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87.密猟者

 ヤツェクが私を抱えて飛んだ先は、夜の国とカウカシアの国境に近い、ある川のほとりだった。

 私は急にヤツェクに抱えられて超スピードで移動されたため、心臓が未だにバクバクとなっている。


「お、お父さま、なにを……!」

「シッ、静かに。念のため、姿を変えなさい。カウカシアの密猟者がいる」

「密猟者……!」


 私は息をのむ。夜の国の住民たちを狩り、カウカシアで売るのを商売にしている人間たちがすぐそこにいるらしい。

 私はすぐに魔法で大人の姿に変え、ローブを被った。これなら、すぐに私がローラハム公に追われているエリナ・アイゼンテールだと気づく人間はいないだろう。ローラハム公に命を狙われている以上、私が夜の国にいると知られるのはさすがにまずい。

 いつの間にか追いついたらしい人間の姿に変身したオスカーが、私の横に立つなり、低く唸った。


「あいつら、炎妖精を2匹捕まえてる。ひどい扱い。許せない。殺す」

「オスカー待って、殺しちゃダメ!」


 私は血走った目で吼えるオスカーの手を掴んでなんとか抑え、ヤツェクを見上げた。

 

「お父さま、これからどうするの?」

「密猟者たちはローラハム公に命じられてここにいるだけだ。ちょっとばかり驚かせてカウカシアに帰ってもらうよ。まあ、そうは言ってもあの密猟者たちは、数回見たことがある。懲りない連中だ……」


 やれやれ、と言う顔をして、ヤツェクはため息をつく。どうやら、相手は密猟の常連らしい。

 ガサガサと足音がこちらに近づいてきた。私たちは目配せして、さっと身を隠す。足音は二人分だ。酒焼けしたすれた声で、何かを喋っている。


「……まったく、ローラハム公も人使いが荒いよな。第一騎士団がこっちに来ていて動きづらいっていうのに、ノルマはいつも通りだ。しかも、銀髪のガキも探せってなぁ……」

「まあ、あの人からは高い報酬もらってるんだから、文句は言えねえよ」

「それは、そうだけどよう……。数年に一度の聖なるオーリニヒトの祭りの前くらいは、家でのんびりしてえよ。こんな気味の悪い場所、高い報酬がなきゃ絶対来たいと思わないね」

「違いない。今日で一気にノルマの数を狩っちまおうぜ。乱獲は禁止されているが、多少ならバレないだろ。近くに炎妖精の巣があったはずだ」


 私は大樹の後ろから密猟者の様子を伺う。密猟者の男は傭兵崩れらしい身なりをした二人組で、ぶ厚いローブを地面に引きずって歩いている。ローブからはうっすら魔力を感じるため、おそらく魔術具なのだろう。


(炎妖精が捕まったってオスカーが言ってたけど、無事!?)


 もう一度よく男たちを観察すると、捕らえられた炎妖精が、背の高いほうの男のベルトにくくりつけられた、鉄の檻に無造作にいれられていると気づいた。二匹ともまだ生きているが、かなり弱っているようだ。炎妖精の一匹は羽が折れている。


「ひどい……」


 私は口を思わずつぶやいた。声はかなり抑えたつもりだったものの、静寂に包まれた夜の国の森では予期していたより声が響く。

 マズい、と思った時には、二人組の男が反応してこちらを見ていた。


「女の声!? 誰だ!」


 私の後ろにいたヤツェクが、小さく何かを唱え、蒼い鱗のドラゴンに姿を変え、私を守るように前に出た。


「夜闇に紛れて我が国を荒らす招かざるものよ、く失せよ」


 竜になったヤツェクの、大地を震わすような低い声が響き渡る。


「お、おい、竜だぞ! 上物だ! アイツを捕まえて売りさばいたら、炎妖精を捕まえるなんて仕事、一生しなくていい!」

「馬鹿! 俺たちの力で竜に敵うわけないだろ! 逃げろ!」


 二人組の男は色を成して走り出す。弱った炎妖精を入れた鉄の檻を持ったまま。


「あっ、炎妖精が! 待ちなさい!」


 私は反射的に飛び出し、ヤツェクとオスカーを置いて男たちを追いかけ始めた。オスカーが私の声を鋭く呼んだけれど、私はそれを無視する。

 私の足音に気づいた背の高い方の男が、振り返ってぎょっとした顔をした。


「おい、まだ追ってくるぞ! マントを被れ!」


 そう言って、男たちは走りながらフードを被った。その途端、あっという間に二人の姿が消える。どうやら、あのローブは来ている人の姿を透明にすることができるらしい。

 一瞬二人の姿を見失ったものの、私は冷静に一瞬足を止める。


(マントを被っていないときは、しっかり姿が見えていたわ。要はマントを被ってなければ、姿が見えるってことでしょ? そうだったら、風でマントを吹き飛ばせばいい)


 私は素早く魔法を使う。あたりに強風が吹き荒れ、二人のローブをはぎ取った。すかさず、私においついたオスカーが二人を捕らえ、炎妖精の入った檻を強奪する。

 男たちは、人間の姿のオスカーを見て困惑した顔をした。


「なんだお前、人間か!? まさか同業者か!?」

「お前たちと一緒にするな!」


 オスカーは恐ろしい剣幕で怒鳴った。空気がビリビリと震える。男たちは、怖気づき、へたり込んだ。

 私はオスカーに駆け寄ると、すぐに鉄の檻の中の炎妖精たちに魔法をかけ、傷を癒す。弱っていた炎妖精たちは、あっという間に元気を取り戻した。


「これでよしっと。折れた羽も大丈夫そうね。今逃がしてあげるから。――さあ、そこの貴方たち、この檻の鍵を渡してください」

「な、なんなんだ、お前らは!」

「……この国をまもる者です。これ以上、貴方たちの好きにはさせません」


 私はお腹の底から湧き上がる怒りをなんとか抑え、おさえた口調で言い放った。困惑する男の背中を、オスカーが軽く足で小突く。


「ヤツェクは甘い。いつも脅かしてカウカシアのヤツら追い出すだけだ。でも、俺は違う。足の一本でも食ってやろうか。そしたら、もう二度とここには来られない」

「そ、それだけは、ご勘弁をッ! どんなことでもしますから……!」

「ここにきて、命乞いか」


 オスカーは冷笑した。黄金の目に、獰猛な色が宿る。


「どんなに謝られても、俺はお前たちの仕打ちを許さない」

「やめなさい。二人に何もしないで」


 私のきっぱりした言葉に、オスカーは鼻を鳴らして不服そうな目をする。私がもう一度「やめて」と言うと、オスカーは逡巡した後、ややあって頷いた。


「……フン。命拾いしたな。どうせ、お前たちの足、俺は腹の足しにもならない」


 オスカーはそう言い捨て、男たちに距離を置く。

 オスカーが身を引いたことで、心底ほっとした顔をした二人の男たちが、私に媚びたような笑みを向けた。黄色い歯がカサカサした唇の間からのぞく。


「ありがとうございます。いやあ、話が分かる人がいて助かりました」

「こちらとしても手荒な真似をしたくはありませんから」

「それにしても、こんな森の中にこんな美女がいるとは……」

「お世辞は結構。早く鍵を渡してください」

「も、もちろんです!」


 背の低い男がポケットの中から小ぶりの鍵を取り出すと、私におずおずと渡す。私はそれを受け取ると、炎妖精を解放する。

 檻から出た炎妖精たちは私の鼻の頭にキスをすると、夜の国の森の中に一瞬で消えていった。


「そ、それでは俺たちはこの辺で……」

「待ちなさい。オスカー、その二人を捕まえて」


 コソコソと逃げようとしていた男たちを、オスカーが乱暴に連れ戻す。その上、ようやく私たちに追いついたヤツェクが、二人の逃げ道をふさいで、ギロリと二人を睨んだ。

 逃げ道を完全になくした密猟者はがっくりとうなだれる。私は地面にへたり込んだ男たちを睥睨すした。


「まさかこれだけで、大人しく見逃してもらえるとでも?」


 私の冷たい一言に、男たちはもはや情けなく震え上がることしかできなかった。

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