を解除し、街道沿いの見回りをしてもらう。最低限町に物資が来るようにするための措置だ」
佐三は三つの街道に丸く印を付ける。
「サゾー様、よろしいでしょうか?」
従者の一人が手をあげ、質問する。
「そのような広範囲の護衛、警護団全員を動員してやっとです。それにこれほどの大規模な警護はそう何日も続けられるものでは……。それに町の警護がおろそかになれば治安も悪化してしまいます」
「良い質問だ。だが勿論その対策も考えてある」
佐三が説明する。
「まずこの警護は商人を守ることが目的ではない。かの盗賊達に物資が渡らないようにすることが目的だ。彼女たちの兵糧は有限であり、ハチのおおよその調査ではあまり豊かにあるわけじゃないことも分かっている。そしてあの小領主の懐も寂しいことはわかっている。援助することはないだろう」
「ということは……」
「そうだ。彼女たちも食料が手に入らなければおそらく無理にでもこの町を襲おうとするだろう。そこでベルフで脅しをかける。ベルフが構えているこの町に襲撃をしかけようとすれば痛手を負うことは必至と理解する。そうとなれば雇い主に援助を求めに行くだろうが……まあそんなものはない、と。」
「そうなれば仲違いが起きると?」
「そういうことだ」
佐三が続ける。
「包囲するというのは簡単なことではない。相手もそれなりに人と物資を使う。襲撃がうまくいかなくなれば、すぐにでも瓦解する。それにそもそもこの辺りは平原が広がっていて襲撃に向いた地形をしていない。包囲が解かれることになれば必然的に盗賊は姿を消す。いずれにせよ散らばっている盗賊を退治するのにこっちから出向いて攻撃するのは効率が悪い。彼女たちが依頼を請け負ってここにいる以上、対処の仕方はある」
佐三の説明に従者達が頷く。上手くいくかどうかは従者達には判断がつかなかったが、佐三のその堂々とした説明に一同はついていく意志を固めていた。
「作戦開始は明日より始める。今日はゆっくり休み、明日以降に備えてくれ」
「「「はい!」」」
佐三の言葉に一同がそろって返事をした。
「サゾー、上手くいくのか?」
説明を終え、従者達が帰って行く中でベルフが聞いてくる。
「五、六割ってとこかな」
「そんなに低いのか?」
心配そうに聞いてくるベルフの肩に佐三は手を置く。そして二度ほどポンポンと叩くと笑いながら答えた。
「冗談だよ。全部予想通りにいくさ」
「……それはそれでずいぶんな自信だな」
「当たり前だろ?こちらから変な動きをしなければ、何もかも予定通りさ」
「そういうもんかね」
「ただベルフ、次はイエリナに協力したりするなよ。計画のほころびはそういう所から生まれる。次勝手な行動されたら、俺は対処できないからな」
佐三はそう言うと歩き出し、また別に人物の元に歩み寄る。会議の最中からずっと浮かない顔をしていたイエリナである。
「イエリナ、もう諦めろ」
佐三の言葉にイエリナは「はっ」となって顔を上げる。佐三はイエリナの顔を正面から見ながら、語りかける。
「トップに立つ者は必ず非情な決断を迫られる時が来る」
「だからといって……」
「そこで選択を躊躇すれば、さらに被害が拡大するぞ」
「…………」
佐三の言葉にイエリナは黙り込む。イエリナの中で迷いがあることは佐三としても重々承知であった。
「……あの人達も、チリウさん達も被害者なんです」
「ああ、そうだな。だが見方を変えれば加害者だ」
「それにあの小領主の領民は、何も悪いことはしていません」
「だが彼らの治める税がこの町を脅かす資源となっている」
イエリナの言葉に佐三は淡々と返答していく。イエリナは軽く唇を噛みながら、悔しさを滲ませていた。イエリナとて分かっているのだ。佐三の言うことが全て間違っているわけではなことに。ただだからといって納得することはできなかった。
佐三はイエリナのそんな様子を見ながら懐から紙とペンを取り出す。そしてすらすらと何かを書いてイエリナに説明し始めた。
「イエリナ、いいことを教えてやろう」
佐三はそう言って紙を伏せる。イエリナは「いつも紙とペンを持ち歩いているのだろうか?」などと考えながら佐三の話を聞く。
「交渉のするときに大切なことだ」
「交渉?」
「相手を説得するときに必要な心構えだよ。何があると思う?」
イエリナは何のことやらと思いつつも、自分の率直な意見を述べる。
「想いを伝えること」
「他には?」
「自分の願いを聞いてもらうこと」
「他には?」
「何度も根気強くやること」
「残念、全部外れだ」
そう言って佐三は書いた紙をイエリナに見せる。
そこには次のように書かれていた。
一、相手の話をできるだけ聞くこと
二、相手の利害をできるだけ考えること
三、イチかゼロかで考えず、広い枠組みで考えること
「これは?」
「誰かを説得したければこういったことを意識しなきゃならんってことだ」
「でもこれじゃ……」
イエリナが何かを言おうとしたときには既に佐三は歩き出してしまっていた。脇で立っていたベルフも何かを察したように佐三の後をついて出て行く。
(これを踏まえて、自分を納得させてみろってことかしら……)
イエリナは佐三が残していった紙を眺めながら考える。しかし考えてもすぐに答えが出てはこなかった。
虎狩りの時間は刻一刻と迫っていた。
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