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88.夜の国の使者

 私とオスカーは、カウカシアと夜の国の国境を歩いた。二人の小汚い傭兵崩れの男たちを連れて。

 向かっているのは、オルスティン山で遠征をしている第一騎士団の基地だ。

 背の高いほうの男が、青ざめた顔で私を見つめる。


「お許しください、美しい人。どんなことでもしますから、どうか第一騎士団に突き出すのだけはご勘弁を……」

「もし俺たちが第一騎士団に捕まったと知ったら、ローラハム公が俺たちにどんな仕打ちをするか……」


 男たちの声は弱弱しく、命乞いをしているようだった。


「フン、いいザマだ」


 オスカーは怯える二人をせせら笑ったものの、少しだけ不安そうな視線を私に向ける。


『こいつらを第一騎士団に引き渡して、本当に大丈夫なのか?』


 私だけに聞こえる声で、オスカーは私に耳打ちした。黄金の瞳が不安そうに揺れている。

 

『私に考えがあるの。大丈夫よ、任せて。利用できるものは全て利用するだけよ』

『でも、もしエリナは……』

『ローラハム公に私が夜の国にいることがバレるって心配してるの? 大丈夫よ。この姿だったらさすがにバレないわ』


 私は両手を広げて微笑んだ。今の私の姿は、成長した二十代くらいの女性の姿だ。いつもの10歳のエリナ・アイゼンテールではない。この姿の私を知っているのは、オスカーと、魔法の師匠であるユフディとグラヴィスだけだ。その上、私もオスカーもフードも目深に被り、目の色も髪の色もわからないようにしてある。そう簡単に正体がバレるとは思えない。

 それでも、オスカーは心配そうだ。


『やはり、ヤツェクのところに、引き返そう』

『でも、お父さまは私の好きにすれば良いっていったじゃない』

『ヤツェクはエリナが無茶をする性格なの、知らない……』


 オスカーが首を振ったその時、二人分の足音が聞こえた。こちらに向かってきている。オスカーと私は目配せをした。

 すぐに、二人の騎士が森の奥から姿を現す。


「おい、お前たち、止まれ! ここで何をしている!」


 私に声をかけたのは、顔じゅうにそばかすのある兵士だった。確か、婚約者のシルヴァと仲の良いフィンという名前の兵士のはずだ。懐かしい顔に一瞬顔がほころびかけたものの、私は顔を引き締めて、ぎゅっとマントを目深に被った。


「この二人は、魔物の密猟者です。捕らえて連れてきました」


 私はなるだけ低い声で言う。オスカーがぐいっと二人組の男をフィンの前に押し出した。

 フィンと、もう一人の騎士が困惑した顔をする。


「密猟者だと!? 俺たちがどんなに探索しても、足跡くらいしか見つからなかったのに……」

「事情は後で話します。……私たちを、騎士団長のもとに連れていってください」


 私の重々しい一言に、二人の兵士が困惑したように顔を見合わせた。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


 騎士団の狭い簡易的な基地は、かつてない緊張に包まれていた。謎の二人組が、前触れもなく魔物の密猟者を連れて現れたのだ。


(まあ、警戒されるのも無理はないわよね……)


 数人の騎士たちが、出入り口をふさぐように立っている。厳戒態勢、ということだろう。騎士たちの中に、一瞬シルヴァの姿を探したものの、いないようだった。

 私の目の前にいる騎士団長は、傷だらけの顔に鬼のような形相を張り付けていた。眼前にいる者に、底知れぬ緊張を与える気迫がある。さすが、カウカシア王国第一騎士団の長だ。騎士団の演習所で話した時は朗らかで陽気なおじさん、という印象を持ったものの、状況が違えばこれほどまでに人は豹変するらしい。

 緊迫した空気の中、密猟者たちは必死でがなっていた。


「俺たちは被害者だ! そいつらは夜の国の賤しい魔物だぞ」

「そうだ、酷い目に遭わされたんだ! お前らはこの国を守る騎士なら、国民であるおれたちも守って助けてくれ!」

「血も涙もない卑劣な魔物は殺せ!」


 あまりの物言いに、オスカーが苛立った顔で密猟者たちを一睨みする。途端に二人は怯えた顔をして静かになった。

 

「して、お前たちは、誰だ?」


 挨拶もなく、騎士団長は藪から棒にそれだけを言い放った。

 オスカーは憮然として鼻を鳴らしたが、私は折り目正しく腰を折る。

 

「突然の訪問、申し訳ございません。私たちは、夜の国の使者です」


 夜の国、という言葉に、回りの騎士たちがざわめいた。驚くのも無理はない。カウカシアの長い歴史の中で、今まで一度も夜の国が使者を送ったことはなかったのだから。


(まあ、夜の国っていったって、実務的なことは全部お父さま一人でやっていたものねえ……。使者を送ろうにも、大臣はおろか、召使いさえもいないわけだし)


 もちろん、そんな夜の国の事情を知るはずもなく、騎士団長は私の言葉の真意を理解するために、しばらく黙考していた。ここで騎士団長が発言した言葉は、必然的にカウカシアを代表しての言葉となる。迂闊なことは言ってしまえば、最悪国の存亡に関わる事態になりえるため、騎士団長も慎重にならざるをえないのだ。

 騎士団長が再び口を開く前に、私は単刀直入に本題を話し始める。


「ローラハム・アイゼンテールと密猟者たちは繋がっています」

「なに? 何を根拠にそう言っておるのだ? 証拠はあるのか?」

「証拠なんて、私の口から語るでもなく、その男たちがすべてを語ってくれるでしょう。それから、これを」


 私はそう言って、男たちが着ていたローブを騎士団長に渡した。


「なんだ、この小汚いローブは」

「これは密猟者たちがもっていた魔術具です。ローブを被ると、透明になることができるものですよ。恐らく、ローラハム公が与えたものかと」

「な、なんじゃそりゃ! そりゃあ密猟者のヤツらが見つからないはずだ! こんな魔術具、今まで見たこともない」

「……ローラハム公は、魔術具製造に力を入れているようです。このような高度な魔術具を使う密猟者たちをこのまま放っておけば、カウカシアの脅威になるのでは?」


 私はそこで一息ついて、息を吐きだす。


「とにかく、この密猟者たちを引き渡します。煮るなり、焼くなり、お好きに」

 

 私の一言に、密猟者たちがうろたえた顔をしたあと、「沼底から生まれた悪魔め!」、「地獄に落ちろ!」と、私たちに罵詈雑言を浴びせかけた。騎士団長は逡巡した後、騎士たちに「この二人を連れていけ」と命令する。二人は騎士たちに荒々しく連行されていった。

 騎士団長がやれやれ、と首を振る。


「……正直、あの二人を捕獲できたのは助かった。恩に着る。どうしても密猟者を捕まえられなんだが、なるほど、ローラハム公が裏にいるとは……。陛下にはいずれお伝えすべきだが、いやはや、どうするべきか……」


 騎士団長は困惑した様子で顎鬚を触る。困惑するのも無理はなかった。これが本当であれば、有力な貴族であるローラハム公のスキャンダルになる。一気に貴族たちの権力の均衡は崩れ、ブルスターナの王宮はしばらく荒れることは必至だろう。

 私は抑えた声で言う。


「できるだけ早く対策を。最近、夜の国の住民たちが、カウカシアの密猟者たちによって乱獲されています。こちらとしても、これ以上、密猟者の暴挙を看過することはできない」

「ほう……。魔物が、魔物を守ると言うのか……」


 意外そうな騎士団長の口からもれた一言に、私の横にいたオスカーが苛立った顔をする。


「お前ら人間が、弱い人間を守るのと、何も変わらない」

「……ああ、そうだ。その通りだな。お前たちにも、守るべきものがいるという視点を、俺たちはすっかり見落としていたようだ」


 騎士団長は深く頷いて、失言を謝罪した。私は首を振ると、できるだけ落ち着いた声で言う。


「私たちが望むのは、共生と、とこしえの平和です。カウカシアとしても、考えは同じはず。いたずらに戦い、傷つけあうのは本意ではありません」

「全面的に同意だ。密猟者の件については、すぐに対策を講じると約束しよう」

「それに加えて、密猟された夜の国の住民も、必ず返還してください。ローラハム公が構築した独自ルートがあると、密猟者たちから聞いています。そちらを叩けば一網打尽かと」

「あいわかった。任されよ」

「……時々顔を出します。状況を逐一報告してください」

「なんだ、信頼がないな。俺はやると言ったらしっかりやり遂げる男だぞ? 特に、美女との約束は絶対守る。しかしまあ、美女が会いたいと言うんだったら断る理由はないわな!」


 それまで張り付けていた強面そうな表情を崩し、ガッハッハ、と騎士団長は笑った。突然やってきた夜の国の使者を相手に平気で軽口を叩くのだから、やはり肝が据わった豪胆な人物だ。つられたように、まわりの騎士たちも少しホッとした表情になる。

 それからのやり取りはスムーズだった。私は密猟者たちから得た情報を伝え、国境に対するこまごまとした約束をとりつけると、軽くお辞儀をする。


「長々と失礼しました。我々はこれにて」


 オスカーと私はさっさと踵をかえす。長居は無用だ。

 騎士団長は、去りゆく私たちの背中に声をかけた。


「なあ、夜の国の使者よ。最後に一つだけ、質問がある」

「なんですか?」

「去年の春に、魔王ヤツェクがシルヴァという若い騎士の前に急に現れた。あれは、なぜだ?」

「……あれは」


 私は一瞬含み笑いをした。まさか、娘の婚約者がどんな人物か確かめるため、魔王自ら会いに行った、と言うわけにもいかない。

 私は少し考えた後、人差し指を唇に当ててニッコリ笑う。


「こちらの事情ですので、秘密です」


 それだけ答えると、今度こそ、私たちは騎士団の設営地を足早に去る。オルスティン山には春の冷たい風が吹いていた。


「……はあ、終わった。帰ろうか、オスカー」


 私はそう言ってもと来た道をたどり始める。

 その時、交渉が無事終わったことに油断した私とオスカーはまったく気づかなかった。私たちの後ろを、音なく背の高い誰かが追いかけていることに。

そう言えば、連載始まってから1年が経過しました!いつも読んでくださりありがとうございます!

もう少しでクライマックスです。寂しいですが、頑張って書いて参りますので、引き続き応援のほどよろしくお願いいたします!

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