49.古い友人(1)
「さて、エリナ。ここから小料理屋へ向かうが、馬車に乗るか? ちなみに、目的地まではそう遠くないし、ここから歩けない距離ではない」
アイシャの店を出て、シルヴァは私にまぶしい笑みを浮かべた。
「あ、歩きましょう! 私、街を見て回りたいです!」
「そういうと思った。それではレディ、手を」
そう言うと、自然にシルヴァは私の手をとってさっさと歩き始める。普通の紳士と淑女であれば、女性側が男性の肘あたりに手を置き、連れ立って歩くのが一般的なのだけれど、いかんせん私達は身長差があるので、シルヴァが私の手をひくかたちだ。
「あ、あの、手を繋がずとも歩けます! 転んだりもしませんし、それに、このように手をひかれると、私が子守をされている感じに見えてとても嫌なんですけど!」
「ははは、確かにそう見えるかもしれないな。だが、これから人通りが多い場所を歩くんだ。こうしてれば迷子にもならないだろ?」
「うう、でも……」
「人の目を気にしているのか? それなら心配しなくていい。なんせブルスターナの街のやつらなんて、自分のことで精いっぱいで周りのことなんか見えちゃいない」
私の抗議をあしらうと、シルヴァは皮肉げに微笑んだ。
確かに、ブルスターナの街を歩いていても、行き交う人々は皆そこまで私達を気にしていないように見えた。人が多いのもあるけれど、それ以上にいろいろな人がいるからかもしれない。カウカシア王国中からブルスターナに人が集まるせいか、肌の色から衣服にいたるまで、実に多種多様な人々で通りはごった返していた。
「しかし、まあ、確かにこうやって手を取って歩くと年の差があると実感させられるな。普段喋っているときは、年の差なんて感じないのになあ」
「……年相応の純真さや無邪気さに欠ける自覚はありますよ」
「純真さや無邪気さ、ね」
シルヴァは私の答えに低い声でくっくっく、と声を押し殺して笑う。
(まさか目の前の女の子の中身が二十六歳のOLだとは思ってないだろうしなぁ……)
きっと、本当のことを言ってもシルヴァはおそらく信じないだろう。何かの冗談だと笑い飛ばすに違いない。
私はさりげなく話題を変えた。
「それにしても、先ほどのブティックはなんというか、変わってましたね」
「ああ、なかなか店長が強烈な個性の持ち主だったもんなぁ。まあ、デザイナーや芸術家の類の人間はちょっと変わったヤツらが多いからな」
「シルヴァ様、あのような場所に慣れてらっしゃいましたよね? ほかの女性と幾度となくあのようなブティックに行った経験がおありだとお見受けしましたが……」
「ん、なんだ、珍しく嫉妬してるのか?」
シルヴァはニヤリと微笑む。私は頭を振った。
「いえ、そういうわけじゃないんです。むしろ助かりました」
「……助かった?」
「あのような場に行くのは、私は初めてでしたから。シルヴァ様がいて、スムーズに話ができて良かったです。さすが、女性のエスコートに慣れていらしゃるだけありますね」
私の答えに、シルヴァはなんとも苦い顔をした。
「……目的の小料理屋は昼過ぎから少し混むんだ。急ごう」
私の顔から眼をそらすと、にわかにシルヴァの歩調が速くなる。
(……それにしても、こんな年下の婚約者と付き合って楽しいのかしら)
私は心の中で首をかしげた。
この世界では十五歳を目安に成人したとみなされるため、18歳のシルヴァはもうすでに成人していて、結婚もできる年齢だ。そうは言っても遊びたい盛りであることも違いない。実際、婚約パーティーですら数多の貴族令嬢の嫉妬の目を感じたのだから、相手に困ることもないだろう。これまでに恋人の一人や二人いたとしてもおかしくない気がする。
(実際、この身体の持ち主も何度も浮気されたって怒ってたしねぇ……)
案外、私の知らないところでうまくやっているのかも、とぼんやり考えていると、ふいにシルヴァが口を開いた。
「ついたぞ、ここだ」
シルヴァが指さした先は、こじんまりとした外見のレストランだった。食欲をそそる良い匂いがこちらまで漂ってきている。シルヴァは慣れた調子で中に入ると、カウンターにいたウェイターに手早くいくつか注文して席をとる。
やがて、外で正午を知らせる鐘が鳴り響き、にわかに店内も混み始めてきた。
「混む前に着いてよかったな。飲み物と料理はとりあえず魚料理をメインにいくつか頼んだが、それでよかったか? 好き嫌いは特になかったはずだよな」
「ええ、大丈夫です」
正直カウンターの上に書いてあったメニューを見ても何が何だかチンプンカンプンだったため、シルヴァの配慮はありがたい。
「そういえば、魔法の一件についてはどうなった?」
「ああ、ようやくこの前連絡が来て、来週にはポーリの師匠に会う予定になっています。本当はもう少し早く会いたかったんですけどね」
私は少し苦笑する。ブルスターナに来た一番大きな理由が、魔法の家庭教師であるポーリの師匠に会い、私の属性を確かめることだった。
「まあ、魔法使いの師範代となれば、何かと忙しいからな。まずは属性が分かるといいな」
「ええ……」
「そう不安そうな顔をするなよ。がけ崩れの時と、山賊の時、二回は特大の魔法を放ってるんだから、少なくとも魔力がないってわけじゃないだろう」
「あれは、本当に私がやったかわからないので……」
私はうつむく。
あれからこっそり何度か魔法を使おうとしたものの、もちろんいきなり才能が開花するなんて都合の良い展開にはならず、相変わらず手元を明るくする程度の魔法しか私は使えなかった。
「そういえば、デイ男爵に例のがけ崩れの報告書ももらったんだろ?」
「そうでした! 興味深いことが書いてあったんですが……」
「……ッ! すまないエリナ、その話はあとで聞こう」
急にシルヴァは私の話を遮り、素早く顔を伏せた。
「おっと、そこにいるのはシルヴァじゃないか? それに、一緒にいるのは噂の婚約者殿とみた」
顔を伏せたシルヴァの端正な顔が凍り付く。
私はそっと後ろを振り返った。そこには、癖のないアッシュブロンドを高い位置でポニーテールにしている、糸目の青年が立っている。年はシルヴァと同じくらいだろうか。
「よーお、久しぶりだな! あ、そうでもないか! 最近会った気がするなぁ。なんだったか、ブティックの話をした気もするなぁ……」
「ギルベルト、お前、なぜここに……」
「デート中のところ申し訳ないが、あいにく席がなくてな。相席しても良いか?」
「おい、空気を読めよ。お前は立って食え」
シルヴァの不機嫌そうな声に取り合わず、ギルベルトと呼ばれた男性は、シルヴァの隣の席に遠慮なくドッカと腰を下ろした。
「噂のシルヴァの婚約者殿、だな。俺はギルベルト・カーシス。カーシス商会で商人をやっている。今後良しなに」
そういうと、糸目の目をさらに細めて、ギルベルトは不敵にニヤリと笑った。
★すみませんが、シルヴァのセリフを11月14日に内容を少し変更しました!





