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75.二人のライバル

「エリナ、エリナ!」


 きらびやかな大広間に入ると、すぐに誰かが私の名前を呼んだ。振り返ると、そこには亜麻色の髪を三つ編みにした、オリオンブルーの目を細めてうれしそうに笑う女の子がいた。アリッサ・ピピンだ。どうやら私を入り口近辺で待っていてくれたらしい。


「アリッサ! よかった。この人ごみだから見つからないかと思ってた! 本当に久しぶり!」

「エリナ、久しぶり! 会いたかった! 体は大丈夫?」

「うん、大丈夫。もうすっかり元気だよ」


 アリッサと直接会うのは婚約パーティー以来だけれど、頻繁に手紙のやり取りをしていたので私たちはすっかり打ち解けていた。私たちは手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる。

 そんな私たちを微笑ましく見つめていたシルヴァが、アリッサに頭を下げる。


「アリッサ嬢、初めまして。シルヴァ・ニーアマンと申します」

「あっ、エリナの婚約者の……! 初めまして……!」


 アリッサはシルヴァをぽーっとした顔で見つめた後、頬を赤らめる。気持ちは分からないでもないので、私は苦笑してアリッサをつっついた。アリッサは慌てたように手を振る。


「あっ、エリナの婚約者なのに見惚れてしまってごめんね! でもシルヴァ様って近くで見るとすごい眩しいのね……」

「わかる。最初は慣れないよね」

「……それより、例のジルは見つかったの?」


 アリッサの問いに、私は首を振った。私がずっと探している、エタ☆ラブの主人公であるジルは、目下行方不明だ。そろそろ、アリッサの家であるピピン家に養子に入ってもおかしくない時期なのに。


「最近、もうあきらめかけてるの」

「大丈夫よ、きっと見つかるわ」


 元気づけるようにアリッサが私の手をぎゅっと握ったその時、ラッパの音が鳴り響いた。

 侍従長が皇帝の到着を告げる。貴族たちが一斉に礼をとる。奥の大扉が開き、皇帝と、二人の后妃、そしての第一王子のラーウムと第二王子のアベルが大広間に入ってきた。ラーウムは人懐っこい笑みを浮かべ愛嬌を振りまいている。対照的に、アベルはいつも通り少し不機嫌そうな顔をしていた。

 今日の二人の衣裳はこの国の軍服だ。色は華美な赤色で、細かい黄金の刺繍が施されていた。アベルはやや不機嫌そうな顔を大広間に向け、ぐるり見まわす。

 広間の端の方にいた私と、アベルの目が合う。


(あっ……)


 アベルは、私の方を見てふと少しだけ目を細めた。

 私の隣に立っていたシルヴァが苛ついたように息を吐くと、アベルの視線から私を遠ざける。


「エ、エリナ! いま、絶対アベル様がこっちを見て笑ったわよね!」


 何も知らないアリッサが驚いて私の袖をひっぱるものの、私が返事をする前に、皇帝が口を開いた。


「今宵は楽しむが良い」


 簡易的な挨拶をすると、王は両手を広げる。

 すると、王の両手から二筋の光が光り輝き、美しい鳥が二羽優雅に円を描きながら宙を舞った。魔法を放ったのだ。

 それを見た貴族たちは歓声を上げ、一斉に拍手をした。


「「王と星々に栄光あれ!」」


 一同が熱狂とともに大きな拍手をして皇帝の魔法を讃えると、荘厳な音楽が鳴り響き始める。宴の始まりだ。

 ダンスパーティーということもあって、真ん中のフロアではすぐに皆が輪になって踊り始める。みんな楽しそうだ。食べるのが大好きなアリッサは、皇帝の挨拶が終わるやいなや、足早に料理を取りに行ってしまった。

 あいにくまだお腹が空いていない私は、給仕を呼んで飲み物の入ったグラスをもらう。シルヴァもそれにならった。


「あの、私は踊れないので、踊ってきてもいいんですよ? せっかくのダンスパーティーですし……」

「だから今日はずっと一緒にいるって言ってるだろ。なにか勘違いしているようだが、俺は特にダンスが好きなわけじゃないからな」


 さっぱりと応えるシルヴァに、私は苦い顔をする。先ほどからシルヴァのダンスのお相手になりたいご令嬢たちの視線が痛い。

 しばらくちびちびと飲み物を飲み、ご令嬢たちの視線を受け流しつつ、顔見知りの貴族たちに挨拶していると、たまたまザラとも合流することができた。

 

「あら、二人とも、仲直りできましたのね。良かったわ」


 ザラは含み笑いをすると、シルヴァに茶目っ気たっぷりの笑みを向ける。


「シルヴァさんも大変ですわね。エリナは一筋縄ではいきませんわよ。目を離したらあっという間にどこか行っちゃいますわ」

「……わかりすぎるほどわかってるよ。そんなことより、ギルベルトは?」

「うーん、どこかにいるのではないでしょうか。大口の案件の商談中だと思うのですけれど……」

「あいつ、パーティーをなんだと思ってるんだ」


 シルヴァは苦笑した。その時、アリッサがひとしきり料理を見て戻ってきた。手には小さなお菓子が乗った皿を持っている。


「お待たせ! エリナ、やっぱり宮廷の料理はすごいよ! どれも一流! あと、お菓子はいかが? いくつか持ってきたの」

「アリッサ、ありがとう! それより、私の友達を紹介するね。ザラよ」


 私はそう言って、ザラを紹介する。急に紹介されたザラが顔を真っ赤にした。


「あっ、は、初めましてアリッサ、さん……お話はかねがねエリナから聞いていますわ」

「こ、こちらこそ!」


 ザラとアリッサは、最初の内はお互い人見知りをしていたものの、しばらく話してるうちにあっという間に意気投合した。

 話はあっという間にアリッサの大好きな料理の話題になった。


「今度、私が作ったクッキーを持っていくね。ザラにも食べてほしいな。エリナが教えてくれたレシピなんだけど、サクサクホロホロですごくおいしいんだよ」

「まあ、私、ぜひそのクッキーが食べてみたいですわ!」


 きゃあきゃあと二人は笑う。本当は、貴族令嬢が料理をするなんてこの世界ではありえないことだけど、そんなアリッサの趣味をザラは馬鹿にすることなく受け止めている。

 二人とも、貴族なのに感覚が庶民的なあたりが似ているので、仲良くなれるだろうと思っていた。私が予想していた通りだ。

 ひとしきり料理の話題で盛り上がったあと、そう言えば、とザラが私に向かって首を傾げる。


「エリナはアベル王子には挨拶しまして?」

「えっ、なんでアベル王子に挨拶するの?」


 すっかりザラと打ち解けたアリッサが驚いた顔でこちらを向く。私は少しだけ微笑んだ。


「えっとね、アベル様から招待状をいただいていて」

「すごーい! 王子様直々にってことは、絶対パーティーに来てほしいってことでしょう? さっきもこっちを見て笑っていらっしゃったし……。それって、アベル王子がエリナに気があるってことじゃ……」


 そこまで言いかけて、アリッサはハッとした顔で口をつぐみ、おそるおそるシルヴァの顔を見る。当のシルヴァはなんとも言えない顔をして頬をかいた。

 ザラは意味深な笑みを浮かべて頬に手を当てる。

 

「シルヴァ様はまさかのライバル登場で、絶体絶命ですのよ」

「もう、ザラ、そういうのじゃないわよ」


 私はやんわり否定した。アベルが私にわざわざ招待状を渡した理由は未だによくわからない。

 とりあえずアベルには形式上挨拶はしておかないといけないだろう。

 私はおずおずと切り出した。


「うーん、とりあえずそろそろ挨拶に行ったほうが良いよね」

「もちろんですわ! 早く行かないと!」

「あっ、どうなったか、教えてね!」


 力強く頷くザラとアリッサに、私は大人しく頷いた。私の後ろでは、シルヴァが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


「アベル王子、本日はご招待いただき、ありがとうございます」


 会場の隅にいたアベルに私が挨拶をした時、気のせいかもしれないけれど、振り向いたアベルの仏頂面が心なしかパッと輝いた気がした。


「……ああ」


 口下手なところは相変わらずのようで、そっけない返事を返すと、アベルはなんだかんだ言いつつちゃっかり私についてきたシルヴァにジトっとした目線を向ける。


「ところで、貴殿は何故ここに?」


 お前はお呼びじゃない、と言わんばかりの態度だ。

 シルヴァは私の肩に手をまわし、ニコっと笑った。見るからに胡散臭い笑顔だ。


「俺は彼女の婚約者ですから、一緒にいるのは当然です」

「しかし、貴殿はエリナに俺の言付けを伝えるのを怠ったならしいな」

「すみません。少々ゴタついておりまして、失念していました。それより、俺の婚約者を気安く呼び捨てするとは、いやはや、いつ仲がよろしくなったか訊いても?」


 頭上で、剣呑な視線が交わされるのに気づいて、私は慌てて割って入る。


「お、王はどちらに? ご挨拶をしたいのです」


 そもそも、私が受け取った紹介状は、皇帝名義の紹介状だった。アベルはただ手紙を運んだだけだったらしい。そのため、本当に挨拶すべきは、招待状の送り主たる皇帝なのだ。


「我が父は、現在お疲れになって別室で横になっている。来てくれ」


 そう言うと、アベルはするりと私の手をとってスタスタと歩き出す。驚いた私は、手を解くタイミングを逃してしまい、大人しく手をひかれる形になった。周りにいた貴族たちが驚いた顔をこちらに向ける。

 遅れずついてこようとするシルヴァに、アベルが牽制の眼差しを向けた。


「おっと、貴殿は部屋の外に待機だ。招かざる客は入れることはできない」

長くなるのでいったん区切ります!

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