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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第零章 人狼の相棒
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憤り

 




 佐三といくらか会話した後、マトは自分の家の前でただ呆然と立ち尽くしていた。そんな彼女の元に一つの影が訪れる。


「マト、どういうことだ」

「…………放して、ベルフ」


 マトはそう言って手を振り払う。そして下を見て視線を合わせないようにしながら話す。


「アゾフから聞いたのでしょう。そういうことよ」

「どういうことだ?俺はてっきり……」

「言ったでしょう?人間に捕まるような、弱い男には興味ないのよ」

「本気で言っているのか?マト」

「……本気よ」

「じゃあ、何故俺を見ない」

「…………」


 マトはただ俯きながら黙り込む。その様子に人狼はただ苛立ちを募らせるだけであった。


「マト、いい加減に……」

「みっともないぜ」


 人狼の言葉を遮る声が聞こえる。見ると暗闇の中から佐三が姿を現した。


「ほら、もう行きな」

「えっ……」

「いいから」

「待て、まだ話は」


 言葉を遮るように佐三はマトにその場を立ち去るように促す。そして追いかけようとする人狼に立ちはだかる形で佐三が前に立った。


「……どういうつもりだ?」

「どういうつもりも、ただ止めただけだ」


 佐三は呆れたような表情で返答する。その態度は人狼をいっそう苛立たせた。


「お前には関係ない。引っ込んでいてくれ」

「まあ確かに関係ないが、困っている相手を見過ごす義務もあるわけじゃない」

「貴様っ……」

「いい加減にしろよ」

「……っ!?」


 佐三が低い声でそう告げると、人狼は言葉を失う。佐三は一呼吸置いてゆっくりと話し始めた。


「お前はあの女に振られたんだよ。それ以上でもそれ以下でもない。いつまでも引き際をわきまえられないのは、いくら何でも醜すぎる」

「お前に何が分かる!」

「外から見ている人間の方が見えていることだってある。少なくとも事実として彼女は今の族長の嫁なんだろ?それだけのことだ」

「だが俺たちは……マトは……」

「もうやめよう。みっともないぜ」


 心底呆れたように、冷めた目でみつめる佐三。そんな佐三に人狼はさらに苛立ちを覚えていた。


「それにお前気付かないのか?この村の異変に」

「何?」

「家の数に対して生活の跡が少なすぎる。おそらく三分の一は空き家になっているはずだ」

「……どういうことだ?皆が死んだというのか?」

「その可能性もあるが……。この場合は出て行ったと考えるのが妥当だな」


 佐三はポリポリと頭をかきながら話を続ける。


「俺たちを襲った連中……正しくはお前を襲おうとした連中。減っている住民、様子がおかしい恋人。そして何より、お前の経路を事前に知っているかのように待ち構えていた人間達。もう答え合わせは済んだだろう」

「……黙れ」

「新しい火種をもちこむこともないし、お前を捨てた尻軽に未練などないだろう?村は既にボロボロだ。ここでさらにややこしくなれば、人間達がこの森を奪うチャンスを与えるようなものだ。こんなとこ捨てて、さっさと俺と一緒に働いたらどうだ?他に女なんていくらでもいるだろうし、俺と一緒なら女なんて掃いて捨てれるほどに稼げるぞ」

「黙れと言っている!!」


 人狼はそう言って佐三の首をつかむ。佐三はただただ冷めた目で人狼をみつめていた。


「貴様のように人間に、ましてや誇りすらもたない商人に、一体何が分かる!」

「…………」

「この村を捨てろだろ?俺がどんな思いで生きてきたと思っている。奴隷になり、それでも生きてこられたのは、この村に帰るためだ。そんなふざけた思いからではない」

「…………」

「それに、貴様は今アゾフに対しても侮辱したな。俺とアイツがどれだけの付き合いだと思っているんだ。貴様のような人を信じたことすらないような人間に何がわか……」

「……分かるさ」


 佐三の言葉に、人狼の話がとまる。佐三は人狼の目をしっかりと睨み付けながら、ゆっくりと話し始めた。


「分かるから言っているんだ」

「何を……」

「俺にはかつて信頼できる五人の仲間がいた。いや、友人と言った方が正しいかもしれない」

「…………」

「共に商売をはじめ、次第にその組織は大きくなっていった」

「だったら何故……」

「裏切ったのさ」

「っ!?」

「奴らは裏切った。そしてトップである俺の地位を奪おうとした」


 人狼は言葉に詰まり、少し黙り込む。


「……それは、お前の方針に反対しただけかも……」


 人狼の言葉に佐三は静かに首を振った。


「もっともな理由はいくらでも付けられる」

「…………」

「だがそれなら正面から動けば良い。少なくとも違う方法はある。だが奴らは裏で入念に準備し、手を組んでから実行した。背中から刺しに来たんだ。それは変わらない事実だ」

「……だがそれとこれとは」

「違うかも知れないし、違わないかも知れない。俺のケースとお前のケースが同じとは限らない。だが確実に言えるのは権力を狙う人間はいくらでもいるということだ。そしてそれを利用しようと唆す連中もだ」

「…………」

「人は誰しも邪な心をもっている。そしてそれを増大させ、利用しようとする連中はいくらでもいるのさ」


 人狼は黙り込み、佐三から手を放す。佐三はかるく上着をはらって身だしなみを整えた。


「ベルフ、もう止めて」


 佐三が声の方を振り向くと先程立ち去ったはずのマトがいた。おそらくいても立ってもいられなくなって戻ってきたのであろう。人狼が耳が良いのであれば、言い争う声は聞こえるはずだ。


「マト……」

「お願いよ。もう……止めて」


 マトは悲しそうな顔でそう告げる。その言葉にしばらく誰も言葉を発せずにいた。


「おいおい、どうしたんだ、ベルフ」


 そこにアゾフと呼ばれていた現族長もやってくる。


「アゾフ、用事は済んだのか?」

「ん?ああ、まあな。すまんなせっかく帰ってきたのに相手をしなくて。……しかし人間とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだな」


 人狼はちいさくそう言い、「すまなかった」と佐三に頭を下げる。佐三はアゾフの方を見ながら、気にしていないとだけ返した。


「そうだベルフ、お客人をあの場所に案内してやったらどうだ?」

「あの場所?」

「そうだ。お前が好きだったあの丘だ。今日は月が綺麗だし、話すにもいいだろ。せっかく帰ったんだし、夜通し皆で語り合おうじゃないか」


 アゾフはそう二人に提案する。少し乗り気でない人狼に対して、佐三は肩をポンポンと軽く二回ほど叩き、明るい声で答えた。


「是非行きましょう。今日のわだかまりは今日の内に解消するに限りますからね」

「サゾー、俺は……」

「話したいこともたくさんあります。彼の武勇伝だって数えきれませんから!」

「おお、そうですか」


 アゾフが明るい声で反応する。人狼は軽く目を細めながらその言葉を聞いていた。


「ええ。なんたって彼は捕まって尚強く、奴隷商にすら丁重に扱ってもらっているほどの方です。それに私と会ったときだって、人間に対して何ら見下すことなく接してくれました。今はちょっと熱くなってしまっただけってことも、私には分かります。彼は強く誇り高い方ですから」

「おお、聞いたかベルフ!人間の方にここまで言ってもらうとは、なかなかやるじゃないか!」

「……」


 わざとらしく話す佐三に、興味ありげに聞くアゾフ。人狼はそんなふたりを訝しげに見ていた。


「それに普段は夜の月を見に外に出ることは難しいですからね。王都は最近物騒ですし。でも人狼の御二方がいれば安全でしょう」

「それは任せてください、サゾー殿。私たちの元ならどんな敵が来ても安全ですぞ!」

「それは頼もしい!」


 そう言って佐三とアゾフが笑い合う。しかしその両者の目が普段知る笑うときの愛でないことは人狼にはよく分かった。


 両者とも目の奥では笑っていない。両者を知る唯一の存在だからこそわかる事実であった。


 明るく歪な笑い声が、静かな森に響いていた。









読んでいただきありがとうございます。

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