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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第三章 忠犬の管理職
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非日常と、日常と





「大領主様のパーティー……」


 部屋にいるイエリナは一人ぽつりと呟いた。


 いつもならばナージャが隣にいてくれたが、姉が帰ってきたこともあって今は基本的には家から通ってきている。


 本来であれば佐三と同じ部屋で過ごすのが普通ではあるが、佐三の計らいもあって二人は別室になっている。ベルフも一応部屋を与えられてはいるのだが「従業員用の部屋では狼の姿で寝るには窮屈だ」と佐三の部屋に入り浸っていた。


(サゾー様は私のことをどうおもっているのだろうか)


 はじめて佐三が現れたときは、一介のバカな商人が婚姻を申し込みに来たのだと思っていた。この町の住人は猫族というだけでも珍しい上に、美女が多い。その中でもトップに君臨する女なのだ。これまでにイエリナに言い寄る男はいくらかいた。


 しかし佐三はそうした下心をもつ男達とはまた違った目論見をもってやってきていた。塔の上で二人で話をしたとき、どこか佐三の深淵を覗いた気もした。少なくとも、あの小領主やその他多くの下劣な男達とは何もかもが違っていた。


 イエリナは母の形見であるドレスを取り出し、鏡の前で自分に合わせてみる。まだ一度しか着ていないドレスである。しかしそれを着た日はいろんな意味で忘れることはできなかった。


(あのとき、助けてもらわなかったら、どうなっていたのだろう)


 恐ろしい予想が頭をよぎる。イエリナは頭を振り、悪いイメージを消し去る。


(これ以上を望むのも、望みすぎなのかしら)


 イエリナはドレスをしまい、明かりを消し、ベッドに深く潜り込んだ。






「アイファ姉さん!もうすぐお祭りだね」


 ナージャがうれしそうにアイファと話している。佐三はそれを聞きながら事業戦略を練っていた。


「ええ、でも随分うれしそうね」

「そうだよ。だってお祭りの時は美味しいものたくさん食べれるもん」

「そうなの?この町は私が住んでいたどの村よりも大きいから、確かに豪華そうだね」

「そうだよ。あと踊りも見れるの。大領主様のところで」


 ナージャの言葉が不意に引っかかり、佐三は耳を傾ける。


「踊り?」

「そう。大領主様のパーティーで、いろんな人達が綺麗な恰好して踊るの。この町でも祭りで踊ったりするけど、パーティーのはずっとずっと綺麗なの」


 佐三はその話を聞いて舞踏会のようなものを想像する。


(イエリナが言っていたパーティーとはこのことだったのか)


 佐三はそう考えながらまた別のことを考える。


(だとすれば俺も少し奮発してタキシードのようなものを用意しておいた方がいいのか。いっそ前に慣れ親しんだスーツも作ってしまうか……。郷に入っては郷に従えとは言うが、一つ印象づけのためにもスーツを用意しても悪くないだろう。いや、待てよ。何もわざわざ注文することはない。これを事業化してしまえばその先も……)


 佐三は紙にアパレルと書いてメモしておく。


「産業の高度化の第一歩目はやはり軽工業だな」


 佐三はそんなことを言いながら具体的な案を煮詰めていった。








「お姉ちゃん、お帰り」

「今日はどうだった?」


 仕事を終えたアイファに、弟妹達が矢継ぎ早に聞いてくる。


「ただいま、みんな。いまから夕ご飯用意するから手伝って」

「「「はーい」」」


 アイファは町の一区画に用意された従業員用の宿舎を、佐三によって与えられていた。弟妹達も一番上の弟を除いて此方に来ている。一番上の弟はというと、今まで住んでいた村で本格的に鍛冶の弟子入りをするらしく、向こうの村に住み込みで働いている。


(あの子も独り立ちする年齢になったのね)


 感慨にふけながらアイファは食事の用意を進める。もっともアイファが働き始めたのは弟よりもずっと早かった。そのため弟の感覚からしてみれば随分待たせてしまった気分であるのだが、そのことはアイファは知るよしもなかった。


「ねえねえ、おねーちゃん」

「なーに?」


 一番下の妹にアイファはスープの味見をしながら答える。この仕事を始めたおかげもあり、スープには今までに無いほど具材が入っている。そしてその味も格段に上がっていた。


「おねーちゃんは、さぞーさまとけっこんするの?」

「んっ?!……ゴホッゴホッ……」


 アイファは突然の言葉についむせてしまう。


「おねーちゃん……。だいじょうぶ?」


 むせるアイファに妹が聞いてくる。


「大丈夫だけど……どうしたの、急に?」

「あのね、みんながいってるの」

「みんな?町で遊んでる子供達のこと?」

「うん」

「……何て言ってたの?」


 アイファは恐る恐る聞いてみる。


「どろぼうねこ」

「………」


 アイファは無言で頭を抱える。


「ねえねえ、おねーちゃん。おねーちゃんはさぞーさまとけっこんするの?」

「そんなことより、周りの子供達にいじめられなかった?」


 アイファは妹の身の心配をする。


「だいじょうぶ。べつのおとこのこが、たすけてくれた」

「あら、そうなのね」

「そう。たぶん、わたしのことすき」


 誇らしそうにする妹にアイファはどこか逞しさを感じた。度重なる引っ越しの賜であろうか。どの弟妹達も味方をつくるのが上手くなっている。この子に限らず、弟妹達はあっという間に種族関係なく同年代の友達を作っていた。


(噂なんてすぐに忘れ去られるからいいけど、猫族に猫とよばれるとは……なんか皮肉ね)


「それで?おねーちゃんはけっこんするの?」


 妹が聞いてくる。


「しないわよ。あんな噂、ただの誤解だもの」

「えー、なんだ。つまんない」


 妹の思いがけない返信に、ついアイファは戸惑う。


「つまんないって、別に良いでしょ。お姉ちゃんの勝手なんだから」

「でもさ、実際佐三様は狙い目だぜ、姉ちゃん」


 二番目の弟が話に加わってくる。


「この町、なんか一人のお父さんにお母さんが何人かいるのが普通みたいだしさ。第二夫人、狙えるんじゃねえの」

「もー、あんたはいつも適当なことを言って」

「ただ、比較相手がイエリナ様じゃな~。イエリナ様めちゃくちゃ綺麗だし。何よりスタイルも良いし。…………それに比べて姉ちゃんは貧相だからなぁ。何がとは言わないけど」

「あんたねぇ……。ご飯抜きにするわよ」

「ひいぃ、それは勘弁!この通り!」


 賑やかな家庭が戻ってきた。アイファはかつて当たり前だったこの空間が、今取り戻されていることに感動に近いものを感じていた。


 こんな日常が続けばいい。アイファはそう願ってやまなかった。





読んでいただきありがとうございます。

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