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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第二章 村娘の経理
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それぞれの居場所





 あっという間の出来事であった。


 自分が殴られ、意識が朦朧としている中、あの人は入ってきた。


 あの人が来たかと思ったらいつのまにかドニー達は無力化されていた。


 徐々に戻りゆく意識の中で見た、その男。


 松下佐三はまるでおとぎ話に出てくる騎士のようでもあった。


 ただ一つ、おとぎ話と違うことは、



 自分がプリンセスではなく、醜く弱い小悪党であるということだった。










「もう意識は戻っているだろ?話をしよう、アイファ」


 アイファはそう言われて立ち上がる。既に意識は回復しており、状況も大分把握できていた。


「何か言うことはあるか?」


 佐三は倒れていた椅子を起こし、深く腰掛ける。そして鋭い視線でアイファを捕らえながら質問した。


(なんて目をしやがる……)


 ベルフはそばで観察しながら息をのむ。彼女を見定めようとするかのような佐三の瞳は、嘘などまるで意味をなさないように見えた。全てを見通してしまいそうなその目は、どこまでも冷たく、凍り付くような視線をアイファに向けていた。


 しかしアイファは最早取り繕う気など一切無かった。


「どうもすみませんでした」


 アイファはまっすぐ佐三の方を見ながら謝罪の言葉を述べた。


「何故謝る?謝るぐらいなら最初からやらなければ良かったのではないか?」


 佐三は冷たく言い放つ。


「いえ、そういうわけではありません」

「どういう意味だ?」

「私はこの行動に対して、後悔はしておりません」


 アイファのきっぱりとした発言にベルフは声を漏らしそうになる。佐三のその冷たい視線の先に立っていながら、それでもアイファは毅然としていた。


「私は、弟妹達のために、この手を汚してきました。既に何度も」

「……そうであろうな。鍵の入手、金庫への侵入。そのやり方は急に思いついたもんじゃない」

「今回の行動も、覚悟はしてました」

「そうか」

「ただ……」

「ただ?」


 アイファは大きく息を吸い、佐三をまっすぐ見つめながら続ける。


「それでも、貴方やベルフさん、イエリナ様やナージャに対して、申し訳ない気持ちがあることも事実です」


 アイファがそうとだけ言うと、そのまま黙り込む。ただまっすぐに佐三を見つめながら、さながら処罰を待つ悪党のようであった。


 佐三は何も言わない。ただ黙ってアイファと、その後ろにいる弟妹達を見た。


「……死ぬ気か?」


 佐三はすこしして、口を開いた。その言葉にアイファが答える。


「それは、できません」

「何故だ?申し訳なく思うのならば罰を受けるのが道理ではないか。公的な金に手を付けた人間は反逆罪として死罪に処するのがこの土地の習わしだろ?」


 佐三はきつく質問する。


「私がいなくなれば弟妹達は路頭に迷い、生きてはいけません。もし許しを得られるのであればあと五年、時間をください。さすればこの身、佐三様の好きにしていただいてかまいません」


 アイファのその言葉に後ろにいた弟妹達が動き出す。


「ダメだよ、姉さん!」

「そうだよ!姉さんがいないなんて嫌だよ」

「お願い、行かないで」


 子供達は口々に話し出す。しかしその喧噪も、佐三が一睨みして、「静かにしてくれ」と一言言うだけで収まった。ベルフは既に佐三が悪魔か何かなのではないのかとすら感じていた。


「いいか、アイファ。こっちはお前の事情なんざ知ったことではない。この部分においては俺もそこの金貸しの人狼も大して変わりは無い」

「………」

「シンプルにいこう。お前が金を返すか、それとも首をはねるか。二つに一つだ」

「それなら、アイツに渡した金が……」


 後ろで弟が声を上げる。しかし佐三は大きく首を振った。


「それはダメだ」

「何で……」

「借りた金は返す必要がある。詳しい契約は知らないが、借りた金を踏み倒すことには協力できない。俺はあくまでそうした事情とは関係ないところで来た」


 アイファの弟は悔しそうに唇を噛みしめる。佐三はあくまで佐三達に関係ある、盗みの件でここまで来ている。借金の件に手を貸すつもりはないのである。


 アイファは静かに目をつぶった。これまでのことが鮮明によみがえる。


 (佐三様は厳しい方だ。変に温情をかけたりはしないだろう。でも……)


 アイファは大きく深呼吸して考える。佐三に教えられたこと、そうした出来事一つ一つがすでにアイファの血となり肉となっていた。


(こんな私にも、親身に話を聞いてくれる人だ)


「佐三様、お話があります」

「なんだ?懇願か?」

「いえ」


 アイファはきっぱりと否定する。


「提案です」

「……続けろ」


 はっきりとしたアイファの態度に、佐三が姿勢を正し、話を続けるよう促す。


「貴方の町で、私を雇いませんか?」


 佐三はだまったままアイファを見ている。アイファはその表情をみて、更に話を続けた。


「今回の騒動、私はドニーにお金を払う必要があります」

「そうだ」

「そのため、盗んだお金は返せません。しかしそれでは死罪になってしまう」

「ああ」

「でしたら私を正式に雇い、その返済に充てさせてください。見たところ経理をやる人材はまだ不足しているようにみえます。私にはあなたが教えてくれ、身につけてきた能力があります。少なくとも後任が見つかるまで、働かせてください。その頃にはこの金額の返済も終わっているはずです」


(なんて女だ)


 ベルフは佐三に対してひるむことなくまっすぐ話すアイファに感服していた。佐三はただ静かにアイファを見つめ、話をきいている。


 アイファはたたみかけるように続ける。


「佐三様の懸念は分かります。もしもう一度同じように盗みを働く可能性を考えているでしょう。しかしそれも問題はありません。私の弟妹達をあの町に住まわせてください。それが担保となります。弟妹達をおいて逃げることなどありませんし、弟妹達を巻き込むようなことを私は絶対にしません。家にあるお金、給金の全てがこの弟妹達の元にあることが証拠です」


 アイファは続ける。


「信用の担保があり、人材としての能力と必要性がある。私を……」


 ここで息が切れそうになる。アイファは自分を鼓舞するように拳を握りしめ最後の言葉を口にした。


「私を雇ってください」


 アイファはそう言いきると、肩で息をしはじめる。今自分は試されている。そう思うほどに身体は火照り、口は乾いた。


(それでも……)


 アイファはまっすぐ佐三を見つめる。


(私はこの人に、認められたい)


 しばらくの沈黙が続く。


 そして唐突に佐三が口を開いた。


「……素晴らしいな」


 佐三は懐から一枚の紙を取り出す。佐三はその丸められた紙を広げ、アイファの前に差し出した。


「これは……契約書?」

「そうだ。今日から本契約だろ?そのための書類だ」


 アイファは何が何やら分からず、その書類を見る。文字が滲んで、よく読めなかった。


「あれ、おかしいな……。よく読めないや……」


 それは安堵か、緊張からの解放故か。アイファは何度も袖で涙を拭うが、拭う度に涙が溢れてきた。


「お前が盗んだ金額、それを優に超える額を契約金として払う。給与も今までの二割増しだ。その代わりあの町に住んでもらうし、休みは六日に一日だ。以前よりはすこしハードになる」


 佐三はそう言うと懐からペンを取り出す。


「ほら、忘れもんだ」


 佐三はアイファに忘れ物の羽ペンを握らす。その小さな手は震え、握るまでに少し時間がかかったが、それまでのあいだ佐三は優しく手を置きつづけた。


「そのペン、よく使い込まれている。なんなら新しいものを支給するが?」


 佐三がそう言うとアイファは大きく首を振った。


「いえ、これでいいんです。……いや」


 アイファは涙を拭きながら笑顔で答える。


「これが……いいんです」

「そうか」


 佐三はそうとだけ言うと、アイファにサインをするように促した。アイファはまだすこし震える手で何とかサインを終えた。


「……汚い字になっちゃった」

「いや、十分さ」


 佐三はアイファから契約書を受けとり、懐にしまった。


「それじゃあ、俺たちは帰るよ。やることもあるしな。アイファは三日休みを取らすから、三日後には政務室に来るように。……あと昨日の無断欠勤に関してはまだ許してないぞ」


 佐三はそう言ってベルフと一緒に家を出る。家を出た後に、後ろから弟妹達の喜ぶ声が聞こえた。


「サゾー、あの契約書……さては最初から……」


 ベルフは妙に用意が良かったことについて指摘する。佐三は何も言わずに手のひらを表にして肩をすくめた。


「随分と待たせるな」


 外には部下を起こしたドニーが地面に腰掛けながら待っていた。


「なんだ?入ってこなかったのか?」

「あんな外よりも寒いような空間に入れるかよ。ったく」


 ドニーの言葉に佐三は「ハッハッハ」と笑う。


「しかしこのザマじゃもう金貸しなんてやれねえな」


 ドニーはボロボロにやられた自分と仲間をみて嘆くように呟く。


「なんだ?金は手に入ったんだろ?」

「そういうことじゃねえ。こういう世界にはメンツってもんがあるんだよ」

「なーるほどね」


 ここで佐三は一つ閃く。


「じゃあ、お前ら、ウチで働くか?」


 佐三の提案にベルフは驚きを隠せない。


「サゾー、正気か?こいつは信用できるのか?それにアイファとの関係も……」

「別にアイファの隣で働かせようってわけじゃない。だが汚い仕事も統治には必要だ。それにこの男は目的がはっきりしている。まっすぐな悪党ならそっちのほうが信用できる」

「しかし……」


 佐三の言葉にベルフは食い下がる。しかしドニー自身がそれを否定した。


「いや、俺たちは誰かの下につくことはできねえ。それができねえから、ここにいるんだ」

「いや、勘違いするな。俺の部下になれと言っているんじゃない」

「何?」

「俺と契約を結ぼうと言っているんだ。業務提携だ。トップはあくまでお前だよ」


 佐三はニッと笑って、手を差し伸べる。ドニーは少し考えたが、「まあそういうことなら」と握手をした。


「サゾー、奴はアイファの弟に……」

「いつの時代でも金の貸し借りには暴力が絡む」

「っ……?!」

「それに放っておいて治安が悪化するよりかは仕事を与えた方が良い。この地域の治安レベルなら尚更だ」


 ベルフは何も言わない。それ以上口を挟む必要もないと感じていた。


「アオォオォォォオオオン!」


 ベルフが大きく吠え、大狼へと姿を変える。


「まあ、だれにだって居場所は必要だ。それには善人も悪人も関係ない」


 佐三はベルフにまたがり、町を目指す。



 アイファがいなかった分、仕事がたまりにたまっていた。












読んでいただきありがとうございます。

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