8.お嬢様のお料理教室
どうやらエリナは小食な上、日によって気分で食べるものもコロコロ変えていたらしく、朝食だけではなく、大量の料理が毎食ふるまわれていることが分かったので、私はあわててゾーイにそんなことはやめてほしい、と伝えた。
(この子は本当にご飯食べなかったみたいだし、こんなに痩せこけてるし、ゾーイが何としてでも御飯を食べさせたかった気持ちもわかるけれど……!)
中身が私になったのだし、もうその心配はない。
(私はストレスですぐ暴食するし、風邪ひいてもなぜか食欲だけは衰えないタイプだしね!)
第一こんな利便性の悪そうな土地で一人のお嬢様のためにあんなに大量の食べ物を消費し、その上残すなんて、絶対バチが当たる。
食べ物を残さず、おいしく食べるのは私のモットーだ。忙しさにかまけて社会人になってからは料理はほとんどしなかったけど、さすがに一人暮らしも長いので、一通りの料理くらいはできる。
そして、この城の料理は、申し訳ないけれど、ちょっと口に合わない。
「と、いうことで、調理場に行ってみるぞ~~~!」
えいえいおー、と心の中で腕を上げ、私は広い広い城をトコトコ歩いた。
エリナの記憶を頼りになんとか調理場へ辿り着くと、ちょうど人のいない時間だったようで、薄い茶髪のつり目の男の子が広い台所でひとり黙々とナイフで野菜の皮を剥いていた。
「あの、すみません」
「んん? えっと、……誰……?」
訝しげに一瞬少年は目を細めたが、次の瞬間目を見開いた。
「ええ、嘘だろ!? 伝説の妖精嬢じゃん! 初めて見た!!」
「初めまして。そちらにいってもいい?」
苦笑しながら私が答えると、少年はコクコクと頷く。私は妖精嬢って呼ばれてたらしい。なんとなく見た目が小さくて妖精のようなので、そう呼びたくなる気持ちもわからないでもない。
「野菜を剥いてるの?」
「お、おう……」
「この野菜って、なんて名前?」
「これ? ポナイの根だよ。んで、これはパイリーの実、これがビビロット」
エリナは食べ物に関して全く興味がなかったらしく、記憶の中に野菜の知識が全くないので、しかたなく、まず私は一つ一つの野菜の野菜と特徴を聞いていく。少年の受け答えはぶっきらぼうだが、手際よく野菜を剥きつつ、意外と懇切丁寧に教えてくれた。
(ポナイの実は、ジャガイモやごぼうに近い感じかな? ビビロットは少し辛い玉ねぎっぽい匂いがする。それで、パイリーの実は、皮が分厚いえぐみのあるトマト。それから、このパウエンって呼ばれてる白い粉は小麦粉ね。作りかけのスープがあるけど、いいブイヨンになりそう。これは、なんの卵か分からないけど、まあ卵でしょう。あと、毎晩ゾーイがホットミルクを出してくれるから、どこかにミルクがあるはず)
なるほどなるほど、と頷きながら、私は献立を考える。パスタとポタージュくらいならできそうだ。
「ねえ、あなたのお名前は?」
「ガウスだ。料理人の見習いをしてる。口が悪いのはまあ、なんだ、許してくれ」
「私のほうが年下だし、そのままのしゃべり方で大丈夫よ。それでね、ガウス、私、お料理をしてみたいのだけど」
「ええー、妖精嬢が料理するのか!? なんか意外だな……。お嬢様なんだから、料理しなくてもいいじゃないか。俺たちが作るんだし」
「実はずっと興味があって、ずっと料理してみたいと思っていたの。作りたいものがあって」
「まあ、俺も野菜剥き終わったら次の仕込みまで暇だし、付き合うよ。食材も少し使うくらいだったらバレないし。さすがに怪我されたら困るから、包丁と火を使うのだけは俺がやるからな」
そんなに料理は甘くないぜ、と笑いながら、ガウスは手伝いを申し出てくれた。口調は荒いけど、いい人だ。
「じゃあ、ポナイの実を適当な大きさに切って、ビビロット半分を細かく刻んで欲しいわ。私はその間にパウエンを捏ねるから……」
「え、なんだそりゃ。何作るんだよ! パウエンはパンを作るときくらいしか使わないし、聞いたことない工程だぞ!」
「うふふ、できた時のお楽しみです」
「信じていいのか? ……うーん、まあ、お嬢様に従うけどよー」
好奇心半分、呆れ半分、と言った表情でガウスは私の指示に頷いた。私もガウスに調理器をいくつか借りると、テキパキと料理に取り掛かる。手始めにパスタだ。
材料を混ぜ始めた私に、感心したようにガウスはため息をついた。
「ポナイの実の名前を聞き始めた時には、世間知らずで何も知らないお嬢様だと思ったが、意外と料理自体は慣れてるんだな」
「そ、そうね。ずっと本で読んで、頭の中でシミュレーションしてたから」
「へえ、すごいな。妖精嬢が頭の良いからできるんだよ、それ」
元の世界では長らく料理やってました、なんて言えないので、かなり苦しい嘘をついたが、ガウスはあっさり頷いてくれた。私は内心ほっとする。
「次は何すれば良い?」
最初は疑わしげな目で私を見ていたガウスも、やがて考えを改めたのかテキパキと私の指示に従ってくれたので、料理自体はかなりスムーズに進んでいく。
その上、包丁と火は絶対にガウスが使わせてくれなかったので、私はその間、香辛料を片っ端から味見でき、無事に塩と胡椒らしきものを見つけた。
最後に、塩胡椒(仮)で味を整えて――……、
「はい、これで完成! ポナイのポタージュとパイリーのパスタのできあがり!」
「おおーーー! 見た目はなかなか美味そうだ」
「さっそく食べてみましょう!」
二人分の皿には、ポタージュとパスタが並べて、私たちは食べ始めた。
ポタージュは材料をうまく潰し切らなくてちょっと舌触りは悪いけど、我ながら味付けは完璧。
パスタは包丁でなるだけ細く切ったものの、なぜか膨張してぶちぶちと切れてしまったから見た目はちょっと歪だ。だけど、食べてみればちゃんとパスタだ。ただ、麺が少しパサパサしているので改良の余地あり。でも、ソースは驚くほどうまくできている。自画自賛だけど、美味しい。
(あーこの味よ、この味!)
懐かしい味に私が舌鼓を打っている横で、ポタージュとパスタを黙って完食していたガウスが低く唸った。食べるスピードの速さに私は驚いた。さすが成長期の男の子だ。
「これは……」
「口に合わなかった?」
「いや、そんなんじゃない……」
しばらくガウスは絶句したものの、襟を正して私の方を見る。
「こんなに美味いもん初めて食べたってくらい美味い。正直料理長の料理より、妖精嬢の料理の方が美味いくらいだ。あんた多分、天才ってやつだよ」
「ええ、褒めすぎよ……」
「また来てくれ。俺に料理を教えてほしい」
「あ、いや……」
「頼む!」
勢いよくガウスが頭を下げたので、私は慌てて頭をあげるように言った。
「うん、また来る、また来るから! だから頭を上げて! 色々知らないことも多いから、また色々教えてほしいな」
「謙遜するなって! 今度は料理長も一緒に教わるからな!」
「おおごとになると恥ずかしいから、そういうことはやめて!!」
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ということで、週に何度か私はこっそり調理場に向かうようになった。
冗談かと思っていたけれど、私が調理場に現れると、ガウスは本当にこの城の料理長(名前はジェフさん)やほかの料理人さんたちを呼ぶようになり、不本意ながら大勢の人の前で「妖精嬢のクッキング教室」を開かれることになってしまったのだった。
それからというもの、調理人たちは面白いくらいに私の知識を学び、飽くなき探求と改善を重ね、アイゼンテール家の料理のクオリティは飛躍的に向上していった。
その後間もなくして、アイゼンテール家にて振舞われる料理は絶品だと王宮でちょっと話題になったらしいのだけれど、妖精嬢たるエリナ・アイゼンテールがそのことについて知るのはずっと後のことだ。