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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第零章 人狼の相棒
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そして時は動き出す

 





 ポタポタと血が垂れている。鉄輪についたトゲが深くめり込んだのだろう。いつもより出血が多い気がした。


 二日連続で失敗した。もう猶予は残っていない。明日にも処分されるだろう。


 それだからなのだろうか。普段は一応最低限の応急処置を施してもらえたが、今日に至っては傷がそのままであった。


「やれやれ……ゴホゴホッ」


 声を出そうとするも咳き込んでしまう。どうやら声が上手く出せないらしい。それが傷によるものか、はたまた雨に濡れた事による風邪によるものか、人狼には分からなかった。


(落ちぶれるところまで落ちてしまったな)


 人狼にはもはや乾いた笑いしか出てこなかった。嘆くにはあまりにも情けなく、憤るにはもう体力が残っていなかった。ただうつろな目で周囲を見渡し、寝転がった。


 夜は基本的にテントの中に収容されている。そのためいくら見上げても月は見えない。人狼にはそれだけがここでの不満だった。


 せめて最後の夜ぐらいは、村の皆と同じ月を見ていたい。切にそう思った。


(しかし今夜は寒いな……)


 人狼はそう思い周りを見る。既に見慣れた景色ではあるが、少しぐらい暖がとれそうなものがないか探した。


(あれは……)


 人狼は乾かしていた外套をとる。あの奇妙な男が置いていった外套だ。人狼はおもむろにその外套を手に取った。


(人間が使った物とはいえ、物に罪はないか。それに最後の夜ぐらい、拝借しても良いだろう)


 人狼は外套を羽織り、再び腰を下ろした。


(やれやれ……瞼が重く……)


 それは疲れからだろうか。それとも血を失いすぎたためか。いずれにせよ体力の限界に来ていた人狼は瞬く間に夢の世界へと意識を旅立たせる。


 いつぞやの男が置いていった外套に身を包み、体を丸めて眠りこけた。













「おら、起きろ!」


 水をかけられ意識が覚醒する。水で起こされるのはいつものことだ。普段は大して眠れていないので別に気にならない。


 しかし今日ばかりは少し違った。深く寝入っていたのか急な目覚ましに苛立ちすら覚える。こんな感覚は捕まって以来はじめてだ。久しぶりによく寝た気がした。


「今日売れなかったら、お前を処分する。いいな!」


 そう言うと奴隷商は足早に去っていく。既に売れ残った奴隷は人狼だけとなっている。これ以上市場(いちば)に場所をとるのも無駄である。それは奴隷の身分としてもよく分かった。


「さて……いくか」


 人狼はかすれた声でそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。








 結論から言うとあちこち怪我をしている上に何度も暴れている人狼は、最後まで売れることはなかった。王都の人間もバカではない。いくら物珍しくても、わざわざ大金をドブに捨てることはないのである。それどころか自分の身に危険が迫る可能性すらあるのだから、もはやバカでも買ったりはしないだろう。


 今日に限っては人狼も暴れることはしなかった。というよりはできなかった。喉はかれ、吠えることすらもできない。狼の姿になれるか、それすらも怪しかった。


 しかし今日に至っては普段と違うことがあった。日が暮れ始めるにつれて少しずつ民衆が集ってきたのである。


 人狼は周囲の様子を観察する。大きな斧を持つ処刑人の他に、ボウガンや剣、様々な武器をもった人間達がいる。それでおおよそのことを察することができた。


(なるほど……俺の処分を見世物にしようって事か)


 売れないならせめて、広告にでも使おうというのだ。商人と言うのはとことん商魂が逞しい。利で動き、できるだけ得しようとする。そこには善悪や誇りという概念は存在しない。損得勘定という絶対の勘定で動く。それが商人と言うものだ。そんな連中を人狼は人間の中で特に嫌っていた。


「さあ、皆さんお待たせしました!これより人狼の公開処分を行います!」


 群衆がそれを聞いて騒ぎ出す。どこまで腐ればこのようなことに歓声をあげられるというのか。人狼はただただ人間達に軽蔑の眼差しを送った。


 幾人かの男達が前に立つ。ボウガン、ナイフ、ハンマー、剣、それに斧だろうか。商人は何人目で死ぬかで賭け事をはじめていた。


(なんて連中だ。吐き気がする)


 人狼は思い思いに金を賭けていく群衆を心底軽蔑する。しかしそんな人狼の心境などだれも気になどしていなかった。


 ボウガンの男が前に来る。はじめの一人なのであろう。聴衆の歓声に合わせて男はボウガンの矢を放つ。


「オーー!!」

「見ろよ!人狼の体が鉄みたいに硬いってのは本当みたいだぜ!」


 人狼の足下にボウガンの矢が落ちている。もっとも人狼の体が硬いというのもあくまで狼の姿の時であり、人間の姿ではその力は落ちる。単純にこの人狼が個体として強靱なだけであった。


「次はナイフだ!」

「流石にこれは無理だろ!」


 ナイフを持った男が近寄り、その刃を突き立てる。今度は浅くはあったものの確かにその肉体に突き刺さった。


「グアァアアア!」


 声にならない声を人狼があげると歓声はいっきにそのボルテージを上げる。


 間髪入れずにハンマーで叩かれる。意識がほとんど飛びそうになった。


(まだだ……失神したまま死ぬなど……)


 人狼は立ち続ける。せめて誇り高くあろうと。


 その様子を見て剣をもった男が前に来る。流石に剣を刺されれば、死ぬことは間違いなかった。


(あと少しだ……耐えろ……)


 その一突きで死ぬ。そう思った。


 しかしいつまで待っても痛みは来なかった。


「ん?なんだ?」

「誰だ、あいつ?」


(…………?)


 人狼は既に意識が朦朧としており、何が起きたのか理解できなかった。


 誰かが目の前にいる。しかし既に音は遠く、目はかすんでいた。


 しかし何故だろうか。人狼はそこに誰がいるのか分かる気がした。目は塞ぎ、耳は遠くても、その臭いは知っている気がした。


「主人、この人狼を私に譲ってくれないだろうか?」


 男が悠然と奴隷商に問いかける。奴隷商は急なことに慌てていたが、群衆が黙っていなかった。


「なんだ、お前。引っ込めよ」

「そいつはもう殺すんだ!」


 群衆が口々に文句を言う。しかし男は動じることなく、ただ一言口にした。


「黙れ」


 その冷たい目、低い声に群衆の声がピタリと止む。一体どんな経験をすればこんな芸当ができるのだろうか。奴隷商はゴクリとつばを飲んだ。


 男はまっすぐ人狼の目を見ている。その黒い瞳はどこか冷たく、どこまでも深い暗闇のようだった。


 しかし同時に何か温かさも感じた。理由などない。ただ自分の本能がその男に何かを感じていた。


「……サゾー」

「名前を覚えていてくれたか。大変光栄だ」


 佐三はそうだけ言うと小さく笑う。



 時が動き出した。








読んでいただきありがとうございます。

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