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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第三章 忠犬の管理職
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三十六計逃げるに如かず





(あれは……サゾー様?)


 イエリナは人だかりの向こう側で佐三がハチを連れて走っているのが見えた。その急ぎ具合から何かしらのトラブルがあったことは容易に想像がついた。


「すいません。ここを離れなくてはいけなくなりましたので」


 イエリナは周りの女性達にそう告げるとナージャを連れて佐三を追いかけに行く。別れ際に皆々が「またお話しましょう」と笑顔で送ってくれたことが印象的であった。


「イエリナ様、どうしたの?そんなに急いで」

「ナージャ、何か問題が起きたみたい。私はサゾー様を追うからナージャは従者のみんなを呼んで来てもらえる?」

「わかった!」


 そう言ってイエリナは会場を出たところでナージャと別れる。そして遠くに一瞬見えた佐三の影の方へ再び走り出した。


(まったく、無鉄砲な人……)


 イエリナはそんな風に思いながらも、口角は上がっていた。







 ハチは走りながら黙って佐三に手を引かれている。未だに心の整理はついておらず、自分の立ち振る舞いをどうするべきなのかも分からなかった。


「貴方は一体、どうするつもりなのだ」


 ハチが問いかける。


「主を追うと言ったが、私は今からでも貴方を殺すことは可能だ。指示を受ければ、必ず……」

「だが今君はそうはしていない」

「……っ?!」

「俺はあんたを雇いたい。俺のこれからに必要だ。しかしだからといって裏切ってまで来て欲しいわけじゃない。正々堂々とまではいかなくても、筋の通った形で俺の元の来て欲しいのさ」


 そのまっすぐな言葉にハチは再び言葉を失う。忠誠や誇り、裏切りのなかで何をなすべきなのかが揺らいでいた。


「ほら、おでましだ」


 目の前には自らの主が立っている。そして後ろには銃兵。八つの銃口が佐三と、ハチに対して向いていた。


「ハチ、何をしている!その男を殺せ!」


 小領主が怒鳴りつける。ハチは反射的に刃物を構える。しかし佐三に突きつけようとは思わなかった。


「………」

「何をしている!言うことが聞けないのか」

「……………」


 ハチは主と佐三を交互に見て、そして質問をした。


「主様!一つお聞かせ願いたい!」

「何だ!」

「我が一族を売ったというのは本当か!」


 その言葉に小領主の顔が歪む。それこそが答えだとハチは悟った。


「そんなわけがないだろう。早くその男をやれ!」


 小領主は命令する。しかし、ハチはどうしてもその短刀を突き立てることができなかった。


「クソッ!この裏切り者が!」


 小領主は短銃を抜き、ハチに撃ち込む。銃弾はハチの足に当たり、衝撃でハチは膝を折った。


「何故です!何故私を……約束を反故にするのですか!私が従う限り、一族の身は……」

「だまれ!貴様ら獣人などとまともに約束を結ぶと思ったのか!汚らわしい。身の程を知れ!」


 小領主は後ろの銃兵に銃を構えさせる。その照準にはもちろんハチも入っていた。


「まったくもって愚か者だ……私は」

「そうかな?」


 佐三が言う。


「君は単に環境と能力が合っていなかったのさ」

「どうだろうかな?忠義こそが正しいと信じ、馬鹿正直に生きてきた結果がこれだ」


 小領主が手を上げる。今にも銃弾は放たれようとしている。


「だが、最後に貴方のような人間に会えて良かった。次の人生があるのであれば、貴方のような人に仕えたいものだ」

「そうかい」


 小領主が手を振り下ろす。銃撃の合図だった。


「その言葉が聞きたかった」


「うわあぁあああああああ」

「な、何だ?!」


 銃弾が放たれようとしたその瞬間、銃兵達が何者かに襲われる。それぞれはあっという間に無力化され、銃を没収されていた。


「随分ギリギリだな。ドニー」

「フンッ。そのまま放っておいてもよかったのだぞ?」

「いやいや助かったよ。ありがとう」


 佐三がそう言うとドニーは持ち上げていた銃兵の一人を投げ捨てる。ドニーが軽く威嚇すると銃兵達は一目散に逃げ出していった。


「脆弱な人間どもめ」


 ドニーは逃げていく兵士達に向って呟く。


「じ、人狼?!しかもこんな人数……」

「動くな!その銃は既に撃っているから弾を込めねば撃つことはできまい。だが少しでも妙な動きをしてみろ。狼たちの餌になるぞ!」


 佐三がそう言うと、小領主は悔しそうに銃を置く。佐三は撃たれたハチの状態を確認した。


「見せてみろ。……大丈夫、かすっただけだ」


 足への銃創は時に致命傷になりうる。しかしハチの場合は横をかすめただけで出血もたいしたことはなかった。


「貴殿に提案する!取引をしよう」


 佐三は小領主に問いかける。


「私はこれ以上狙われることを望んではいない!大領主様の領地で騒動を起こすこともだ。其方も命は惜しいであろう。ここは彼女の身柄をもって停戦としないか?この刺客を私によこせば、私は引こう」

「なんだと?ふざけたことを……」


 佐三は何も言わずにドニーに視線を送る。ドニーが再び威嚇し、小領主と執事を震え上がらせた。


(ええい。生きていればどうにでもなる)


「わかった!此方も引こう。その獣人は貴様にくれてやる。殺すなり弄ぶなりすきにしろ!」


 そう言って急ぎ足で小領主達が去って行く。佐三はただただその背中を見送っていた。


「……いいのか?私が言うのも何だが、彼はおそらく……」

「俺は商人だ。人を殺すことはしたくない。それに何も俺が手を下さなくても、破滅させる方法はいくらでもある」

「サゾー様!」


 後ろからイエリナが走ってきている。


「先程兵士の姿が……この人は?!」


 イエリナがハチの姿を見て、即座に臨戦態勢に入る。毛は逆立ち、ツメを剥き出しにする。


 しかし佐三が手で制止すると、次第に警戒を解いていった。


「彼女はもう敵じゃないよ。イエリナ」


 佐三はそう言うとハンカチを、ハチの足に巻き付ける。


「イエリナ、今夜中にここを出よう。夜の道を行くことになるから少し危険だが、従者達とドニー達がいれば賊が来てもすぐ気づけるだろう。それにここにいる方が危険だ」

「はい」

「ハチの応急手当を終え次第すぐに出る。俺はその間に大領主に挨拶してくる。一応面倒にならないようにいくらか包んでおかなきゃな」


 佐三はそう言うと、次はドニー達に指示を出す。ドニー達はその言葉に耳を傾け、佐三が話し終わると、移動し始めた。


(人狼の集団まで手懐けている……?)


 ハチは事態の急展開にまったく頭が追いついてはいなかった。


「あの……」


 ハチの言葉に佐三が振り向く。


「その……えっと……」

「君の処遇と今後については俺たちの町に行ってからゆっくり話そう。今はとにかくここを出るんだ」

「あっ……」

「君の一族なら心配ない。身柄は此方で保護している。町に行けばすぐに会える」


 佐三のたたみかけるような言葉にハチはますます混乱していく。


「まだ質問はあるか?」


 佐三が聞いてくる。ハチは何を聞いて良いかも分からなかったが不意に一つだけ言葉が浮かんだ。


「一つだけ、教えてください」


 ハチが質問する。


「貴方は……貴方は、何者なのですか?」


 その言葉に佐三はポリポリと頭をかいてから答える。


「松下佐三。異世界から来た経営者さ」


 佐三はそうとだけ言うと足早にその場所を去っていった。








読んでいただきありがとうございます。

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