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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第一章 猫の花嫁
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閑話 王子様の思惑





「大領主様。お目通り、感謝いたします」

「これはサゾー殿。そんな堅苦しい挨拶は抜きに。さあこちらへ」


 猫の町の騒動を終え、佐三はベルフを伴ってすぐさま大領主の元へと参じていた。兵を借りた例と、後始末の協議のためである。


 大領主は口ひげをたくわえ、中年らしく腹が大きく出た男であった。大領主はその腹をさすりながら佐三に着席を促す。


「今回は兵を送ってくださりありがとうございました」


 佐三は座ってから始めに述べる。


「何の何の、我が領土のことですので」

「つきましては約束通り謝礼を少々」

「いや、これはかたじけない」


 ベルフは佐三に促され、金貨の入った袋を持ってくる。もっともこの世界のものであって現実世界の金と同様のものかは定かではないが。


「こちらを」


 ベルフは袋を大領主の召使いに渡し、再度佐三の後ろに回る。


「ふむ、確かにいただきました」


 大領主はホクホク顔で感謝の意を述べる。今回の派兵は決して道義的な理由でも、治安を維持するという統治的理由からでもなかった。佐三が金を払った。それが理由である。


「しかし、サゾー殿。あのような土地の、ましてや猫族の町に肩入れするとは、何というか、不思議なお方ですな」


 興味ありげに大領主が聞いてくる。それも当然である。あの町の住民は奴隷として売る価値は多少あったかも知れないが、佐三が払った額と比べればまったく釣り合いがとれない。


「いえ、あの町には私の最愛の人がおりますので」


 佐三は不敵な笑みを浮かべながら答える。


「最愛の人?サゾー殿はもう結婚はされていらっしゃるのか?」

「先日、プロポーズを受け容れてもらいました」

「それはおめでたい。此方へは一緒に?」

「いえ」


 佐三は一拍おいて続ける。


「彼女はあの町を治める責務がありますので」

「……っ!?」


 大領主は「ギョッ」とした顔で固まる。そんな大領主に佐三は内心で嘲笑していた。まさか結婚の相手が獣人であるとは思ってもみなかったのであろう。


「失礼ですが、その結婚相手とは」

「イエリナというあの町の長です。勿論側室などではなく、正妻として迎え入れています」

「いやはや、これは驚きました」


 大領主は落ち着かない様子であちらこちらに視線を移している。それは戸惑い半分、笑いを堪えるのを半分と言ったところであった。


(せいぜい楽しんでおけ。その内に寝首をかかせてもらう)


「つきましてはこれからあの町で行う私の事業に関して、固定額で一月10枚ほどの金貨を……」


 佐三はにこやかに笑いながら大領主との話をまとめていった。






「それでは失礼します」

「ああ、ここまでご足労であった」


 佐三は大領主に挨拶をして屋敷を後にする。満足げな佐三に大してベルフは機嫌が余り良くなかった。


「どうしたベルフ?暗い顔して」

「サゾー、あいつら今お前のこと散々に言っているぞ」

「そうか?耳が良いのも考えもんだな。で、なんて言っている?」

「それは……言うに耐えんな」


 ベルフは苦い顔をしながら答える。


「当ててやろうか?「獣狂い」とか「気が触れた」とかそんなことだろう。それどころか俺とお前の関係すら冗談のネタにしているんじゃないか?」

「……お前はそういう所はすごいな」


 ベルフは佐三のしたたかさと勘の鋭さに半ば呆れたような表情をする。


(この男は色々と問題があるが読みの鋭さだけはずば抜けている)


 ベルフは横をしたり顔で歩く男を見る。佐三はどこか子供のようにうれしそうに町を闊歩している。


「サゾーは悔しくないのか?」

「え?」


 佐三は何を言っているのかとばかりな表情でベルフを見る。ベルフもその表情をみて質問するのが馬鹿らしくなってきた。


「ベルフ、一つ良いことを教えてやろうか?」

「なんだ?」

「この世で最も儲かる事業って何か分かるか?金が集まる事業でもいい」


 ベルフは少し考えた。

「交易か?」

「外れ」

「じゃあ鉱工業?」

「それも違う」

「わからん」

「じゃあ質問をかえる。この世で最も金を集める組織は何だと思う?」

「それは……」


 そこまで聞いてベルフはあることに気付く。佐三は既にここまで考えていたのだ。


「もしかして……」

「お、わかったか」

「『国』か?」


 佐三はうれしそうににっこりと笑って頷く。


「そうだ」

「一体どういうことだ?説明してくれ」


 ベルフはさらなる説明を佐三に求める。同時に佐三の目的がぼんやりと形を現した気がしてきた。


「花嫁をもらう、それは目標だがゴールじゃない」


(あのぼんやり覚えている神様の言うことが正しいならすぐに帰れるんだが、いかんせん二年以上経っているからな。結婚したから「はいさよなら」できるかも分からん)


 佐三は話を続ける。


「商人の目標はいつだって利益の最大化だ。じゃあどうしたら利益が出せるか?」

「前に言っていた『パワー』の話か?」

「そうだ。ルールを作る側はそれだけで商売に有利だ。だがなベルフ。そんな話をどうでもよくしちまえるほど楽な金の稼ぎ方がある」

「それが」

「そう『税』だ。あれ以上楽な金の集め方を俺は知らない」


 ベルフは自分自身、佐三の言いたいことをおそらく全ては理解できていないと自覚していた。人狼族の戦士として育てられた自分にこの知識が必要なのかもわからなかった。


 しかしこの難しい話も佐三との会話として楽しく聞くことができた。同時にこの話は決して無駄にしてはいけないとも感じていた。


(まあ、話が長すぎて途中で頭が追いつかなくなるがな)


 ベルフは必死に頭を働かせながら佐三の言葉に耳を傾ける。イエリナと結婚するということはあの町において権力を振るうことができるようになるということ。それは実質自分の国を持つことに近いのである。


(だが待てよ)


 ベルフは一つ気がかりなことを思い出し佐三に質問する。


「サゾー、そう言った話はあの女には話したのか?」

「イエリナか?まあいずれ話すつもりだが。目的が分からなきゃ相手も信用しづらいだろうし」


 ベルフは「やはりか」といった顔で佐三を見る。そんなベルフの表情に佐三もなんともいえない居心地の悪さを感じた。


「なんだよ?」

「サゾー。悪いことは言わない。金の話はあの女に話すのはやめておけ」

「なんで?不信感を抱くだろ?」

「だからって面と向って『お前の価値はその地位と権力だって言うのか?』それはまずいだろ」

「だが事実だろ?」

「事実でもだ」


 殊こういった部分において、ベルフの方がいくらかは大人だった。


「なあサゾー」


 ベルフは一つの疑問を佐三に質問してみる。


「なんだ?」

「お前今まで好き合った女性はいたか?子供の頃でもいい」

「……………いる」


 それが答えだった。


「なるほどね」

「おい、待て。今のは戦争だぞ、宣戦布告だぞ!第一に狼のお前に俺の繊細な感情が分かるのか?そもそも俺に見合う女なんて………」


 ベルフは目の前でべらべらと言い訳がましく喋る佐三を無視しながら考える。


(にしては昨日の塔の上では何やらサゾーがリードしていたような……。これまで金に寄ってくる女を相手にしたことはあったんだろうか。逆に言うとそれしかなかったとも言えるが……)


「おい、お前。今失礼なこと考えていただろ?」

(結婚生活なんてできるのか?)



 ベルフはキャンキャン吠えている佐三を余所に、これから待ち受けているであろう面倒事を想い、小さく息を吐いた。





読んでいただきありがとうございます。

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