変わるもの、変わらないもの
それからというもの村長に付いて王都に出向くのは佐三の仕事になっていた。別に王都に畜産物を運ばなくても収入は基本的に村で山分けされるのだ。基本的にはどこの家も労働力を惜しんで行かせたがらない。しかしそれが佐三にとっては良い方向に働いていた。
(まずは資本を貯めなくては)
佐三は普段村では懸命に働き、王都には村長と共に足繁く通った。初めは王都で商売ができないか画策したが、どうやらギルドの承認が必要らしく、それには途方もない額のお金が必要であった。
「みなさん!王都で品物を仕入れてきましたよ!買いませんか?」
しかしそれでやめるようであれば佐三は経営者として成功はしていない。佐三は先日得た銀貨を元にいくらかの商品を仕入れて村へ持ち帰る。王都でものが売れなくても、村で売る分には問題ないと判断したためだ。
それに加えて佐三は村長に代わり、村の必需品の調達も行うようになった。従来通りの金額を村の住人から徴収して、王都で買ってくる。通常これだけでは利益など出ないが、ここに佐三の手が加われば話が違う。
例えばまず村長は情報を十分に入手できていない。そのため選択肢がなく比較的高い値段で仕入れを行っていた。その一方で佐三はきちんといくつもの商店を見て回り、一番良い条件で商品を仕入れていた。
加えて交渉の余地も十分にあった。佐三は必ず王都の市場動向を入念にチェックしてから商店に赴いている。そのため商品が余っているようであれば交渉して値段を下げてもらっており、その交渉も比較的成功していた。
こうして生まれた差額はそのまま佐三のポケットに入った。村の人々からは調達を代わりにやってくれたと感謝され、自分は着々と資本を貯めていく。一挙両得の状態がしばらく続くことになった。
「サゾウ……」
「ん?ああ。入れよ」
こうした変わらない日常の中で変わったこともあった。以前佐三の膝に抱きつきながら泣いていた少年が夜な夜な佐三のところに来て寝るようになったことである。
彼は佐三が居候している農家の家に住んでいる子ではあるが、どうやら親は違ったらしい。野盗の被害に遭って命を落とし、今はこの家で面倒をみてもらっているのだとか。それで甘える相手がいなかったのだろう。あの日、佐三の元に来て泣いていたのはそのためである。
「えっく……えっく……」
「…………」
今日も今日とて佐三のそばで声を押し殺して泣いている。無論佐三は同情などせず、むしろうっとうしいくらいには思ってはいた。
しかし借りている物置小屋はあまりにも寒く、この村で最低限孤立しないための方策として味方はいた方がいい。それに都会の喧噪になれた佐三としてはこの村の夜は静かすぎる。隣で寝息を立ててもらった方が佐三としては丁度良い。佐三はそんな理由から、少年の自由にさせていた。
「…………」
「…………」
泣き止んだのだろうか。佐三は特に気にすることもなくただこれからのことについてぼーっと考えていた。
(少しずつ気温も上がってきた。きっと春が近づいているのだろう。次に王都に行って一稼ぎして帰ってきたら、この村に別れを告げよう)
佐三の中でこの村に居続けるという選択肢はなかった。一見ずっとここにいればリスクが回避できるように見える。しかし賊の存在が当たり前の世界で現状維持はそれだけでリスクだ。資本を貯める上で一番大切なのは外敵に資産が奪われないことである。佐三はそれをよく分かっていた。
しかし出て行く本当の理由は実のところ別にあった。ただただ嫌だったのである。現状維持と慣習を絶対とするこの村社会特有の空気が。これは別にこの世界でも、元いた世界でも変わらない感覚であった。
(金もそれなりに貯まってきたし、王都でいくつかコネも見つけたしな。働いていくことはできるだろう)
そんなことを考えている時だった。
「サゾウ……」
「ん?何だ?」
横で丸くなっている少年が話しかけてくる。
「なんで僕はこんななの?」
「……………」
佐三は少年が言わんとしていることは重々分かっていた。しかしそれを認めようとも、同情しようとも思わなかった。
「お父さんも、お母さんもいない。僕に唯一優しくしてくれたお姉ちゃんも……」
「…………」
バカなやつだ。佐三は率直にそう思った。
どうして気付かないのだ。それが力なき故であると。どうしてそれを神様だの、運不運だののせいにしようとするのか。そんなものありもしないというのに。
「僕なんか……生まれてこない方が……良かったのかな?」
しかしその言葉がきっかけだった。
「ふざけるなよ……」
「え?」
佐三は体を起こし頭をかく。少年も不思議に思って体を起こした。
「どうしたの、サゾウ?」
佐三は何も言わずに少年の方に向き直ると、強い力で少年の胸ぐらをつかんだ。
「てめえ、ふざけるなよ」
「痛い、サゾウ。放してよ」
佐三は続ける。
「いいか?お前が不幸なのはな、誰の所為でもない。お前が弱いからだ」
「なっ」
「悔しかったらな、辛かったらな、自分の手で道を切り開かなくちゃならないんだ。その勇気すらないくせに、グチグチ言うな」
佐三はそれだけ言うと少年から手を放し、少年に背を向けて横になる。少年はどうして良いか分からず再び声を押し殺して泣いていた。
普通の子供は声を押し殺して泣いたりはしない。大きな声で泣けば誰かが助けてくれる。だからこそ子供は泣くのだ。
しかしこの少年はそんなことはしない。それはきっと、誰も助けてくれないことを知っているからだ。それはきっと、泣けば泣くほど辛い思いを、痛い思いをすることを経験でもって知っているからだ。
それは躾の跡だろうか。その痩せ細った少年の背中に大小多くの傷跡があることを佐三は知っている。
小一時間経った頃だろうか、少年は疲れたのかすやすやと寝息をたて始めた。
(ふざけやがって……)
佐三は軽く後ろを確認してから仰向けに寝転がる。何もかもが嫌な気がした。田舎特有の臭いも、その現状維持的思考も、大きな声で泣き声をあげることすら許されてこなかった少年にも。
隠している銀貨を確認する。その枚数は既に500枚は超えていた。この量であれば王都でも一月は暮らせることを佐三は知っている。
(早く寝よう。さっさと出て行くためにも、一日も無駄にはできない)
佐三はそう思い目を閉じる。隣からは少年の寝息が聞こえた。
今日は妙に耳に障る、佐三はそう感じた。
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