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異世界の愛を金で買え!  作者: 野村里志
第一章 猫の花嫁
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異世界から来た経営者




 町から少し離れた野営。そこにイエリナはいた。


 自らを脅し、妾となるように仕向けてきた小領主にその提案を飲むことを伝えるためである。


 イエリナがやってきたことが報告されたのであろうか。イエリナが待たされてから半日ほどして、小領主みずからが野営までやってきていた。


「町の長、イエリナと申します。小領主様のお誘いを受けるべく、ここまで来ました」

「ほう。やっと靡く気になったか。手のかかる女よ」


 イエリナは静かに目の前に居座る腹の出た男を見る。口ひげを蓄え、光り物で固めたその男は下品な笑みを浮かべてイエリナを見ている。これからこの男に奉仕して生きていかなければならないと考えるとそれだけでめまいが起きる気がした。


「つきましては、約束通り包囲の解除をお願いいたします」

「まあまあ、そうはやるな」


 小領主はなだめるように言う。


「その前にお主が私の物となったことを町の連中に報告せねばのう。包囲を解いた瞬間に、猫どもに噛まれてしまってはなわん」


(ちっ、人間め。ずる賢いことにばかり頭が回る)


 イエリナはもくろみが一つ外れ、心の中で恨み言を述べる。イエリナがやってきたことに喜び、すぐに包囲を解くようであればまだ手はあった。


 しかしこの小領主はそこまでバカではなかった。


 イエリナは今の状況をよく理解していた。現状、包囲されている上に人質まで取られている。この劣勢を覆すことは既に不可能に近い。若い男衆はその多くが命を失っており、戦える人数も限られている。とても犠牲なしに勝つのは不可能であった。


 そして問題は他にもある。この問題が大事になったときの話である。もし小領主の悪行を大領主に訴えたとする。しかしこの地を狙う小領主は一人ではない。近隣の小領主達もあわよくばと猫族の女達を狙っている。


(おそらく、ここ周辺の小領主達は裏でつるんでいる)


 イエリナはかねてより、包囲が継続され続けていることが疑問であった。本来、一人の小領主がこんな働きをすれば商人の行き来が制限され周囲の小領主にまで不利益が及ぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 犠牲を払い、戦いをおこして仮に勝ったとする。しかしその時にまっているのは小領主達による口裏合わせの証言で、猫族が内乱を起こしたという話がでっちあがるだけである。大領主は人種的な差別意識は大きくないが、かといって優遇をしてくれるわけでもない。


 この町が生き残る目はないであろう。


 つまりイエリナ達猫族は戦力的にも政治的にも劣勢にいるのである。


(クズ……本当にクズたちだ……)


 猫族の町や猫族自身にどの程度の価値があるのかイエリナは知らなかったし、気にもしなかった。ここまで人々を苦しめてまでやる価値のあることがこの世にあるとは思えなかったのである。


(それとも獣人種はヒトではないと言うのか?例えそうだとしても、どうしてこのような仕打ちができるのだ)


 イエリナは周囲に見える猫族達を横目で見る。口は猿轡をはめられ両腕を縛られ、体中に痣が見受けられた。人数が少ないことからおそらく何割かは売り物にされるべく移送させられたのであろう。イエリナは自分の無力さを恥じると共に、激しい憎悪にかられていた。


「さあ、こちらへ」


 イエリナは手錠と首輪をはめられ、馬車に乗るように促される。


(まるで奴隷だな。拘束具がなければこんな女子の獣人族とですら満足に話せないのか)


 小領主は「グイヒ」と汚らしい笑みをうかべつつ馬車に乗り、イエリナの顔と身体を物色している。その視線にさらされているだけでイエリナは吐いてしまいそうであった。


 馬車がガタゴトと揺れ始めた。







「見ろ!人間達の馬車だ!こっちに向ってくる」


 町の見張り台にいる猫族の女が周囲に警戒を呼びかける。町の住人達はとうとう攻め込んで来るのだとそれぞれに慌てながら家に戻った。イエリナの従者達は行方が分からなくなったイエリナの捜索を一時中断して、武器を取って持ち場についた。


「誰か出てきたぞ。あれは…………イエリナ様!?」

「間違いない。イエリナ様だ」


 物見の声に驚き、下にいた従者や、町の住人の一部も高所に上がり門の外を見る。そこには美しいドレス身に纏ったイエリナと、忌まわしき小領主がいた。


「イエリナ様……何故あんなところに?」

「見ろ!拘束されている!今すぐ助けなければ」


 いくらかの従者が今にも飛び出して、戦いを挑もうとしたとき、不意にイエリナの声が響いた。


「武器を下ろせ!」

「………っ!?」


 猫たちはイエリナの言っていることが分からず、うろたえる。


「これで……良かったでしょうか?」


 イエリナはうつむきながら小領主に確認する。小領主は上機嫌に頷いていた。


「良いぞ良いぞ。では門も開けるように指示するのだ」

「……っ!?……それは……」

「なんだ?できないのか?」

「話が違います。妾になれば住人達の命は助けてくれると」

「別に助けないとは言っていないであろう?ただ話し合うにも開けてもらわなければ。のう?」


 小領主はゲラゲラと笑う。そこでイエリナは残されたわずかな希望も、存在しなかったことに気付いた。


(バカな女だ。本当に私は……)


 イエリナは黙って下を向く。横では銃が構えられている気がした。


(銃まで用意していたのか?つくづく人間は……)


「さあ、さっさと門を開けるように伝えろ」


 イエリナの意志は決まっていた。


「残念だが、この町の長として、猫族の女として、自分の命のために仲間を売ることはできない」

「そうか?だが町の連中はどうかな?」


 小領主はそう言うと兵士の一人に指示を出す。


「聞こえるか!猫族の獣人ども。この女を助けたくば、門を開けろ!」


 兵士が大声で叫ぶ。彼女たちはおそらく開けてしまうだろう。イエリナはその前に動いた。


「せめてその首もらい受ける!」


 イエリナは目にもとまらぬ速さで小領主に詰め寄り、ツメを振るう。首元を切り裂いたが傷が浅かった。


(ちっ、もう一回!)


 イエリナは追撃をしようとする。しかし首に付けられた鎖を兵士に引っ張られ追撃は失敗した。


「くそっ!この女、よくも!殺せ!殺した後に剥製にしてやる!」


(ごめんな、みんな……)


 イエリナは最期の時と感じ、小領主をにらみつける。兵士が周囲を取り囲み剣先をイエリナに向けている。そしていくらかの鉄砲兵がイエリナに銃を向けていた。


(最期に見る顔が、こいつのような顔とはな)


 銃声が響く。獣人族で耳の良いイエリナはその張り裂けるような音に一瞬めまいがして視界が歪んだ。


(これが……死か……)


 イエリナは来るであろう痛みを待つ。音と衝撃で意識がもうろうとしていた。しかしいつまで経っても自分の身に痛みが走ることはなく、感覚が徐々に戻ってくると自分が抱きかかえられていることに気付いた。



「鞍もない狼に乗りながら、間一髪で女を助けるとは……いやはやスパイ映画のヒーローもびっくりだ」



 男の声がする。


「馬鹿言え、俺があわせてやったんだ、サゾー。感謝しろ。それに減速したせいで何発か銃弾を喰らっちまった」

「我慢してくれ。お前の毛皮は安い銃弾ぐらい弾くんだろ?」

「だがあの安鉄砲でも痛いものは痛い」

「分かったよ。ちゃんと労災を下ろす。うちはホワイトだからな」


 徐々にはっきりとし出す意識の中で、見えたのはかつて見た不思議な商人の顔であった。


「お前は……」

「大丈夫か?今下ろしてやる」


 ベルフは頭を下げ、サゾーはイエリナを抱えて地面におり、イエリナを下ろした。佐三が目で指示を出すとベルフはイエリナの首と手についている鎖をかみ砕いた。


「これで多少動きやすいだろ。首輪についてはもうちょっと我慢してくれ」

「あ、いや」


 イエリナは突然の出来事に言葉が出なかった。


「誰だ、お前は!何の権利があって私に楯突く!」


 小領主はカンカンに怒り、騒いでいる。周りの兵士は剣を構え、臨戦態勢に入っていた。


「どうやらこの世界の銃は単発式、それも次弾装填には時間がかかるようだな」

「サゾー、のんびりはしてられないぞ」

「わかってるって。だが、挨拶はしておかないとな」


 佐三はひるむことなく、前に進み、はっきりとした声で名乗りを上げた。



「私の名は、松下佐三。異世界から来た経営者だ」


 佐三は「そして……」と続ける


「そして、彼女の夫となる者だ。俺の女に手を出したんだ。戦う理由としては十分だな」


 

 物語が、動き出した。




読んでいただきありがとうございます。

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