そしてその理由を知る
なんだか嫌な予感がした。
必死の思いでこの町を守り、一致団結して戦い勝利した。皆は思い思いに勝ちどきをあげ、町の中に戻っていった。私は町の長として、全員の帰還を待って最後に町に入った.
するとどうだろうか。町は異常な程静まりかえっていた。先程までの喜びが嘘のように。政庁の前に人だかりができており、私はゆっくりとその中へと入っていった。
心臓の鼓動が速くなる。皆の表情から、既に分かっていた。
でも信じたくはなかった。そんなはずはない。そんなはずはないって。
しかし中心へと入ったとき目に映ったのは、今までの生気が嘘のように消えており、今にもその命の灯火を消してしまいそうな自分の愛する夫の姿であった。
「佐三様!佐三様!お気をたしかに!」
「主殿!主殿!」
「狼狽えるな女ども!今医者の先生を連れてきた。先生!頼みます!」
取り乱す二人を引き剥がし、ベルフが佐三を医者に診せる。しかし当のベルフがどう見ても一番焦っていた。
町一番の名医である彼は緊張した面持ちで一通り確認し、手を下ろす。今までイエリナはなんどもこの老人にお世話になってきたが、彼がそんな表情をしたのを見るのは初めてだった。その表情から、答えをきくまでもなく察してしまった。
「息がもうほとんどありません……ここから何かしようにも、手のうちようが……」
流石にショックだったのだろう。ベルフはただ呆然と立ち尽くし、答えることすらもできなかった。ハチとフィロも同様であり、アイファは泣き崩れ、チリウは何か祈るように目を閉じていた。
「…………」
「ナージャ……」
イエリナは傍らでナージャが自分の服を強く握りしめているのに気付く。イエリナは「大丈夫よ」とだけ言って、ゆっくりと佐三の元へと近づいた。
「……イエリナ様。申し訳ございません」
「いいえ。貴方は医者としての本分を全うしただけです。ありがとうございます」
「私が……私がもっときちんと処置をしておけば……」
「いいのです。貴方が処置に手を抜かないことなど私は知っています。自分を責めないでください」
「……はい」
医者は目に涙を浮かべながら歯を食いしばっている。いつの間にこんなに好かれたのだろうか。周りを見ても、佐三のことで涙を流している人ばかりである。
(そういえばよく町を回ってたっけ……。公共の施設や上下水道も整備して、治安の維持や防壁の強化にお金を使って……。自分のためにお金を使った所なんて一度も……)
それは佐三に言わせれば「こんな世界に買いたいものなんてない」といったところなのだろう。元いた世界ではもっと便利で、有用なものが掃いて捨てる程買えたのだ。いまさらこんな時代遅れの場所で、栄華を極めようなどとは思わなかった。
しかしそれは結果として町の住民からは異なった見え方をしただろう。お金の使い方は、その個人を象徴する。それ故に、松下佐三が町の住民から慕われるのはある意味では自然なことではあった。
(私、貴方のこと、全然知らなかった。きっと他にももっと……)
イエリナは膝を折り、寝そべる佐三の手を優しく握る。前に握ったときとは似ても似つかないほど、冷たく弱々しくなってしまっていた。
「イエ……リナ……」
「っ!?」
かすかに声がした。その小さな声を聞き取れた獣人は佐三の元に近寄る。他の人間達もそれを見て佐三の元へと近寄る。
イエリナは片手をサゾーの背中に回し支える。そしてもう一方の手で佐三の手を強く握りしめながら呼びかけた。
「サゾー、サゾー!」
「うるさいな。それに近い……どうしたんだ皆。そんなに馬鹿みたいに慌てて……」
佐三が話したことに歓声に近い声があがる。しかし手を握っていたイエリナは決して浮かれるようなことはなかった。
彼はもう長くない。イエリナは直感的に理解していた。
「なあ、イエリナ」
佐三がイエリナに問いかける。
「なんですか?」
「最後に聞いてもらって良いか?」
イエリナは涙交じりににっこりと笑って頷く。
佐三は弱々しい声で続けた。
「やっと……やっと分かったんだ。俺が、なんでこの世界に来たのか。その理由が」
「お前は知っていたかもしれないが、俺は元々遠いところから来た。正しく形容するなら、別の世界からだ」
佐三は話を続ける。イエリナはただじっと手を握りながら聞いていた。
「ここに比べればずっとずっと発展してた。食べ物になんて困らないし、盗賊なんか出ない。遊びも抱負で、便利な物もたくさんあった。それに比べて、ここにはないものだらけだ」
佐三は「ははっ」と笑おうとしたが咳き込んでしまう。イエリナは優しく背中をさすってあげた。
「……俺、やっと分かったんだ。なんでこの世界に来たのか」
佐三がイエリナや仲間達をみつめて話す。
「きっと、お前に、お前達に会うためにここに来たんだ」
佐三は最後の力を振り絞るように言葉を紡いでいく。皆にその想いが届くように。自分でもらしくないとは思ったが、死を前にして不思議と素直になることができた。
「別に綺麗事を言いたいんじゃない。あの物資に溢れた現代社会じゃきっと見つけられなかった。見いだせなかったんだ。だからあのふざけた神を名乗る光は、俺をこの世界へ飛ばした。ここはないものだらけだが、それだからこそお前達を見つけられた」
「それに、それにだ。本当はなかったんだ。代わりなんて。誰かの代わりなんて存在しないんだ」
「贅沢のしすぎかな。あまりにも豊かすぎて分からなかったんだ。簡単に似たような代替品が見つかる社会じゃ。馬鹿みたいに物の溢れる社会で、その大切さに気付けなかったんだ。……一人一人が特別だった」
「だから父さんも母さんも苦しかったんだろうな。一人でも生きていける、代わりはみつかるって思って。でも結局寂しくて、別の相手をみつけて、それでも満たされなくて。きっとせめてもと願ったんだろう『俺にはこうなってほしくないって』」
「まったくもって馬鹿な連中だ。父さんも母さんも、お前達も。俺みたいな人間を想って涙なんか流してやがる。俺がいなくなったって、代わりはいるだろうに」
「だが一番の大馬鹿は俺だ。最後の最後まで気付かなかった」
「フィロやフィロの母さんを笑えないな。俺の方は死ぬ際になって気付くんだから。もうちょい早く気付けりゃ、きっと……」
そこまで言うと佐三は話すのをやめる。言いたいことはいった。思い残すことがないわけではないが、ある程度満足であった。
「勝手なこと……言わないでください」
イエリナの肩が震える。顔は既に涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「私たちに代わりがない?こっちだって同じです。私には、私たちには貴方しかいません。他の代わりがいるなんて、思っても……」
「ははっ。うれしいねえ」
「笑い事じゃありません」
笑う佐三に、イエリナは泣きながら答える。しかし涙に濡れてはいても、その表情はどこか明るかった。
「それに……それにです。もっと早く言ってくれれば、私も、もっともっと貴方を知ることができた」
「…………」
「もっと貴方と話せたし、もっと笑いかけることができた。もっと甘えられたし、もっと素直に……。どうして、こんなに無茶をしてまで……」
イエリナの言葉に佐三が手を握る。そして目をつむったまま、少しだけ笑って話した。
「忘れたのか?契約したじゃないか」
「え?」
「『この町を守る』ってさ。契約の履行は商人の義務だ。当然の行動……だ……よ」
「サゾー!サゾー!」
佐三は自分の言葉を言い終えると、イエリナの手をはなす。イエリナの呼びかけの声は既にほとんど聞こえていなかった。
イエリナが泣いている。周囲の人達も、獣人・人間関係なく、その様子をみつめていた。
「……サゾー、愛してる」
イエリナは溢れる感情をそのまま言葉にして伝える。
佐三がわずかばかり笑った気がした。
「ああ、俺もだ……」
「愛してる」
その時、光が包んだ。
気がつくと佐三は光に消え、イエリナの手の中から消えていた。
ただ泣き続けるイエリナの声だけが、静かな町に響いていた。
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