表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/119

6.ありし日の乙女ゲーム

  お嬢様の朝は、そこそこ慌ただしい。

  寝ぼけ眼の私を乳母のゾーイが起こし、挨拶はそこそこにそのまま自室のとなりのバスルームへ通され、待ち構えていたミミィにバトンタッチ。ミミィにネグリジェを脱がされ、ひとしきりジャブジャブ洗われ、髪の毛に丁寧に櫛を入れてもらって……。


(ああ、夢じゃなかった……)


  ぼーっとしながら思い知る。

  ここはカウカシア王国。私はアイゼンテール家の末娘、エリナ・アイゼンテールだ。


「ねえ、ミミィ?」

「お、お嬢様が私の名前を呼んだーッ!?」


  バスタイムが終わり、鏡の前で私のふわふわした銀髪を丁寧にタオルドライしていたミミィに話しかけると、昨日と同じようにミミィは飛び上がった。明るい赤茶色の髪の毛がフワフワとはねる。


「お、驚かして、ごめんなさい」

「あっ、いえ、私も大げさな反応しちゃって!昨日も話しかけていただいて舞い上がってしまって、大きな声出してしまって! お嬢様こそびっくりしましたよね!? あの、実は大きな声出しちゃったから、昨夜ゾーイ様に怒られちゃって。本当は朝一番に謝ろうと思ってたんですけど、タイミングがつかめなくて、その……申し訳ございません……」


  最初は興奮気味に話し始めたものの、喋っているうちにだんだんミミィの声がボリュームダウンしていく。

  鏡ごしに顔を赤らめながらミミィが大きな目を伏せたのが見えた。愛嬌のある顔はしゅん、としていて、耳まで真っ赤。


「私は全然気にしてないのよ。でも、あなたが大声出したからって怒られるのが、いやなだけなの」

「お、お優しい…! 私、気をつけます! ありがとうございます!」


  ミミィは勢いよく頭を下げる。良いお返事だなぁ、と感心しつつ、私がミミィに聞きたかったのはこの話じゃない。


(この世界について、とりあえず情報を集めなくっちゃ)


  まだ確証はないけれど、私は昔プレイしていた乙女ゲーム中のキャラクターそっくりで名前も同じ二人に出会い、そのゲームの舞台である「カウカシア王国」も、私が今いる国名とぴったり一致してしまったわけで……。この世界がそのゲームと何か関係性があるのかが気になって仕方ない。

  とにかく今、私はもう少し情報が必要だった。破滅エンド回避の一歩は、地道な情報収集からだ。


「ミミィ、ロイお兄さまはもう少しでアカデミーっていうところに行くって聞いたの。それって、どんなところ?」

「あ、アカデミーですか?魔法を勉強する場所です。ロイ様が行かれるアカデミーなら、きっと聖ジョイラス学園のことですですね。この国で一番大きな学園です」


  へえ、と頷きながら、私はさらに確信を深めつつ、質問を続ける。


「この国の国旗は、竜と薔薇だったわよね?」

「はい、そうです。首都ブルスターナは竜の育成と薔薇からとれる香料で栄えた街だからって聞いたことあります!……あの、どうかされました?」

「ううん、なんでもない。どうしても思い出せなくて、気になってて」


  不思議そうに首をかしげるミミィに適当な言い訳をしつつ、私は頭を抱えそうになる。

  聖ジョイラス学園に、竜と薔薇の国旗。今の情報で私はあることをほぼ確信してしまったわけで……。


(ああー、やっぱりここ、「エターナル☆ラブストーリー〜魔法少女は世界破滅の夢をみる〜(通称エタ☆ラブ)」の世界なんだ!)


  なるほど、この世界が滅びる、とエリナに言われたのも納得。

  聖ジョイラス学園はエタ☆ラブの主人公が活躍する魔法学校のことだ。そして、カウカシア王国の国旗、『飛翔する竜と薔薇』は何度となく見た、エタ☆ラブのゲーム上のロード画面だった。


  エタ☆ラブは、簡単に言ってしまえば、五人の異性の攻略対象のキャラクターたちと好感度を上げながら協力して、愛の魔法で一緒に世界の滅亡を防ぐ、というありがちなストーリーの乙女ゲームだ。

  主人公のデフォルトネームは「ジル」で、孤児院出身だったけれど、隠れた魔法の才能を開花させ、貴族たちが通う「聖ジョイラス学園」の特別クラスに編入するところからストーリーが始まる。攻略に失敗するか、もしくはあるキャラクターを攻略してしまうと、カウカシア王国は滅亡してしまう。


  エタ☆ラブはやったことのあるゲームなんだけど、はっきり言ってそこまでやりこんだわけではない。


『あー、恋愛したいわー。トキメキが欲しいわー』


  そう、ある居酒屋でビール片手に友人相手にクダを巻いていたら、その友人に、


『エタ☆ラブやろう!絶対いいから!攻略対象のキャラも良いんだけど、主人公が聖母だから!』


  と、ゴリ押しされて、熱意におされて始めたのだ。

  なんだかんだで私は形から入るタイプなので、ぶ厚めの攻略本もしっかり買い、攻略キャラクターを一人分だけ夢中でプレイした。そこまでは良かったものの、仕事がどんどん忙しくなって結局全員分は攻略しないまま、なんとなくプレイ自体をやめてしまったのだ。

  ただ、例のぶ厚い攻略本は結構しっかり読んだから、ストーリーは一通り把握してる。


(そういえば、エタ☆ラブにエリナ・アイゼンテールなんてキャラクター、いたかしら)


  エリナの兄、ロイ・アイゼンテールと、姉、ルルリア・アイゼンテールはよく覚えている。

  ロイ・アイゼンテールはエタ☆ラブの攻略キャラクターの一人で、ツンデレ金髪メガネだったはずだ。主人公より一学年上の上級生で、まじめな性格。魔術に優れた上級貴族であるアイゼンテール家の嫡男で、学園では魔法の先生にすら一目置かれる存在だ。


(まあ、攻略はしなかったけど、ロイは人気があるキャラクターだったよね)


  ロイの攻略ルートでは、貴族という家柄を誇りに思うあまり、ロイは当初は平民である主人公を見下し、かなりキツい態度をとっていた。しかし、好感度を上げていくと、素直で明るい主人公に徐々に心を開いていき、ロイは優しく、誠実、そして過保護なくらいに世話焼き、という一面を見せるようになる。そのギャップにプレイヤーたちはどんどんハマっていく。エタ☆ラブを勧めてきた友人も確かロイ推しだったはずで、『私のロイ様だから同担拒否です』と公言してはばからなかったので、友情に亀裂が入らないよう、私はなんとなくロイを攻略するのはやめておいた。


  そして、ロイを攻略する際に一番の障壁になるのが、ロイの妹、主人公と同学年のルルリア・アイゼンテールの存在だった。重度のブラコンであるルルリアは、貴族出身ではない主人公の存在が気に入らず、あの手この手でロイと主人公二人の恋路を妨害する。

  ロイだけに限らず、ルルリアは平民の出自である主人公が気に入らず、どのルートでもたいてい初っ端から嫌がらせをしてくるイヤなキャラクターなのだ。いわゆる「悪役令嬢」というやつである。

  そして、そのルルリアはたくさんの貴族のお友達、もとい取り巻きたちを常に連れて歩いていた。その中にたしか銀髪の女の子もいた気がする。


(あ、ルルリアの取り巻きの中に、確かにエリナ・アイゼンテールいたわ)


  キャラスチルのほとんどない、アイゼンテール家の末娘、エリナ・アイゼンテール。

  いわゆる、「モブキャラ」と呼ばれてもおかしくないキャラクターだ。学年はルルリアの一つ下だが、常に姉の陰に隠れ、ルルリアの言うことに「そうよそうよ」「お姉さまの言うとおり」、と賛同する、悪役令嬢の典型的な取り巻き、という感じ。重要なセリフも特にない。プレイヤーが操作する主人公との会話も特になかったはずだ。


(印象が薄いのも納得だけど、よりによってモブになっちゃったのかぁ……)


  私はどうやら、主人公とかならともかく、悪役令嬢の妹(モブキャラ)で世界を救わないといけないらしい。


(かなり難しい気がする。いや、無理ゲーな気さえするんですけど!)


  気が遠くなり、ぼんやりしている私を、ミミィが呼んだ。


「お嬢様、次はお着替えになります。お隣の部屋に移動しましょう!」

「あ、ぼーっとちゃってた。わかったわ」

「うふふ、朝はお腹空いてぼーっとしちゃいますよね。私もいつもそうなのでわかりますよ! 着替えたらすぐお食事ですからね」


  ニコニコと笑って隣の部屋に続くドアを開けるミミィに、私はあいまいな笑みを浮かべた。

ミミィは作者お気に入りのキャラクターで、猫っぽいイメージです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ