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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第二章 村娘の経理
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『必要』と『代替』




「じゃあ、簡単な面接を始める」


 政務室の外、イエリナとベルフはドア越しに漏れてくる佐三とアイファの会話を聞きながら面接が終わるのを待っていた。


 ベルフは気付かれない程度に横目でイエリナの様子を観察する。イエリナは町の長らしくドアの横で背筋を伸ばし立っていた。床に寄りかかっているベルフとは大分様相が違っていた。


(当人はあんまり気にはしてないみたいだな)


 ベルフは先程佐三としていた会話を思い起こす。現状イエリナは立場的に佐三に優位に立たれている。それは佐三が言う『パワー』の観点からしても明らかであった。


(まず第一にイエリナは佐三の助力を必要とする。この町の実質的な利権を佐三が掌握してしまっているからだ。そして第二にイエリナは佐三と別れ、佐三以外の男と結婚することは困難だ。佐三は特別だし、町の評判もそれを後押しする。『銀狼に乗った王子』なんて演目を好き好んで見ているくらいだ。民衆は理想像を押しつける。……成る程、「必要性」と「代替性」とはよく言ったものだ)


 ベルフは佐三が話していた干し肉の話を思い出した。佐三はいつでも別の人間に干し肉を売ることは可能だが、イエリナは佐三からしか干し肉を買えないし、買う必要もあるのである。


(こういうことには頭が回るんだが……どうしてもっとこう感情の方まで気が回らないのか)


 ベルフは頭をガシガシとかきながら再びイエリナの方を見る。ベルフの横であることから気落ちした素振りを見せてはいないが、その気丈さが余計にベルフの心を痛ませた。


(あの嬢ちゃんのお願いもあるし、俺の寝心地も悪くなるからなんとかはしたいがなぁ)


 そう考えていると政務室のドアが開く。


「すまん。外へ出してしまって。終わったから入って良いぞ」


 そう言って佐三は二人を部屋の中に招き入れた。


「あの、サゾー様。アイファは……」

「ああ。一応試用期間として一月ほど働いてみてもらってそれから考えるが、一応の採用する方向で考えているよ」

「……っ!ありがとうございます」


 アイファは立ち上がって深くお辞儀をする。イエリナはそれを見てすごくほっとした様子をしていた。


「しかしイエリナ。アイファとは今日会ったばかりと聞いていたが……随分と気にかけているな」


 佐三は不思議そうにイエリナに質問する。イエリナは先の件もあり人間に対してさほど良い印象をもっていないと思っていただけに佐三には驚きであった。


「彼女には境遇のこともありますので・……」


 イエリナはアイファの方を見ながら控えめに答える。


「聞いても良いか?」


 佐三はアイファに気を遣って、あらかじめ聞いておく。アイファは「別に明るい話じゃないんですけど」と断ってから説明を始める。


「私、家に小さい弟や妹がいて、頼る当てもないんです。だから私が稼がないといけないんです」

「そうか……。今家は大丈夫なのか?たしか少し南の村に住んでいるとか言っていたが……」

「ここから半日ほど歩いて着く村ですので。それに上の弟は13になっていますから多少任せられます」

「そうか。それは大変だな」


 佐三はそう言っていくらかの筆を走らせる。佐三は既にいくらか先のことまで考えているのだろう。その羽ペンは異常な速さで進んでいた。


「ベルフ、ここに書いてあるだけの金額を金庫から出して前金としてアイファに渡してくれ。それともう暗くなってきているから馬車を用意する。アイファを家まで送っていってもらえるか」

「分かった」


 ベルフは佐三から一枚の指示書を受け取り、懐にしまう。ベルフは足早に政務室を後にし、アイファは少し慌てて二人にお辞儀をした後、ベルフについていった。


(まあ金庫と言っても鍵付きの部屋に袋にいれられた硬貨があるだけだがな)


 佐三はそんなことを考えながら二人の背中を見送る。かつては当たり前のようにあったものでもなくなってしまうと重要性が身にしみる。それは電気等の生活必需品にかかわらず、金庫等のそうでないものも多く含まれていた。


(そう言う意味では金庫も意識していなかっただけで『必要なもの』であったということか。まあ財産の安全が守られて初めて商業が成り立つわけだからな。当たり前と言えば当たり前か)


 佐三はこの世界に来てから様々なもののありがたみを感じるようになっていた。元々当たり前のように存在していた電気や家具、食器にいたるまで様々なところで必要性を再認識していた。


(しかしまあ、かつて一番利用していたと思ったインターネットやパソコン、SNSなんてものが一番ないことに慣れるのが早かったってのは皮肉なもんだがな)


 21世紀の空気を存分に吸い、ネット社会にどっぷり浸かった佐三はそのネットという存在がないこの世界にはじめは違和感を感じていた。しかしないもんだと判断してからはあれば便利と感じることは多少あっても、わざわざ欲しいと思うようなことはなかった。無いなら無いでそれが当たり前となってしまったのである。


(今となっては百円のボールペンや、簡単なスタンドライトがどこまでも恋しくなるな)


 そうした日常品は本当に必要なものだったのだろう。ただ作る人間に代わりがきいた。大量に作ることができた。そうした代替可能な性質がどこまでも値段を下げ、経済的価値を下げたのであろう。


(物事の本当の価値なんてものはなくなって初めて気付くと言うが……よく言ったものだな)


 佐三は羽ペンを置き、業務を終了する。ろうそくの明かりで書類仕事をするのは佐三があまり好むところではなかったし、効率も良いとは思えなかった。


「サゾー様」


 そんなことを考えているとイエリナが声をかけてくる。


「アイファにはどのような仕事を?」

「ああ。財務や会計関係をおねがいしようかなと」

「会計……今私がやっている勘定の仕事ですか?」

「そうだな、まあ全く同じじゃないがそろそろ町に来る人の数も増えてきたし、イエリナの仕事を代わりにやる人材も確保してはおきたいからな」

「そう……ですか」


 イエリナは少し声を落として答え、それ以上何も言わなかった。


 佐三は窓を少し開けて、空に浮かぶ月を見る。正確には世界が違うため月ではないのだがそんなことはどうでも良かった。



 月を眺め、ぼんやりと物思いにふける佐三。彼にはイエリナが小さく呟いた「代わりですか」という言葉が届くことはなかった。






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