62.友達
「あら、エリナ。うちのネックレスをつけてくれていますのね。どうもありがとう」
すっきりした目じりを細めて、ザラは嬉しそうに微笑んだ。薄い紫色の瞳が潤んだように光る。
私の目の前で紅茶を飲む、癖のないアッシュブロンドを緩くハーフアップにした女の子の名前は、ザラ・カーシス。カーシス商会の統括であるギルベルト・カーシスの、年の離れた妹だ。
「ザラが選んでくれたこのネックレス、どのドレスにも合わせやすいからすごく助かるわ。本当にありがとう」
「ステキな人に使ってもらえて、そのネックレスも喜んでいると思いますよ」
ザラは、両手を頬にあててうっとりと私を――、正しくは私の首元で光るネックレスを――、見つめる。
「本当に、エリナの顔はきれいね。そのきれいなネックレスがよく映えますわ。やはりきれいなものにはきれいな人を組み合わせてこそ、です。はあ、眼福、眼福」
いつも通りのザラの言いぐさに、私は苦笑する。
ザラはカーシス商会が扱っているアクセサリーに、人並みならぬ愛情を注いでいる。愛情、というより偏愛と呼ぶのがふさわしいかもしれない。日々の言動から、ザラは他人のことをアクセサリー映えさせるためにあるマネキンだと思っているのではないかと、時々不安になるほどだ。
「うちのネックレスをつけたエリナに、あのおきれいな顔面のシルヴァ様を組み合わせれば、向かうところ敵なしだと思うのです」
「いったいなにと戦ってるのよ」
私はつっこみつつ笑う。
「きれいなものが好き」と言ってはばからない、少し変わり者のザラとは、ほんの一か月前に会ったばかりだ。でも、もうすっかり打ち解けて、今ではアイゼンテール家のタウンハウスで週一回お茶を飲む仲になっている。
初めて会ったのは、ケイリーンブティックのオーダーしたドレスが納品された時だ。ドレスに似合うアクセサリーを、とカーシス商会のギルベルトが大きなジュエリーボックスを抱えてわが家にやって来た。その時に同行してきたのが、ザラだった。
(思えば、ザラって最初は人見知りをしてなかなか話をしてくれなかったよね……)
出会ってすぐはザラはにかんで顔を真っ赤にしたまま、押し黙ってしまった。事前にギルベルトからザラは人見知りだと聞いてはいたけれど、想像以上の人見知りっぷりで、少し困惑してしまったくらいだ。
しかし、私のファッションセンスが壊滅的にないことに気づくや否や、ザラの表情が一変した。人が変わったように次から次にジュエリーボックスからアクセサリーを取り出し、懇切丁寧かつ的確なアドバイスをし始めたのだ。
結局、ザラの並々ならぬ熱意に押された私は、アドバイス通りに思ったよりたくさんのアクセサリーを買ってしまった。
大量のアクセサリーを売りつけることができたギルベルトは「さすが我が妹、商売上手だな」とホクホクした顔をしていたけれど、実際ザラのアドバイスは正しく、買い求めたアクセサリーは全て使い勝手がよく、私に良く似合った。
その上、ゾーイ曰く、カーシス商会の扱うアクセサリーは、どれもとんでもなく質が良いと貴族の間でも評判らしい。とにかく、良い買い物をしたのは間違いない。
今日身に着けているネックレスは、特に気に入っているものだ。華奢な銀細工に、淡い水色の宝石が散りばめられている。
「ねえ、今度お姉さまにアクセサリーを送ろうと思うの。また素敵なものを選んでくれない?」。
「まあ、ルルリアさんに!? もちろん! この前、見惚れるくらいきれいな宝石が入りましたから、今度いくつか持参しましょう」
「ありがとう。ザラが選んだものなら、お姉さまも必ず喜んでくれると思うな」
「ああ、きれいな人のアクセサリーを選ぶことができるなんて、私ったらなんて幸せなの! 予算はおいくらくらい? 宝石の色は群青色なんてどうかしら」
身を乗り出し、目を輝かせて色々提案してくれるザラに、私は微笑んだ。
ザラは貴族令嬢だけれど、根っこはギルベルトと同じように、商魂たくましい商人だ。しかし、それ以上に顧客のアクセサリー選びにこの上なく幸せを覚えるタイプらしく、「似合わないアクセサリーは売らない」ときっぱり言い切るあたり、どこか商売っ気のなさも感じる。
ザラはうっとりした顔で、ほう、とため息をついた。
「うちのアクセサリーがルルリアさんの胸元できらめくなんて、考えただけでもワクワクするわ。私、ルルリアさんは遠くからしか見たことがありませんけれど、本当にきれいな人よね。エリナとはまた違ったタイプの……」
「そうなの。姉妹っていっても、全然似てないわよね」
「うーん、例えるなら、ルルリアさんが太陽で、エリナは月ってところかしら」
私は苦笑して頷いた。「エタ☆ラブ」の悪役令嬢たるルルリアは、全てがきらびやかで華やかなオーラを放つ。どこにいてもとにかく目立つ人だ。それに対して、私はわりと大人しい外見をしている。
「私、お姉さまとザラは話が合うと思ってるの。いつか直接会ってほしいな」
「えっ、ルルリアさんと私が!? 私、きっとルルリアさんを前にしたら恥ずかしくてお話できなくなっちゃうわ。その時はエリナも一緒にいてね」
「もちろん」
私は大きく頷く。
ファッションセンスがある、という共通点が二人にはある。きっと話が合うに違いない。
ザラは人見知りだけど、アクセサリーの話になると饒舌になる。ルルリアだって、持ち前のツンデレで最初はつんけんしてしまうかもしれないけれど、私の友達と知れば、悪いようにはしないはずだ。
そういえば、と私は話を変えた。
「会ってほしい人と言えば、アリッサにも会ってほしいの。今度、私に会いにブルスターナに来てくれるみたいだから、その時にでも」
「アリッサさん? それはどなた?」
「アリッサ・ピピンっていう、私たちとおない年の子だよ。おっとりしてて、すごくいい子なの」
アリッサは、婚約パーティーで料理の話をして意気投合したピピン家の御令嬢だ。あのあと、ずっと文通を続けていた。そして、今度ブルスターナに用事ができたということで、再び会うことになったのだ。
ピピン、という名前を聞いて、ザラの表情が変わった。
「ああ、ピピン家の! いつもお世話になっています。ピピン家が有する畑で作るお砂糖は
質が良くて、よく売れますの」
「へえ、カーシス商会って宝石だけじゃなくて、なんでも扱っているのね」
「ええ、おかげさまで。うちは手広くやっているのよ。アリッサさんともお友達になれたら、嬉しいわ」
ザラが頷いたその時、控えめにドアがノックされ、ゾーイがドアの隙間からそっと顔を出す。
「小さなレディたち、お話が盛り上がっているところ申し訳ありません。お医者様がそろそろいらっしゃるいますので、そろそろお開きにしていただけると……」
「あっ、もうそんな時間!? ごめんねザラ、今日はお開きだわ」
もっと話したい気もするけれど、こればかりは仕方ない。私とザラは立ち上がって玄関ホールに向かう。迎えの馬車がもう来ていた。
ザラは困ったような顔をする。
「いつも思うのですけれど、いくら時間があってもしゃべり足りないと思うから不思議ですね。きっと私たち、一晩じゅう話してもまだ話したりないって言うと思いますわ」
「確かにそうかも」
私たちは顔を見合わせて微笑む。年の近い友達は貴重だ。話題は尽きず、どんなに話しても、話したりなかった。
私たちを微笑ましく見ていたゾーイが、馬車に乗るザラに小さな袋を渡す。
「これ、よかったらどうぞ。先ほど焼いたクッキーです。お口に合うといいんですけれど」
「わあ、嬉しい。いつもありがとう」
「いえ、エリナ様とお友達になってくださって、その上いつも仲良くしてくれてありがとうございま、……うっ……」
途中でゾーイは言葉につまってほろほろと泣きだす。私はぎょっとした。
「ちょっとゾーイ、なんで泣くのよ!」
「……ずっと城に引きこもっていたエリナ様に、ついに親しいお友達ができたことが、私はうれしくて、うれしくて……」
「そんなことで泣かなくても……」
確かに、エリナには友達という存在が一人もいなかったのは事実だ。齢が近い話し相手といえば、姉のルルリア、兄のロイ、そして料理人のガウスくらい。それが、ゾーイにとってはよっぽど心配だったようだ
ゾーイはエプロンで涙を拭くと、ザラとしっかり握手する。
「エリナ様をこれからもよろしくお願いしますね」
「ええ、もちろんですわ。エリナは私の大事なお友達です」
ザラははにかんだ笑顔でしっかり頷いた。
評価、ブックマークありがとうございます!
ちなみに、完全に裏話ですが、ザラの初恋の人はシルヴァです。
そのあたりも書けたらいいなぁと思っています。





