79.ローラハム公の毒牙
私とシルヴァは予想外の人物の登場に目を見開く。当のローラハム公も一瞬神経質な鉄面皮に驚きの色が浮かべた。
しばらく奇妙な沈黙が続いたものの、シルヴァはハッとした顔をして律儀に頭を下げる。
「これはこれは、ローラハム公ではないですか! こんな場所で会うとは、奇遇ですね!」
「……なぜ、皇帝を襲った竜と一緒にお前たちがいる? 特に、エリナ。お前は一体全体ここで何をしているというのだ?」
ローラハム公は鋭い声で私を詰問した。冷たい瞳に射抜かれ、私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。私の後ろで、不穏な空気を察したらしい漆黒の竜が警戒するように低い唸り声をあげる。
(こんなところで会うなんて、最悪……)
今の私は、明らかにローラハム公の逆鱗に触れかねない恰好をしていた。ドレスはボロボロで、髪はドロドロ。おまけに、顔には返り血が飛んでいる。「アイゼンテール家のお嬢様」としてあるべき姿からは程遠い。
この状況では、言い訳を口に出してしまうと十中八九厳しく叱責されるため、私は黙って目を伏せる。
不穏な空気が流れた。
そんな私たちをしり目に ローラハム公が連れてきた衛兵たちが、手早く竜の首に鎖をかける。抵抗することなく、大人しく鎖につながれた竜は、名残惜しそうに私に頭をすり寄せた。
私は竜の顎をそっと撫でる。
「元気でね。もう、暴れちゃだめよ」
私は小さな声で竜にささやいた。竜は眼を細め、グルグルと鳴き、もう一度私の頬に鼻面をすり寄せる。護衛の一人が竜の鎖をひいて歩き出すと、竜は名残惜しそうにこちらを振り返りつつ、あっという間に、王宮内の調教場に連れていかれた。
私が竜に話しかけているあいだ、ローラハム公は尋常ではないほど厳しい眼差しで私を睨みつけていた。
「あの、ローラハム公。エリナをあまり責めないでやってください」
重々しい空気に耐え切れなくなった様子で、シルヴァが横から口を挟む。
「貴公のご息女の勇気ある行動で、けが人は最低限で抑えられました。誰か死んでもおかしくない状況だったのにも関わらず、ですよ? 称賛に値します」
「……フン、このようなことは、アイゼンテール家の娘としてふさわしくない行動だ。大人しくほかの貴族たちと避難すればよかったものを」
「エリナの行動は確かに貴族令嬢らしからぬものですが、いつものことです。ゾーイさんから聞いていると思いますが、エリナは山賊に向かって単身で突っ込んでいった子ですよ?」
シルヴァは相手に警戒心を抱かせない、軽い口ぶりで言葉を続けた。
「それに、皇帝の命をも救ったのですよ? 嘘ではありません。第二王子も、目撃しています」
「…………」
「それに、エリナは王宮に忍び込んでいた、強力な魔法を使う怪しい二人組の侵入者は退けた。すばらしいことじゃないですか!」
「侵入者を退けた、だと? まさか、アイツらを……」
ローラハム公の眉間に、一瞬にして深い皺が寄った。何か失言をしたらしいと察したシルヴァが、慌てて言葉をつないだ。
「そ、その上、カウカシアの宝である、竜の命まで助けたんです!! 先ほど連れていかれたあの竜は、つい先刻まで侵入者の魔法を受けて死にかけていたんです。しかし、エリナの治療で、竜もすっかり元気に……」
「何? ……皇帝を襲った竜を、エリナが治療しただと?」
不機嫌そうにシルヴァの話を聞いていたローラハム公は、急に眉毛を上げた。青白い薄い唇が、一瞬狡猾そうな笑みの形になる。
しばし考えこんだ後、ローラハム公は急に私の肩を掴んだ。細く節くれだった指が、私の肩にくいこむ。
「ああ、エリナよ。王の命を狙った竜を治療するなど、何を考えている? 王の命を狙う逆賊に加担したも同然だぞ。反逆罪に値するとは思いつかなかったのか?」
「そ、そんなつもりは……!!」
私は驚いてローラハム公の瞳を見つめた。嗜虐的な色を宿した碧眼が、冷たく私をねめつける。ローラハム公の護衛たちが、驚き、困惑した様子で顔を見合わせた。
ローラハム公は大仰に腕を組み、ため息をつくと、顎をしゃくった。
「ふむ、困った。我が娘ながら、この狼藉はさすがに見逃せぬな。我が娘の落とし前は、親がつけるのが世の理。衛兵、この娘を連行せよ。今すぐに」
ローラハム公の言葉に、シルヴァがぎょっとした顔をする。
「れ、連行!? どういうことです!?」
「お前の武勲は皇帝には必ずや伝えておく」
「ローラハム公、それは俺の質問に対する答えになっていません! エリナをどこに連れていくつもりですか!」
シルヴァが険しい口調で、ローラハム公に詰め寄る。護衛たちが無情にもシルヴァを抑え、シルヴァはなおも言い募った。
「エリナが反逆のようなあさましい行為をするものか!!」
「衛兵、その娘を早く連行せよ」
ローラハム公に冷たく命じられた衛兵たちが、両脇から私を捕らえる。
「そんな、ローラハム公! 私は……ッ!」
私が釈明しようと口を開く前に、ローラハム公が私の額をスッと人差し指で撫でる。次の瞬間、強い衝撃が身体じゅうを駆け巡った。
「……多少は利用価値があると思ったが、残念だ。やはりお前が自分の正体に勘づき始めた時点で、とっとと始末するべきだった」
抑えた声で、ローラハム公が私に重々しく言った。
「どういう意、味……」
質問の答えを聞く前に、耳鳴りと眩暈が私の意識を掻き消していく。
薄れゆく意識の中で、シルヴァが名前を叫んでいるのが、遠くで聞こえた。





