知恵者
「アイファはいたか!」
ベルフは政務室を離れた後、町中で聞き込みを行っているイエリナとナージャの臭いを辿り、二人の元まで駆けつけた。
「いません!やはり誰も見ていないみたいで」
「ナージャも、見かけた人、見つけられなかった」
ナージャは既に半分泣きかけており、イエリナはそれを慰めるように励ましている。しかし当のイエリナも既に辛そうな顔をしていた。
(流石にこの状況を見て、何もしないわけにはな)
ベルフは何とかアイファを見つける手立てを考える。
(もし、佐三の言うように逃げたのだとしたら、彼女の村にいけば……)
ベルフは可能性を模索し、動こうとしたが、不意に足を止めた。
(しかし見つけたとして……どうする)
ベルフにはいくらか懸念があった。まず見つかるかどうかである。盗人であるのであれば自分に位置を知られてる居場所にいつまでもいるとは考えにくい。既に移動してしまっている可能性だってある。村まで行っていなければ完全に見失うことになる。
加えてもし仮に見つけたとして、どう処罰するかが問題である。イエリナは連れ戻そうとしているが、それはベルフにも認められない。同じことをされる可能性だってあるためである。それに最初から向こうはこちらを信用していなかったという線もある。だとすればお金を返してもらってそれで終わり、これが筋である。
それに佐三は少ないと言っていたが、それでも大金を盗んだことに変わりは無い。さらには佐三が許さなければどちらにせよ帰っては来れない。
(とまあ、色々考えれば考えるほど追う理由はないな)
ベルフはそう考えながらも、追わないという選択肢はなかった。何よりもイエリナやナージャ、そして佐三のために良くないと思ったからである。
(あの娘に帰ってくる気持ちがあれば、なんとかなるかもしれない。気の迷いぐらいだったら、なんとか取り直せる。だがもし、ただの悪人であれば……)
ベルフは自分の頭がどんどんと熱くなっていく気がしていた。
(クソッ。俺の頭はそこまで考えるようにできちゃいないってのに)
ベルフは佐三の頭脳がここにきて非常に羨ましく感じた。非力で察しも悪い男であるが頭脳にかけてはピカイチであった。
(サゾーを説得するのにも、時間がねえ……)
「お前達は引き続き、探してくれ。俺はアイツがいた村まで行ってくる」
「わかりました」
「狼さん、お願い!」
懇願するように願うナージャを背にベルフは駆けだした。
(もう、一か八かだ)
ベルフは全速力で町中を疾走していく。すると町の出口で思いがけない男を見つけた。
「遅かったな」
「おまっ……」
「話は後だ。俺を背に乗せれるか?」
佐三はそう言って続ける。
「アイファの所に行く。もっとも、お前が全力で走るのが条件だが」
ベルフはその言葉を聞き終わらないうちに大きく吠えていた。
(羽ペンの違いに気付き、臭いを辿らせるとはな。彼女が負傷し、いくらか血を流していたことも幸いした)
臭いや痕跡のおかげで、佐三とベルフは確信をもってこの村まで来ていた。
「誰だてめえは!」
中から声がする。佐三が落ち着いた声で話しているが一応と思ってベルフは家に入っていった。
「大体てめえ、外の見張りは……」
ドニーは外から入ってきた男を見て、言葉を失う。そこにはドニーにとって最も見たくない存在がいたからである。
「お前……ベルフ……」
「成る程、話が読めてきた」
ベルフは腕を組んで佐三の後ろに立つ。
「知り合いか?」
「まあ、知らない仲ではないな」
ベルフがそう言うとドニーは慌てて少し下がり、ナイフをアイファの弟妹達に向けた。
「動くなよ。こいつらの命が……」
「殺せよ」
「えっ」
ドニーはノータイムで帰ってきた思いがけない言葉につい驚きの声を漏らす。
「殺すといい。どうやら人狼同士でも格付けは済んでいるみたいだな。一人でも傷つければ、ベルフがお前を殺す。さあ、好きにしろ。子供の命一つとお前の命、交換するといい」
佐三の悪魔のような言葉に、ベルフはつい苦い顔をする。しかしこういった揉め事においては佐三の任せた方がいいこともベルフには分かっていた。
「貴様……正気か?こんな小さい子を……」
「お前が言うな」
「ベルフ!お前人狼族の誇りとかほざいておきながら、見捨てるのか!」
「あいにく今はこの男の下に付いている。従う義務があるな」
無論、ベルフの本心ではない。しかし佐三に対してある程度ベルフは信頼し、これが最善だと考えた。
「けっ、てめえも落ちたもんだな。ベルフ!」
「…………」
「人狼族の長が、今や人間の奴隷か?村の連中が見たらなんて言うかな?」
「気にしなくていい。もう村には帰らん」
きっぱりとそう言う、ベルフにドニーは「うぐっ」と黙り込む。本来であれば、村と誇りがこの男の全てであったはずだ。それが今やまったく違うことを言っている。
「クソッ、ついてねえ。お前がこの近くに現れたって話は聞いていたってのに……」
「成る程、話が読めてきたぞ」
佐三は一人納得したように話す。
「アイファを脅して、金を巻き上げて、そしてさっさとこの場所から去るつもりだったのか。いくらか不思議だった。アイファの給料と盗む額、どうもリターンとリスクがマッチしなかった。もし金が必要だとしても、働き続けた方がよっぽど金が手に入る。借金取りとしても、盗みまでやらせる必要はない」
「じゃあ外の檻は?」
「最後に一稼ぎするためにアイファ達を売るつもりだったんだろ。遠くに移動するには金が要る。それにこいつら大所帯みたいだしな」
佐三はそう言って、ドニーとその部下達を眺める。外にいた見張りも含め全部で七、八人といったところであった。
「ドニーさん、どうして怯え腰なんです?」
「あんな奴、たいしたことないですよ。やっちまいましょう!」
「バカ、お前ら……」
ドニーの部下の二人がじりじりと近づいてくる。そして息を合わせて佐三に飛びかかった。
瞬間、鈍い音が響く。両者ともベルフに殴り飛ばされ、椅子やテーブルを巻き込みながら壁にぶつけられ、意識を失った。
「いわんこっちゃない」
「部下は知り合いじゃないみたいだな」
佐三はのんきにそんなことを言っている。ベルフはそんな佐三の言葉に呆れながら再び佐三の後ろに立つ。
「くっ、くそ……」
「どうする。そのナイフを捨てる気にはなったか?」
佐三がそう言うと、ドニーはナイフを捨てて、床に座り込んだ。
「……降参だ」
「ならば、よし。逃げるのであれば見逃すが?」
佐三はドニーに提案する。
「いや、部下達を置いてはいけねえ」
「いい心がけだ。外で伸びてる部下を部屋に入れてやれ。外は少し寒いからな」
佐三がそう言うとドニーはトボトボと外へ出て行く。
「さて」
ドニーが出て行くのを確認すると佐三は床にうずくまるアイファの方を見た。
「もう意識は戻ってるだろ?話をしよう。アイファ」
佐三が静かに言う。
その言葉にアイファはゆっくりと立ち上がった。
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