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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第零章 人狼の相棒
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とある男達の会話

 







「ふざけるな!しくじっただと!」


 男の一人が声をあげる。だが男という表記が正確かはわからない。人狼ということを加味すれば雄という表現が正しいかも知れない。理性をなくし、ただ相手を非難するその雄は男と呼ぶにはあまりに愚かだった。


「そうはいいますけどね、旦那。こちとら武装した男を10人以上送っているんですよ。しかも手負いと聞いていたのに。ところがどうです?その人狼はピンピンしてたみたいですぜ」

「言い訳をするな!こちらがどれだけ森を与えたと思っているんだ。奴が帰ってくれば、また襲われるぞ。今までのように森の恩恵を受けることもできなくなる」

「そいつは困りますねえ。いずれにせよ、対策は打たなければ」


 もう一人の男はまごうごとなき人間であった。理知的であり、合理的であり、なにより狡猾であった。


「しかしあんたでも敵わない相手を、人間が相手しようっていうのは中々難しいですね」

「何っ、俺は負けたわけじゃ……」

「分かってますよ。ただこっちとしても奇襲がきかないんじゃ打つ手がないってことです」


 男は続ける。


「……以前のように、どこかへ誘導してくれませんかね?そしたらこっちとしてもやりやすいんですが」

「どういうことだ?」

「旦那は彼とは見知った仲なのでしょう?でしたら彼と会い、誘い出すなりしてください」

「しかし……」

「こっちがリスクを背負っているのに、そちら側が動かないというのも、ねえ」

「お前、脅す気か?それなら……」

「……食糧」

「っ!?」

「森が減って苦しいでしょう?人狼は大食いで有名ですから。家畜、欲しくないんですか」

「それは……」

「食糧を調達できる人間に頭は上がらないでしょう?それに目の上のたんこぶを今度こそ始末できるんです。いい案じゃありませんか?」

「…………」


 男は人狼が黙っているのを確認すると、地図を一枚取りだし、とある場所に印を付ける。森の中にぽかんと開いた場所。少し丘になっているその場所に印をつけた。


「部下によれば二日の内にこの森へは来るそうです。じゃあその人狼が到達したその日の夜に、この丘に誘い出してください。罠を用意して仕留めます」

「………」


 男は人狼の返事を待たずにその場を去る。ただ人狼はその地図をみつめていた。


 小屋の外には男の部下が待機していた。


「……いいんですか?あんな……」

「しっ」


 話し出す部下に静かにするように男は指を立てる。そして手帳に書いて見せた。


『人狼の耳はいい。筆談で伝えろ』


 部下はペンを受け取り、書き込む。


『あいつの言うこと、いつまで聞くつもりですか?』


 男は笑みを浮かべて首を振る。


『これが最後だ。そろそろあの森全部をいただく』


 男は部下にそれを見せると高らかに笑ってみせる。部下もそれを見てうれしそうに笑うと他の連中も引き連れ、男の後をついていった。

















「ところでさあ」

「何だ?」


 森へ向かう道中、佐三が人狼に話しかける。


「お前、どうして名前を教えないんだ?」

「……好きに呼べと言ったであろう」

「じゃあ、バカ犬でもいいよな?」

「なっ!?犬と呼ぶな!失礼であろう」

「じゃあ、教えろよ。面倒くさいな。お前は俺の彼女か何かか?そこまで察する義務はないはずだぞ」


 佐三は呆れたように言う。


「仕方ないであろう。名は神聖なのだ」


 人狼が答える。佐三はさらに呆れたような態度で笑った。


「馬鹿だな、互いを区別するためのものなのにそれを言わないんじゃ本末転倒じゃないか」

「それが村のしきたりだ!それに村の連中は知っている」

「名前の機能は初対面の人間に区別してもらう時にこそ発揮されるものだろうが」

「……ええい、うるさい。そういう決まりなのだ」


 佐三はただただ呆れたように両手のひらを広げると人狼は拗ねたのかそれ以上は言わなかった。


(しかし、奴らはこの人狼がターゲットであることを明確に知っていた。『ベルフ』と言ったか?おそらくはこいつの名前だろう。だとして、何故あいつらが知っていたんだ?)


 佐三は昨日の尋問のことを思い出す。佐三は人狼に声が聞こえることのないように声の量と場所を選んで行っていた。だからこそ隣に歩いている人狼に対していくらかの情報的優位を得られていた。


 得られた情報としては、まず狙いがこの人狼であったことがあげられる。この情報に関しては既にこの人狼とも共有している。


 しかし狙いが人狼という種族ではなく、この人狼個人であることまでは説明してはいない。人狼という存在・種族がいるから排除するのではない。この『ベルフ』と呼ばれている人狼を排除することに意味があるのである。これはもはや暗殺以外の何者でもない。


 しかしそれだと話がおかしくなる。何故ならばこの人狼個人を狙う人間が存在するはずがないからである。人狼と利益関係にあったり、何か個人的な恨みを買っているのであれば分からなくもない。しかし私怨であれば売り渡すというのはおかしく、利益関係を疑うにはあまりにもこの人狼は人間との関係が希薄であった。


(となると話は見えてくるな)


 佐三は横にいる人狼をみつめる。


 トップに立つ以上、誰かしらの反感は買う。そこにリーダーシップがあればあるほど、有能であればあるほど敵は増えるのだ。それを佐三は自らの経験から知っていた。


 逆に言うのであれば敵がいないということはその人間はトップとして見られていないも同義であるとすら言える。何かを動かせば必ず軋轢は生まれる。何かを変えようとすればそれを嫌う人間が大勢いるように。


(だったらこれは必然かも知れないな)


 佐三は頭を書きながら遠くを眺めた。どこまでも続く平野、しかし遠くには山も見える。その山の麓、その森に彼の村があるという。見る限りではあと2時間も歩けばつくだろう。


「まっ、行ってみなければ分からんか」

「何がだ?」

「現場主義だよ。なにごとも考えだけじゃ視野が狭まってしまうってね」


 要領を得ない人狼を無視しつつ、佐三は空を見上げる。


 文明に汚されていないその空はどこまでも清く、美しかった。










読んでいただきありがとうございます。

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