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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第零章 人狼の相棒
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見えない鎖

 




「そんで、自分の村に帰るためにお金を貯めることにして、しばらくあの男に仕えることにしたってわけかい?」

「……そうだ」


 酒場の夫人の言葉に、人狼は少し小さめの声で応えた。


「かー。あんたも面倒くさい男だね。助けてもらった恩義に報いたいからって言えば良いじゃないか。それにあんたが住処にしている森、別に遠くないんだろ?さっと行って無事を知らせて、それからあの男に義理を果たせば良いじゃないか」

「……うるさい」


 これだから女はやかましい。この事実は人間だろうと人狼だろうと関係ないようだ。人狼はそう思った。


 とある昼下がり、開店を前に準備をする酒場でその人狼は働かされていた。準備の段階ではこの酒場の働き手は一人で十分であり、この間佐三は外に稼ぎに出ている。一体どこでなにをやっているのかは分からない。しかしそれなりに稼いではいるようであった。人狼が食べる食費の分くらいは日々稼いでいる。


(村に帰ったとして、『人間に助けられてその恩義のためにこれから奉公しに行く』などと、どの口が言えるのだ)


 人狼は心の中でそう思いながら、ぐっと自分の感情を抑える。自分が村にいたときでさえマトには口喧嘩で敵わなかった。ここでも夫人に口答(くちごた)えしないほうがいいだろう。


 どうして女というものは口がここまで回るのだろうか。人狼には不思議でしょうがなかった。


 それに彼女の言うことも間違っているわけではない。自分が面倒なことを考えている、そんなことは重々承知であった。村に帰ることを優先するのであれば、今すぐ逃げ出せば良い。枷もなく、見張りもいない奴隷なんてものはむしろ逃げない方が不自然だ。


 しかしそんなことはできない。むしろ枷がないからこそできなかったとまで言える。


 佐三はこの人狼を対等の存在とみなし、命を賭けてまで救ったのである。それは佐三が人間であっても変わらない事実である。そんな状況で逃げ出したりしてみれば、それこそ恥知らずの負け犬である。


(クソっ……あの男はそこまで考えていたって言うのか?……おっと危ない。また壊す所だった)


 人狼はそんなことを考えながらテーブルを拭いていく。先日力を入れすぎてテーブルを一つ破壊してしまい、弁償は佐三が代わりにしていた。彼は嫌み散々言っていたが、その金払いは見事なほどあっさりしていた。こういう部分でも着実に佐三に負い目を感じてしまう。


「まったく、見えない鎖にとらわれているみたいだ……」

「ほら、さっさと手を動かす」


 夫人に急かされながら、人狼はひたすらに労働にいそしんだ。













「え?あの人狼を手に入れた場所ですかい?」

「ああ」


 酒場の仕事を人狼に押しつけた佐三は、かの奴隷商のところで話をしていた。奴隷商は教えるかどうか迷っていたが、今後のためになるかもと教えておくことにした。


「少し北にキトの森と呼ばれる深い森があります。そこで捕まえたと言っていました」

「言っていた?ということはあんたが捕まえたわけじゃないんだな」

「ええ。人狼を捕まえようなんて馬鹿は、普通はいません。森は彼等のテリトリーですし、万が一平原に出てきたとしてもすぐに逃げられてしまいます。ただしもう捕まえたというのならば、話は別です。少し高く付きましたが、仕入れてみました」

「成る程ね」

「もっとも、結果としては失敗でしたけどね。結局200枚どころか、随分と安く買いたたかれましたからね」


 奴隷商は皮肉交じりに佐三に言う。佐三は笑いながら答える。


「馬鹿を言うな。俺が民衆をおさめたんだから、安くして当然だろ?それに銀貨数十枚でも売りたいって言ったばかりじゃないか」

「それは言葉の綾でして……」

「それにいい宣伝になっただろう?聞くところによると名前が売れたみたいじゃないか。商品単体としては赤字でも、店のトータルとしては元が取れてる。そうだろ?」


 奴隷商は「ぐぬぬ」と言葉に詰まっている。佐三の言い分には筋が通っているが根本的な前提が抜けていた。


 佐三はあの場で支払いを済ませたわけではないということである。


「こいつの手当が先だ。大丈夫、踏み倒したりはしない」そう言って人狼を連れ帰った佐三はきちんと翌日に支払いに来た。しかしここで問題だったのは人狼を後ろに控えさせていたことである。


「枷も付けずに、ましてや手負いの人狼を連れてくるなど正気の沙汰ではない」


 奴隷商は当時内心でそう叫んでいた。


 結果として人狼が何かをするようなことはなかったが交渉は終始佐三に有利に進められた。それもそのはずである。奴隷商も、それ以外の警備や従業員も、皆今すぐにでも帰って欲しいと願っていたのだ。交渉どころではない。


 一方で佐三の肝は異常な程据わっていた。後ろに人狼がいようが関係なしに値切っていくその姿は商人としては褒められるべきだろう。人間としてはネジが外れているとも言えるが。


「まあ、いいでしょう」


 奴隷商はそう言うと最後の荷物を馬車に載せる。商品は全て売ったのだ。また地方に行って仕入れてこなければならない。奴隷商の仕事は大量の金は動くものの、それなりに重労働であった。


「ところで佐三様」


 奴隷商が尋ねる。


「何で彼はあなたの言うことを聞いているので?鎖も付けず、人質もないのに」

「ああ、それか」


 佐三が少しだけ悪い笑みを浮かべて答える。


「別に脅しだけが交渉じゃないのさ。例えばそいつの自尊心だったり、執着だったり、快楽だったり。何かしらの感情や主義、思想を利用してそいつの動きをコントロールすることはできる。人権という概念がないこの世界では暴力で事足りるわけだが」

「それはまたどういう意味で?」

「あの人狼の場合は、『誇り』という部分だ。見下していた人間に助けられ、鎖も付けずに怪我の手当までしてもらっている。そんな状況で、「はい、逃げましょう」なんてしてみろ?奴のプライドなんてものは吹き飛んでしまう」

「しかし、人間ならまだしも相手は獣人ですよ?」

「関係ないさ。むしろ動物だからこそよりそういった本能に忠実かもしれない。まあ勿論リスクはあったがそれだけのメリットもある」

「というと?」


 佐三は少し頭をかき、考える。ペラペラと話して良いものかと考えたが、味方は多い方がいいという決断にいたった。


「……財産の防衛さ」

「……なるほど」


 それは商人だからだろうか。奴隷商は異常な程早くにその言葉の意図を理解した。財産権が存在しない世界において、暴力こそがその防衛策である。その意味ではかの人狼は適役ではあった。もっとも「言うことをきかせることができる」という条件付きではあるが。


「私はてっきり、何か情のようなもので動いているのかとも思いましたが……いやはや、考えが甘かったみたいですな」


 奴隷商が笑いながら話す。その笑顔に対して好印象は抱かなかったが、商人としての基礎を踏まえている部分に関して佐三は評価していた。


「まさか……ありえませんよ」


 佐三が笑って続ける。


「商人は利によって動くのですから」

「……間違いありませんな」


 奴隷商はそう言うと馬車に乗り込む。馬車はすぐに動き出した。


「……さて、俺も帰りますか」


 佐三は回れ右して、歩き出す。また備品を壊してはいないだろうか。そんなことが頭をよぎった。










読んでいただきありがとうございます。

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