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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
終章 異世界の経営者
134/155

凶弾

 





 俺は神など信じてはいない。


 それは現代人にとっては比較的普通の感覚かもしれないが、少し考えればわかることでもある。例えばもし、神などが存在したら世界がこんなにも不条理に作られていることをどう解釈するのだろうか。


 神が与えた試練ととるのか?だとすれば皆平等に渡すべきだ。人によって試練の量が違うのでは贔屓ではないか。


 世界は全くと言って良いほど公平ではない。富めるものは富むし、負ける奴は負け続ける。ひとが良い奴が必ず勝つわけではなく、むしろひとが悪い奴ほど上手く立ち回ったりする。『お人好し』なんて言葉がその最たる例だ。所詮そういうものである。


 『信者』と書いて『儲ける』とはよく言ったものだ。神など金儲けに利用された偶像でしかない。故に正直者がバカを見ない世界というのは中々実現が難しい。


 だがその一方で、失敗や成功はある程度50:50になるとも俺は思っていた。というのも失敗から学ぶことで人は成功をすることができるためである。


 失敗なしで成功することも自身の経験上かなり難しいと思っている。比較的裕福な家に生まれた自分がそうなのだから、これは世間一般に言っても差し支えはないだろう。失敗がある以上成功はしやすくなるし、失敗なしで成功することも難しいのだ。


 勿論ある程度の例外はある。失敗が続く人間がいれば、連勝記録を伸ばす人間もいる。しかし上を向きつづけるのであれば、失敗者はその失敗を糧に大きい成功をつかむだろう。世界で名を残した人間の多くはそうした失敗の経験をもっている。


 そして逆もしかりだ。連勝が続けば人は驕る。そして驕りはかならずその人間の足を掬い、奈落の底へと突き落とすのだ。


 俺自身も例外ではない。













 東の港町についた。馬車を降り、馭者にチップを渡すと佐三とベルフは大きく伸びをしする。


「馬車はいいな。最高に良い気分だ」


 ベルフはそう言いながら肩を回し、体をほぐしていく。頭はそう思っていても、どうやら体はそうではないらしい。言葉とは裏腹に、ベルフの体はより激しく動かすことを求めていた。


「やれやれ……」


 佐三はそんなベルフに対して呆れたようにそう言うと、大きく深呼吸して港町の空気を吸い込んだ。港町特有の潮風の香り。オフィスでの仕事が多かったことや此方の世界に来てからも内陸部でしかすごしてこなかったこともあり、その空気はとても新鮮に感じられた。


 どうやらベルフもおなじようであり、その独特な香りを嗅ぎながら首をかしげていた。


「海の近くまで来るのは初めてか?ベルフ」

「ああ。そもそも魚というものを食べるのもお前と旅をするようになってからだ。それも干し魚だけで、今あそこに並んでいるように生きている魚を見るのは初めてだ」


 ベルフが指さす方向を見てみると、商人が生の魚を売っていた。港町だけあって商船以外にも漁船が着くのだろう。あたりを見渡すと魚を売り買いしているところがいくつもあった。


(しかし妙だな。荷が滞っているというから港町で何か問題があったのかと思ったんだが……。思い過ごしか?)


 佐三は顎をさすりながら首をかしげる。見たところ以前よりは多少活気がなくなってはいたが、十分に人で賑わっていた。


(となると別の港町で問題が?それとも海の上での事故が重なったか……)


 佐三は幾つかの原因を考えてみる。しかしどれも推測の域を出なかった。


「なあ、サゾー」

「ん?どうした?」

「あの魚は食えるのか?」


 ベルフが指さす方向に商人がいる。蛸のようなものだろうか。そのうねうねとした生き物は商人によって焼かれ、客へと売られていく。現地の人はそれをその場で食べていた。


「俺も見たことはないが、多分食べれるんじゃないか?周りの人も普通に食べているし」

「……サゾー、食べてみたらどうだ?」

「お前主人を毒味役にする気かよ」


 佐三はそう言いつつも商人に近寄りそれを買う。日本人だけあって魚への抵抗は少ないのも功を奏した。蛸のようなものだと思えば、その異形な食べ物も不気味には見えない。


 商人は銀貨を受け取ると、その蛸のようなものを適当に炙って佐三に渡そうとする。


「熱っ」


 佐三はそれを素手で受け取ろうとして慌てて手を引っ込める。周りを見ると皆手袋でつかんで食べていた。


(にゃろー、笑いやがって。その手袋にどれだけの菌が付着してるかも知らずに……。お前らみたいな衛生観念がない連中とは違うんだぞこっちは)


 佐三は胸元からハンカチを取り出し、その蛸を受け取る。そして軽く冷ましてから、足の部分を食べた。


「うん、うまい」


 佐三がそういうと、商人もうれしそうにしている。佐三は不意にすぐ近くに鼻息を感じた。


「うおっ、何だびっくりした!」

「……」


 横を見るとすぐ近くでベルフが匂いを嗅いでいる。その視線は食べ物へと向かっており、佐三が手を動かすとそのままベルフの視線も動いていた。


 佐三が「ほらよ」と手渡す。ベルフは躊躇いもなく囓った。


「うむ、うまい」

「そーだろー」


 ベルフの様子に商人がうれしそうに話す。


「最近はこの港に来る人も減っちまって、余ってたから助かるよ。あんた達、ここの人じゃないだろ?それに海の人間でもなさそうだ」

「ああ。内陸部から来た」


 佐三がそう答えると、商人はどこか珍しそうな顔をする。


「ところで、人が来ないとは?見たところそれなりに人はいるみたいだが……」


 佐三が尋ねる。商人は首を振って答えた。


「いや、人がいるのは普段出ている連中が皆帰ってきているからだ」


 商人は続ける。


「俺も普段はここで荷を受け取り、内陸部で売り払って、その金をもとにまた別の品物を仕入れてたんだ。しかしここ最近海を隔てて向こう側にある港と連絡がつかないらしい」

「なるほど」

「だからこうして魚を売ったりして日銭を稼いでいるんだが……、あまり長引くようならここでの商売は諦めて別の場所にいかなきゃならないな」


 商人は困ったようにそう言うと蛸のようなものを一囓りする。商業は金を稼げるが、その分リスクはある。とくに交易なんかはその典型だ。


(しかし向こうの港……たしか衣料の原料もそこでいくらか仕入れてたはず。それに売り先としてもつながりは確保しておきたいが……)


 佐三がそんなことを考えていると、不意に叫び声が聞こえてくる。しかしきちんと聞き取れたのはベルフだけだっただろう。ベルフがいち早く臨戦態勢に入った。


「ん?なんだ……」


 遅れて佐三も反応する。しかしその遅さが命取りだった。


「サゾー、危ない!」


 一発の銃声。それを引き金に数多の銃声が鳴り響いた。


 騒ぎは大きくなり、悲鳴が交じり始める。あちらこちらで人が倒れ、所々には火が放たれていた。


「クソッ、俺としたことが……とんだ間抜けだ」


 佐三は苦痛交じりにそう漏らしながら、朱く染まるその腹を強くおさえていた。









読んでいただきありがとうございます。

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