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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
終章 異世界の経営者
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この世界の在り方

 





 俺はこの世を理解したと言い切るほど傲慢では無い。しかしある程度理解していたと自負していた。


 その内の一つで持っている考えがある。それはこの世のほとんどのものは、とりわけ現代社会において、『替えがきく』というということである。


 例えば生涯の伴侶を例に考えてみよう。人生において伴侶を選ぶことは重大な選択にみえる。人によっては「この人しかいない」とまで考えて決心するかもしれない。しかしこうした考えは少し前ならともかく、現代ではあまり正しくはない。


 現代において日本でも三組に一組、多い国では二組に一組以上が離婚する。半分近くはいずれ撤回するのだ。別に大した決断でもない。


 それに離婚した人が以降結婚しないわけでもない。となると決心して見つけた伴侶もとどのところつまりいくらかいる内の一人であったに過ぎないのだ。


 恋人などはもっと顕著だ。今はインターネットの発達で多くの人とつながることができる。つまりいくらでも相手は見繕えるのだ。候補は昔と比べてはるかに増えただろう。十倍、二十倍ではきかない。そうなると今いる彼氏彼女も、とりあえずの一人であり、もっと良い条件の相手がいれば乗り換えることも視野に入れていくのだ。


 こうなってしまえば愛だ恋だといったことも、資本主義の市場メカニズムとなんら変わりはない。人は数ある商品から金銭的に選べる範囲で品物を選ぶ。恋人探しも同様だ。数ある恋人候補の中から自分にOKしてくれる範囲の中で一人選ぶ。違うのは選ぶために必要なものが金銭か自分のスペックかということだけである(もっとも何をスペックとするかは相手によって異なるが)。


 もっと言うならば男の場合金銭がそのまま自分のスペックになり得る。金持ちであればかなりの確率で女性に好まれる。少なくともないよりはマシだ。となると人間性すらも金銭によってある程度カバーできてしまう。


 それ故に佐三は絶対とは言い切らないまでも、ある程度の範囲で思っていた。『愛すらも金で買えるのだ』と。

















「今日は珍しくたそがれているな。サゾー」

「……なんだ、ベルフか」


 佐三が政庁横の塔の上でのんびりと町並みを眺めていると、不意にベルフから声をかけられた。この場所は彼にとっては特等席らしく、毎晩月が出る度にここに上がってきている。


「なんだ、ではあるまい。俺がいつもここで月を見ているのはお前も承知のことだろう?」

「まさか。いちいちお前の行動なんて把握していないよ」

「よくいうものだ。俺に限らず、各員の行動はきちんと把握しているくせに。ついでにそのまま女心も把握してくれたらよかったのだが」

「……お前はいちいち余計なことを言わなきゃ気が済まないのか?ベルフ」


 佐三はそう言ってわざとらしく睨み付けると、二人は少し間を置いて同時に笑い出す。


「……良い月だな」


 ベルフが呟く。


「ああ。だがじきに見えなくなるだろう」

「何故だ、サゾー?」

「いずれこの場所には工場が建つ。その動力を燃料によって供給することになれば排ガスが発生する。木を燃やせば煙が出るだろ?あんな感じだ」

「それは……つまらんものだ」

「それに人が集まるようになれば夜も明るくなるだろう。そうなれば、月などは見えづらくなる。文明の光が、月明かりをかき消しちまうのさ」


 佐三はそう言ってベルフの方を見る。ベルフは目を細めながら寂しそうに月を見ていた。


「……まだ村を思い出すか?」


 佐三が尋ねる。


「まあな」

「……そうか」

「なんだ、サゾー。今日は大人しいな。俺はてっきり『そんなもの忘れてしまえ』だの言ってくるのだと思ったが」

「別に忘れることを強要はしねえよ。俺が言っているのは代わりがあるということだけで、その中の選択までも押しつける気はないよ」


 ベルフは佐三の言葉を聞きながら、目を丸くする。彼にしては珍しく温厚な意見を言ったものだ。ベルフはそう思った。


 しばらくの沈黙が続く。ベルフも佐三も、何を言うわけでもなくぼんやりとその明るい月を眺めていた。


「なあ、サゾー」


 ベルフが尋ねる。


「お前がいた場所……いや、」



()()()()()()()というのは、どんな場所だったんだ?」



 ベルフの言葉に佐三は何も言わずに、ただ月を見ている。町に吹く風の音だけが、彼等の耳に届いていた。


「……ここよりずっとずっと文明が発展していた」


 佐三がゆっくりと話し出す。


「この塔よりずっとずっと高い建物がずらりと並んでいて、そこで俺は仕事をしていた。町中は夜でも明るく光り、眠らない町が生まれた」

「…………」

「だから月なんか見たことはなかった。月も星も、明るすぎて見えやしない。それに町の音で風の音なんか耳に届かない。まあお前みたいな奴がいないお陰で、遠吠えをきく必要はなかったがな」

「……それはつまらんな」


 ベルフはそう言って笑ってみせると、佐三は『やれやれ』といったジェスチャーをとる。そうして二人で笑ってから、またベルフが尋ねる。


「帰りたいと思うか?」

「……どうだろうな」

「何だ、ハッキリしないな?」

「まあ、別にここでの生活にも慣れてしまったしな。不自由もあるが、別になれてしまうとそれすらも感じなくなる」

「なら、ここが故郷だな。余生を暮らすと良い」

「馬鹿言え、そうはならねえよ」

「ならないのか?」

「ならんだろ」


 佐三の言葉にベルフは不思議そうな顔をする。そもそも佐三は比較的若い頃からあちこちを飛び回っており、故郷と呼べるような場所もない。そう言う意味でそもそもの価値観が違っている部分もあった。


「まあ、この町がある程度軌道にのるまではいるつもりだが……それ以降は分からん」

「だが、イエリナはいいのか?それに他の皆も……」

「別に契約の結婚でしかない。……イエリナも枷が外れた方がいいだろう」

「……やれやれ。お前は本当に学習しないな」


 ベルフは心底呆れたように呟く。今までの傾向から多少はマシになっているようではあるが、それを認めようとしない理性も存在するのであろう。佐三はまだまだ時間がかかるようであった。


 しかしその言葉は考え事をしている佐三の耳には入っていなかった。


(ん?)


 すると不意に階段を下りていくような足音が聞こえる。佐三は気付いてはいないようだ。ベルフの耳でようやく聞き取れる程度、かすかな音だった。


(誰かいたのか?……いや、気のせいか?)


 ベルフは少しの間警戒していたが、それ以上気にするのはやめて再び佐三を見た。佐三はただぼんやりと月を眺めている。それは今まで見えなくなっていたものに、懐かしみを覚えているようであった。


「……だがそれでも月が消えるわけじゃない、か」

「ん?なんか言ったか、ベルフ?」

「いや、何も」


 静かな夜、男二人が塔の上にいた。













 はあ、はあ、はあ、はあ


 息を殺し、自室に戻ってきた。


 何故か分からないが、呼吸が乱れたまま戻らない


 サゾーを探して、塔を上った所までは覚えている。


 ベルフも一緒にいた。会話をしていた。


 つい声を殺して、聞き耳をたててしまった。


 しかしそこからはあまり覚えていない。


 ただ一つ覚えていることは……


「別の……世界?」


 静かな夜、小さく声が漏れた。








読んでいただきありがとうございます。

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