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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第一章 猫の花嫁
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エピローグ1 狼の受難





「やれやれ、こいつはあまりよろしくはないな」


 ベルフはソファに寝そべりながら呟いた。






一月ほどの時間が流れ、イエリナが治める猫の町は活気を取り戻しつつあった。町を通る商人の数は日に日に増え、町の人口も次第に増えてきた。人々には笑顔が戻り、統治としては申し分ない成果が出せている。


しかし町が活気づくのと反比例するかのように元気を失っている者が一人だけいた。


 他でもない町の長のイエリナである。


 現在佐三はイエリナの使っている政務室に自分の机を置き、イエリナと共にその手腕で多くの仕事を瞬時に片付けてしまっている。佐三は仕事に関しては有能そのものであり、商人とは思えないほど統治や政にも長けていた。


 しかしこうなってくると問題はイエリナの立場である。イエリナは先の騒動のことから少なくとも仕事や交渉において佐三に実力があることを認めざるを得なくなってしまっている。加えて結婚においても夫婦の間で明確なパワーバランスが構築されてしまっていた。これは佐三がこの町の利権を手に入れるため、彼女に結婚をYESといわせるために仕組んだことだがそれは決して健全な夫婦の形ではない。


 少なくともベルフはそう感じていた。


 (あの女も町の長だ。強く気高い誇りのようなものがあるだろうが……)


 ベルフはイエリナについてさほど好意は持っていないが現状に同情する部分は多大にあったのである。同じ政務室で、今までの自分の仕事を全て否定されるかのような優れた仕事振りを見せられたのでは誇りもへったくれもない。現在若干手持ち無沙汰にしながら従者やナージャの相手をしているイエリナはどこか物寂しそうでもあった。


(俺とサゾーの関係のように、互いに持ち合わせていないものが組み合わさればいいんだが……)


 ベルフには戦うための力が、佐三には問題を解決する知恵があった。一方でイエリナは佐三にないものを見つけられていないのであろう。その力関係こそが危うさでもあった。


(佐三はそんなこと気にしていないのだろうが……)


 佐三からしてみればこの町の実権を握っているのはあくまでイエリナであり、互いが互いを利用する形で婚姻を結んだと考えているのであろう。そう言う意味で対外的なパワーバランスはとれている。しかし実態として見たときは別で、イエリナは自分をまるで必要のない人間のように感じてしまう。それがベルフのもつ懸念であった。


(あー、面倒くさい。なんで俺がこんなことに頭を……って、ん?)


 ベルフが目をつぶり深くソファに寝転ぶと、不意に袖を引っ張られる感覚がした。


(この子は……)


 見るとナージャがベルフの袖を引っ張っている。


「どうした?お嬢さん」

「狼さん。お外行かない?ナージャ、お花摘みに行きたいのにイエリナ様が子供一人じゃだめだって」


 ナージャはつぶらな瞳でベルフを見つめている。ベルフは頭をかきながら「まあいいか」と立ち上がる。


「そんな狼と行って楽しいか?なんならイエリナと一緒に行ってきても良いぞ。これくらいの仕事なら俺だけでも片付くし」


 佐三が何の気なしに話す。ベルフが横目でイエリナを見ると、イエリナはどこか寂しい表情をしていた。


「そうね。ベルフさんがここにいた方が……」

「いや!私、狼さんと行きたい!」


 ナージャが珍しく強情に主張する。余りわがままを言わない子であっただけにイエリナは少し驚いていた。


(こいつ、ひょっとして……)


 ベルフは自分の袖を握りしめる少女をみる。そこにはすくなからず考えがあるように見えた。


「まあ、俺も退屈してたし、それに町の長がここを離れるわけにもいかないだろ。佐三だってイエリナがいた方がいいだろう?」


 ベルフはそう言って佐三に少しにらみを入れる。「余計なことを話すな」。そう目で訴えかけた。


(こうでもしなければ『いや、別にいなくても大丈夫だが』とか言いそうだからな)


 ベルフは佐三が「わかった。きちんと守れよ」とだけ言ったのを聞いてから、ナージャを肩車する。


「うわー。高―い!」

「よし、花が咲いている場所まで案内してくれ!」


 ベルフとナージャははしゃぎながら政務室を出て行く。


「ナージャったらまだまだ子供ね」

「案外ベルフも可愛いところあるな」


 後ろではそんな風に話す二人の声が聞こえる。この場所に置いて一番大人であったのがこの二人であることなぞ、夫婦には理解する由もなかった。





「ほら、このあたりでどうだ」


 町からすこし離れた草原。そこには色とりどりの花が咲いていた。


「狼さん、あのね」

「わかってる。あの二人のことだろ?」


 肩からナージャを下ろし、ベルフは中腰になってナージャの頭をなでる。ナージャはさっきとはうってかわってすこし不安そうな顔をしていた。


「まあ、暗い話もなんだ。花でも摘みながら話そうか」

「……うん!」


 ナージャは元気よく駆けだして花の近くでしゃがみこんだ。ベルフはゆっくりと後ろについて歩き、適当なところで腰を下ろした。


「ねえ、狼さん。この白い花と赤い花、どっちがイエリナ様に合うと思う?」


 少しして花を摘んできたナージャがベルフに近寄ってくる。


「あの女は少し目元がキツいからな。白い花の方が優しく見えていいんじゃないか?」

「むー!イエリナ様はキツくなんかないもん。すごく優しい人だもん!」

「わかった、わかった。悪かったよ」


 ベルフは可愛らしく怒るナージャに笑いながら謝る。ナージャは赤い花をさらにいくらか摘んでベルフが座っている横に腰掛けた。


「あのね、最近イエリナ様元気がないの」

「ああ」

「だからお花を渡して元気出してもらおうって」


 子供はときに大人よりずっと物事が見えている、ベルフはそう感じた。


(形だけとは言え自分の妻にもかかわらず、まるで分からない佐三に聞かせたいぐらいだ)


 ベルフはワシワシとナージャの頭を撫でる。


「それで?」

「あと最近サゾー様と喧嘩でもしたのかなって」

「何でそう思うんだ?」

「なんかあんまり話さないし……。イエリナ様もサゾー様のことどこか避けてる気がする」

(本当に聡いなこの子は)


 ベルフは一層ナージャの観察眼に感心する。


「喧嘩したんだったら、早く仲直りしてほしいな」

「まあ喧嘩じゃないだろうけどな」


 ベルフは少しばかりナージャの懸念を訂正する。


「そうなの?」

「ああ。だからこそ面倒なんだ」

「どういうこと?」

「堂々と喧嘩するぐらいならそんなに仲が悪いわけじゃないのさ。お互い別々の人間だ。意見がぶつかることだってある。だがそれをぶつけることもできないんじゃそれ以前の問題だ。お互いの意見を知ることもできなければ歩み寄れもしない。もっとまずいんだよ」

「ふーん」


 ナージャは手を止め、不思議そうにベルフを見上げている。ベルフは「まだ難しかったかな」と言って再度ナージャの頭をワシワシと撫でた。


(あんまり頭をつかうのは専門外なんだが……)


 ベルフは頭をかきながら考える。本来なら他人の事情に首を突っ込んだりはしない。しかし今回は自らの雇用主のことでありひいては自分にも影響することである。それに目の前で哀しい顔をしている無垢な少女を放っておくことは、人狼族の誇りにかけてもできることではなかった。


(やれやれ。面倒なことになった)


 ベルフは草の上に横になり空を見上げる。背中に感じる草の感覚は、どこか堅く心地がよくなかった。






次回から新しい章に入ります。

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