閑話 王女とシンデレラ
「佐三様、こちらにいらしたのですか」
「ん?フィロか。どうした?」
晴れた日のお昼時。政庁を出て正面にある広場で佐三はのんびりと食事をとっていた。どうやら最近商人が来て、この広場で料理を振る舞っているらしい。佐三はその噂をきいて味見しに来たのだ。
「フィロも食べるか?美味いぞ」
「佐三様。毒味役も付けずに外での食事に手を付けるなど、危ないですよ」
「これはこれは。流石王室育ちだ。その考えはなかったよ。……ほら、毒味済みだ。温かい内にどうぞ」
佐三は笑いながらその料理を渡す。サンドウィッチというよりかはタコスに近い感じであろうか。肉やチーズ、野菜などを焼いた穀物の生地で包んである。
「しかしこうした出店のようなものができるようになるとは。随分発展したもんだな」
感慨深そうに笑う佐三の横顔をフィロはつい目で追ってしまう。飛び抜けて端正というわけではないが、比較的整った顔立ちをしている。少し悪人顔だが、鋭い目つきは人を惹き付けるものがあり、なによりその怖さとの対比が笑顔をより印象づけていた。
「どうした、なんか俺の顔に付いているか?」
「いえ、別に」
「ふーん。で、用事があったんじゃないのか?」
佐三は何事もなかったかのように話をすすめる。目が合ってしまい、見つめていたことを悟られたかと思い恥ずかしくなったフィロだが、これはこれで腑に落ちない部分があった。
「いえ、法律の解釈を巡っての争議で、どう対処すべきかと」
「ん?ああ、酔っぱらい達の喧嘩の件か。別に商業関係や規制に関わらない部分だから、フィロの裁量で決めて構わないよ。ただ一応長であるイエリナに最終的な承認をもらってな」
佐三はそう言うと、残りの分を口に放り込んで咀嚼する。口いっぱいに放り込んで食べることは王宮ではマナー違反であったが、この男はそんなことで品位を失ってはいなかった。
(まったく、もう少しぐらい興味をもってもいいのに……)
王宮にいた頃はそれこそすれ違う全ての男性が振り向いた。それどころか女性ですら目を奪われる人も多かった。それを誇りにとまでは思ってはいなかったが、フィロとしてもうれしくないわけではなかった。
勿論メリットばかりあるわけではない。声を掛けてくる貴族が後を絶たなかったことは悩みのタネであった。婚姻を申し込まれること自体はありがたいことであり、無下にはできない。しかしそういった貴族の多くは自尊心ばかりがふくれあがり、他人に対して見下す言動が後を絶たなかった。フィロはそう言う人間を心底軽蔑していた。
フィロはもぐもぐと食事をすすめる佐三を見る。この男はどうだろうか。傲慢という意味ではこの男も大差はない。自分が正しいと疑うことはなく、自分の決定を他人に委ねたりしない。
しかしこの男はそれ以上に合理的であり、厳格であった。他人に求める以上、それ以上に自分には求めている。厳しい言葉を使うことも多々あるが、それでいて個人は尊重されている。そしてそれは男女や職に関係なくである。故にこの町には学者が集い、女性が長を続けている。このような風景は王都ではあり得なかった。
(ままならないものね……)
フィロがそんな風に考えていると、政庁の方から一人近づいてくる。すらりと伸びた背丈に猫の耳、女性にしては少しきつめなつり目が特徴のこの町の長であった。
「サゾー、フィロさん。ここにいたんですか」
「どうした、イエリナ?」
佐三が尋ねる。
「先程、商人ギルドの方がこちらに来られて、この町にギルドの支部を作りたいのだとか……」
「ほら、おいでなすった」
佐三は苦笑いしながら立ち上がる。町が発展してくれば、自ずとビジネスチャンスが生まれる。そして儲けの匂いが立ちこめれば必ずこうした輩はやってくるのだ。
「無下にもできないが、彼等にわざわざ甘い汁を吸わせるわけにはいかない。交渉は俺が当たろう」
「分かりました」
「イエリナ。フィロが法律の件で承認が必要みたいだから話を聞いてやってくれ。あとギルドの方はどちらに」
「一階の応接室でアイファが応対しています」
「ありがとう」
佐三はそうとだけ言うと、そそくさと歩いて行ってしまう。その堂々たる背中は一朝一夕で身につくものではないだろう。今まで見てきたどの貴族よりも威厳をまとっており、それは王でも持ち合わせているものではなかった。
「彼は……一体どういった経験をしてきたのでしょうか」
フィロは去っていく背中を見ながら漏らすように呟く。
「はい?」
「いえ、佐三様は私から見ても随分と落ちついていられますので」
フィロの言葉にイエリナは少し考える。
「実のところ私もそれについてはよく分かっていないんです」
「へっ?夫婦なのにですか?」
「はい」
イエリナは少し照れ笑いをしながらそう答える。フィロは少し気になったのでもう少し深く聞いてみることにした。
「あの、イエリナ様と佐三様はどのような経緯で結婚することになったのですか?」
「へっ!?」
「あっ、いえ。言いにくいことなら別に無理に教えていただかなくても結構です。ただ気になったものですから」
フィロはそう言ってイエリナの様子を伺う。イエリナは別に気にする様子もなく、教えてくれた。
「私の町……この町は昔は今ほど発展もしてなくて、それに周りの小領主からも狙われていて、もう何もかも上手くいっていなかったんです」
「そうだったんですか?」
「今じゃ想像もつかないですけどね。……でも一年近く前は誰もこんなに笑ってはいませんでした」
イエリナは少し暗い顔でそう告げる。フィロは悪いことを聞いてしまった気がしたが、イエリナはそれに気付いたのかすぐにまた笑顔になった。
「ああ、でもサゾーのお陰で、解決したんです。そしてその後に結婚することになって」
「素敵ですね。愛する人のために町を救ってくれたんですね?」
フィロがそう言うとイエリナは顎に手を当てながら首をかしげる。それは佐三が悩んでいるときと同じ動作であった。
「うーん、でもそれはちょっと違いますかね」
イエリナは訂正する。
「当時の彼は……いえ、きっと今も、この町の権利そのものにしか興味がなかったのだと思います」
「そ、そんなこと……」
「ああ、別に気にしないで。別に私もそれが気に入らないわけでもないの。この町だって発展しているし、助けてもらったし、ね!」
イエリナはどこか早口になりながら答える。それが真実でないことは新参のフィロにすら理解できた。
当時の彼女がどうであったかは分からないが、少なくとも今の彼女は完全に佐三の妻である。彼女が彼を見る目、話す口調、接する態度、全てが夫に対してのものであった。少なくとも、そんな仕方なくといった関係には見えなかった。
(でも、彼の方はどうなのかしら)
フィロは政庁の方を見ながら静かに考える。彼はこの女性を愛して結婚したのだろうか。少なくとも彼の振る舞いには、そういった妻への情愛を見て取ることはできない。そして彼なら、利権のために結婚することも十分に考えられた。
「フィロさん?」
「あ、すいません。ついぼーっとしていました」
「いえ、大丈夫です。それより、一緒にお昼にしませんか?私もそれ、食べてみたかったんです」
イエリナは「ちょっと買ってきます」と言って出店の方へと歩いて行った。フィロは先程もらった料理を一口かじった。
(私が先に出会えていたら……ひょっとして……)
フィロはそう考えそうになり、頭を振った。人の夫にそのようなことを考えるなど、貴人としてあるまじき考えであった。
しかしそう思えばそう思うほどに、自分の中で想像が膨らんでしまう。自分には王族という他にはない力がある。あの男ならそれを利用するだけであっという間に一財産築けたであろう。佐三にはそれを容易にこなせるだけの実力はあった。
(……いけないっ!そのようなことを考えてはっ!)
フィロはもう一度頭を振り、考えを打ち消す。しかしそう思えばそう思うほどに、彼が魅力的に映ってきた。
「まったく……。ままならないものね」
フィロは遠くの出店で列に並ぶ、イエリナの姿をみつめながらそう呟いた。
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