エピローグ2 目指す先
「さて、結局俺はどうやったら帰れるのかねえ」
「帰る?どこへだ?」
「いや、何でも無い。こっちの話だ」
不思議そうな顔をするベルフに佐三は手をひらひらと振って仕事に戻る。ついつい忘れてしまいがちだがベルフをはじめとする獣人族は基本的に聴覚や嗅覚に優れている。佐三はそのことを思いだし、口に出さぬよう注意しながら再び思考を巡らせる。
(花嫁を手に入れること、それが元の世界に帰る条件だった。しかし現状何も変化は起きていない)
佐三はペンをくるくる回しながら考える。すると何回か回転させているうちに不意にペンを落としてしまう。どうも軽い羽ペンでは昔同様にペン回しすることは難しかった。
「どうぞ」
「ありがとう、アイファ」
拾ってくれたアイファに例を言いながら、佐三は考えを続ける。
(いくつか考えられることはある。一つ目は相手が『獣人だから』という可能性。人間じゃ無いから対象外だと。しかし二年前のあの日確かにおれは『誰でも』と確認した。だから今はその可能性は棄却しよう。そして二つ目は『愛し合う』という点。これが今のところ最有力だ。イエリナとは半ば強制的に結婚してしまっている。この点に注意しなかったことは俺の落ち度でもある)
佐三は自分の急いた気持ちを少しばかり反省する。しかし佐三は佐三で二年以上の時をこの世界で過ごし、相当な苦汁をこれまでに嘗めてきた。まともに食事をとれるようになったのもここ数ヶ月の話である。それだけに後悔はあまりなかった。
(ただ、どーも『神』なんてのは胡散臭いんだよなぁ。この目で見たとはいえ、それでも信じがたい。だいたい自分で神を名乗る奴に碌な奴はいない)
佐三は椅子に深く座り、天井を見上げる。上に空間がないと落ち着かないからであろうか。この世界の建物は総じて天井が比較的高めに作られている。
(……待てよ。そもそもこの世界に神と信仰されている存在はいるのか?)
佐三は背もたれに預けていた身体を起こし、ベルフの方を見る。ベルフはその動きに反応したのかソファで横になりながらも半目を開けて佐三の方を見ている。
「ベルフ、この世界に宗教はあるのか?」
佐三がベルフに質問する。
「この世界?なんのことだ」
「ああ、間違った。この辺りで信じられている宗教とか神とかっているのかなって思って」
「基本的には種族毎に違ったものを信じているからなんとも言えん。俺のところでは義理や信念を重んじていたし、猫族は絆だったりを、人間種は……それこそ領地毎に決められている」
「そうか……」
佐三は再び椅子に身体を預け、打開策を考える。何かつながるものがあればと考えたが、無駄骨に見えた。
(……待てよ)
佐三は『神』に関する根本的なことを思い出す。
「なあ、ベルフ」
「なんだ?」
「『この世界ってどうやってできた』って教わっている?」
「そりゃまた変な質問だな?」
「いや、まあ気になってな」
「そうだな……俺のとこじゃ『創造主』様が作ったって……」
「成る程ね……」
佐三は少し離れた席で仕事をしているアイファに声を掛ける。
「ちょっと変な質問をするが、この世界ってどうやってできたか知ってるか?」
「え?」
「いや、どういう風に教わってるのかなって」
アイファは質問の意図があまり分かっていなかった様子ではあったが、少し考えて返答する。
「私は難しいことはわかりませんが、亡くなった母には『創造主』様がお作りになったと」
「……なーるほどね」
丁度その時、お使いに行っていたナージャが帰ってくる。佐三は不敵な笑みを浮かべてナージャを呼び寄せた。
「ナージャ、この世界はどうやってできたか知ってるか?知らないだろ?」
佐三は挑発するように言うとナージャは怒って答える。
「知ってるもん!『創造主』様が作ったんでしょ。そんなのみんな知ってるよ!」
「ハハハ。ごめんごめん。ナージャは賢いな」
可愛らしい怒り方をするナージャの頭をワシワシと撫でながら佐三が答える。同時に佐三は自分が一定の所まできていることを確信した。
(何も視野を狭めて、『アイツ』の言葉を鵜呑みにする必要は無い。俺が『アイツ』を調べていけば、自ら帰る方法を見つけ出すことは十分にあり得る。むしろそっちの方が現実的とまで言える)
佐三は大目標を定め、中期計画を立てていく。自分がこの地に来ることができた以上、帰る方法も十分にあると考えられた。
(いずれにせよ、長期戦にはなる。結婚するのとは訳が違うからな)
佐三は窓から町を見渡す。人で賑わっているが、いつこの賑わいが無くなってしまうとも限らなかった。
(となると、現状維持というわけにはいかないか……)
佐三は今ある経営資源を紙に書き出していく。人材、土地、事業、そして周囲の環境や市場の状態などである。
(何にせよ、事業をいくらか展開していく必要がありそうだ。調べるにも人手はいるし、金はあるに越したことはない。金は使い方次第であらゆるものを代替してくれるからな)
佐三は紙にありったけの情報を書きなぐる。そしてここから使えそうなものを探していく。
(この町の最大の強みは地理的条件であることは間違いない。そして町はこの領地全体の重要な中継地、ハブになりつつある。これを生かさない手は無い)
佐三は書き出した情報から考えられる事業を新しい紙に書いていく。流通、小売り、生産。様々な種類の事業を書き出していった。
(待てよ……)
佐三は不意に手を止める。頭の隅で何かが引っかかっていた。
(俺は視野が狭くなってやしないか……?)
佐三は再び考え直す。自分が何も持たずにこの世界に来て、今なお生き延びている理由。文明レベルも以前と比べては高いとは言えず、生きて行くにも一苦労のこの世界において、今富を集め始めているその理由を佐三は問い直した。
(ここしばらくの貧乏暮らしで頭が硬くなっちまったか、俺)
佐三は自嘲気味に笑う。
(俺自身の強み。前の世界での『知識』こそが最大の強みだと見落としているじゃないか)
佐三は経営資源を箇条書きした紙の真ん中に『松下佐三』と大きく書き込む。
(俺自身しか知り得ないこと。前の世界で、ちょっとばかし発展した世界の歴史をしっていること)
佐三はもう一度紙を見返す。北方の山脈の資源、それを運ぶ川、東の港、そして高い衣服や織物。おぼろげながら輪郭が見えていた。
(もっとも、まったく同じようにはならないだろうが……いずれにせよやる意味はありそうだ)
佐三は最後に新しい紙を用意する。この世界での紙は割と高価であり無駄遣いはできない。しかし紙に書かれたその言葉はそれさえも変える力を秘めていた。
『産業革命』
佐三は日本語でそう書き、ペンを置く。やるからには大きくやろう。男として、そして世界最高の経営者の一人であったものとして。自分はかつて資本主義社会において、世界を席巻した男なのだ。歴史のターニングポイントの一つぐらい作ってやろう。佐三は自分にそう言い聞かせた。
「面白くなってきやがった」
佐三は再びペンをとり、筆を走らせる。
神が示した条件が分からぬのであれば、神を探し調べれば良い。神が帰してくれないのであれば、自分で帰る方法を見つければ良い。もし帰れないのだとしても、この世界を自分の好きなように変えていけば良い。
代わりとなる方法はいつだって存在するのである。
「さて、いずれにせよ先立つものは必要だ。いっちょ稼ぎますか」
佐三はそう呟き今書いた紙をしまう。そして町の業務として日々増え続けていく書類との格闘を再開した。
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