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67.美女と少女

一時的にシルヴァ視点になります

「お前たち、面白がってあんなこと言ってたんだろ」

「なかなか面白いものを見せてもらったわ。シルヴァのあの慌てた顔ったら!」

「勘弁してくれよ……」


 俺の恨み節に、フィンとアンジェリカが全く反省していない顔で、心底楽しそうにケラケラと笑った。俺は深いため息をつくと、頭をガシガシかく。

 アンジェリカがニヤニヤ笑いつつ、俺の頬をからかうようにつついてくる。


「でも、すごい美女に出会っちゃったんでしょ?」

「確かに、美人だったな……」

「目があった瞬間、口説き文句でも考えた?」

「いや、好み過ぎて言葉を失った……」

「あんた、本当に好きな子には口説いたりできないタイプなのねぇ」

「もう何とでも言えよ……」


 アンジェリカのからかいに、俺はもう一度ため息をついた。


 事の発端は、早朝のパトロールに遡る。

 最近ブルスターナの街では、夜の国の魔物たちがうろついていると目撃情報が多くなってきたため、憲兵だけではなく、騎士団のメンバーたちも交代で夜警にあたるようになった。憲兵はしょせん力自慢の平民に毛が生えたようなもので、夜の国の魔物と拮抗しうる力を持っていないのだ。

 第一騎士団の騎士である俺も例外ではなく、今日はたまたま月一でまわってくる夜警の当番だった。

 魔物はブルスターナの街をそう頻繁にうろついているわけではなく、大抵夜警の日は平穏に終わるため、俺はのんびりとした気持ちで見張り小屋に待機していた。

 街の夜警に出ていた憲兵が怪しい二人組を見かけた、と呼びに来たのは早朝のこと。

 一人でも対処できるだろうと高を括った俺は、憲兵を見張り小屋に待機するように伝え、夜明け前の静かなブルスターナの街を駆けた。

 怪しい二人組の目撃情報があった場所は、3年前に火事があった廃墟の近くだった。

 あたりに人影はなく、不審者が身を隠すのであれば元は孤児院の廃墟だろうとあたりをつけて、俺は躊躇なく廃墟に立ち入る。案の定、荒れた廃墟に続く道は、二人分の足跡がしっかり残っていた。形状から、女のものと、男のものだとわかる。二人組、という憲兵の目撃情報とも一致する。

 この段階で、油断していなかったと言えば嘘になる。足跡があるということは、不審者は魔物ではなく、人間だとはっきりしたからだ。人間相手になら、確実に負けない自信があった。


『そこにいるのは誰だ』


 警戒しながら足跡を追って廃墟を進むと、ふいに、鈴を転がすような声と物音がした。俺は、声がしたほうに歩みを進める。しばらく行くと、突如とつじょ二人組の男女が暗がりから急に飛び出してきた。

 先に出てきた女と、俺はまともに目が合う。


 そして、俺は一瞬にしてその女に目を奪われた。


 目深に被ったフードの下の、美しい静かな湖を思わせる輝く翡翠色の瞳。完全に左右対称の整いすぎるほどに整った顔つき。愛らしい小さな唇は、春の花に接吻をしたような薄紅色。

 不思議な魅力があるその女は、硬直する俺の隙をついて魔法を繰り出した。やばい、と思った時には時すでに遅し。まともに魔法を食らった俺は、気づけば植木の中につっこんでいた、という次第だ。


(何度思い出しても、ダサすぎる……)


 もっと見つめていたい、と思った女に出会ったのは初めてだったことは認める。しかし、それ以上にシルヴァ・ニーアマンの人生史上、一番の汚点というべき出来事が起こってしまった。

 事の次第を聞いた団長からは叱責されるどころか苦笑され、こうやって事情を知った同僚にからかわれる羽目になり、とにかく最悪としか言いようがない。


(しかも、エリナの耳に美女の話が入っちまった……)


 婚約者であるエリナ・アイゼンテールの性格上、俺が他の女に一目惚れして心奪われようと、別に気にしないだろう。しかし、俺は気にする。

 なんたったってエリナはあのアイゼンテール家の末娘だ。俺みたいな弱小貴族の三男坊が婚約を結ぶには過ぎた相手。

 それ以上に、エリナは年下だが賢いし、頭も良く、一緒にいて居心地が良く、楽しい。ほかの貴族令嬢たちがかすむほどに、俺の心を掴んで離さない相手だ。どんなことがあっても、たとえとびきりタイプの美女があらわれた今この時だって、絶対に手放すつもりは毛頭なかった。

 しかし、最悪なことに、エリナは俺が昔、女癖が悪かったことにすでに気づいている。信頼は地の底だろう。ここはひとつ、何とかして、いや、何としてでも挽回しなければならない。


「あー、なんて言い訳をすればいいんだよ」


 頭を抱えた俺の独り言に、フィンはきょとんとした顔をする。


「普通に、美女に心奪われるのは本能だって言えばいいんじゃないか?」

「馬鹿野郎、言えるか!」

「えっ、ダメなのか!」

「お前、それ絶対に恋人に言うなよ!?」

「うーん、言っちゃいそうだな……」


 フィンが分かりやすく青ざめたのを見て、アンジェリカが苦笑した。


「フィンが恋人を作るのはまだまだ先そうねえ」

「そうだな……」


 他人の心配をしている場合ではないものの、フィンの将来が少し心配になる。

 アンジェリカが苦笑しつつ、話を元に戻す。


「で、不審者二人を探すにあたって、特徴をもっと教えて欲しいんだけど?」

「うーん、特にめぼしい情報はないと思うぞ。男の方はよく見えなかった。だが、少なくとも俺よりも背が高かったな。女の方は……、瞳は翡翠色で、整った顔立ち……」


 美女の説明をするごとに、アンジェリカとフィンの顔が不可解そうな顔になる。


「男の方はともかく、女の方の特徴は、聞けば聞くほど、背格好以外、あのアイゼンテール家のお嬢さまのことを言ってる気がするんだけど」

「奇遇だな。俺もだ。なんなら婚約者への惚気に聞こえるぞ」


 俺は二人の言葉に首を振る。


「いや、特徴は一致するが、あの女は俺と同じくらいの年だった。エリナはまだ10歳の女の子だ。年齢が一致しない」


 確かにあの美女にエリナの面影があったのは確かだ。でも、そんなはずはない。


(そんなはずは……)


 確かに、思い返せば思い返すほど、確かにエリナとあの美女は似かよっている部分は多い。瞳の色も、整いすぎた顔立ちも。

 しかし、そうはいってもエリナは俺の7つ年下の少女だ。そして、俺の目の前に現れたのは、確かに10代後半から20代くらいの美女。ローブに包まれたしなやかな肢体も、成熟した女のものだった。

 アンジェリカは目を細める。


「シルヴァ、意外とアイゼンテール家のお嬢ちゃんだったりするかもしれないわよ? だって、あの子、曲がりなりにも魔法貴族アイゼンテール家の末娘なんだし、できないこともないんじゃない……?」

「いやいや、まさか。明け方のブルスターナの街を徘徊する貴族令嬢なんて聞いたことあるか?」


 アンジェリカの非現実的な考えに、俺は笑いながら否定する。


(ま、エリナなら多少やりそうだけどな)


 あのエリナなら、夜中だろうと廃墟だろうと平気で出没しそうな気もする。なんせ俺の婚約者は、行動力と好奇心のかたまりのような少女だ。


(じゃあ、もしあの女がエリナだとしたら、あの男はいったい……?)


 美女の後ろに控えていた、上背の男。俺に対し、殺意をまき散らしていたあの男の正体は。

 一瞬胸の中がモヤっとしたものの、すぐに俺は「何を馬鹿な」と一人失笑する。我ながら益体もない考えだ。あの女が、エリナだという確証はどこにもないのだから。

アンジェリカの勘はよく当たりますね!

ブクマ、評価ありがとうございます。

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