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44.王宮舌戦(2)

 王宮に到着した私とゾーイは、すぐに走り寄ってきた侍従によってロビーのような吹き抜けの広間へ通された。アイゼンテール家の城とはまた違ったおもむきの、豪華絢爛ごうかけんらんな城に私はただ圧倒される。


(ここが、この国の中心……)


 この場所にカウカシア王国中の貴族たちが集まるのだ。そのためか、城の中には不思議な静寂と、厳格な雰囲気が漂っていた。私とゾーイは自然と口数が少なくなる。ゾーイは分かりやすく緊張し始めていた。

 しばらくすると、広間に見慣れた姿がこちらに向かって歩いてくるのに気づいて、私とゾーイは頭を下げる。

 ローラハム公だ。金髪をオールバックにし、鮮やかな碧眼は目が合ったものすべてを委縮させてしまうような鋭さがある。堂々たる姿は豪華絢爛な広間の雰囲気に飲み込まれることもない。ただ、そこにいるだけで目立つ。このオーラは兄のロイや姉のルルリアとよく似ていた。


「お父様、ごきげんよう。お待たせして申し訳ございません」

「行くぞ」


 それだけ言うと、さっと踵を返し大股でローラハム公は城の奥へ向かう。慌てて私とゾーイはその姿を追った。私に対する冷淡な態度は今日も相変わらずだ。

 私は先を歩く広い背中に向かって質問を投げる。


「お父様、今日は陛下に謁見するんですよね?」

「昨日のうちにそう言ったはずだ。話したことを質問するではない。不快だ」


 ローラハム公は振り返りもせずにばっさりと私の質問を切り捨てた。


(いやいやいや、話したも何も、圧倒的に言葉不足だし、今日の段取りとかほかに伝えるべきことあるでしょ!)


 私は心の中で勢いよく突っ込んだが、口にしてもらちが明かないことは自明のことだったので、大人しく謝罪の言葉を口にする。

 横を歩いていたゾーイがそっと私の手に触れた。ゾーイをそっと見ると、眉毛をハの字にして、少し困ったような顔をしている。どうやらローラハム公の態度で私か傷ついてしまったのではないか、と心配してくれているようだった。

 私はゾーイを安心させるために少し苦笑してみせた。最初は確かにいちいち傷ついていたけれど、さすがに最近はローラハム公のこの態度にももう慣れっこだ。

 しばらく城の中を歩くと、侍従と騎士が二人ずつ待機している一段と大きなドアの前で、ローラハム公はふいにくるりとこちらを振り返る。ドアの向こうからは、誰かが盛んに議論をしているような騒々しい声が聞こえた。しかも、一人や二人だけの声ではない。

 ただならぬ雰囲気を感じて、私は困惑する。


(あれ、王様に挨拶するだけじゃなかったっけ)


 横にいたゾーイが、ぎょっとした顔をする。


「お待ちください、ここは確か、赤の間では……?」

「そうだ。ここに陛下がおいでだからな」

「そんな……!」


 ゾーイの絶句に取り合わず、光のない碧眼でローラハム公はギロリと私を睥睨する。


「ここからはアイゼンテール家の恥にならぬよう、心がけよ」

「は、はい、わかりまし、」


 私が答えるより前に、ローラハム公は侍従に合図をしたため、勢いよく重いドアが開け放たれた。


「ローラハム公、入室です」


 侍従長が大きな広間に向かって叫ぶ。その瞬間、無数の視線に私は射抜かれた。


(ここって……!)


 明らかに私が来るべき場所ではない。


(ローラハム公は何を考えているのよ!)


 ゾーイが赤の間、と呼んだこの部屋は、確かに赤かった。

 部屋は真紅の装飾品で統一され、壁紙までが赤い。貴族が所狭しとばかりにひな壇のようになっている椅子に腰かけている。皆、身に着けているのは正装ではあるものの、少なくともパーティーをしに来た雰囲気の恰好ではない。

 貴族たちの矢のような視線を一身に受けた私は、思わずしり込みしそうになるのをぐっとこらえた。

 察するに、おそらくここは議会だ。このカウカシア王国の政治を執り行う重要な場所であり、おそらく私のようないたいけな少女が来るには最もふさわしくない場所。

 中央の台には、ひときわ奢侈な衣装に身を包んだ太った老人が、赤いクッションにうずもれるように黄金の椅子に座っている。そして、その老人を囲むように輝くような美少年が二人、立っていた。

 そのうちの一人が、親しげに私に笑いかける。ルルリアの婚約者であるカウカシア王国第一王子のラーウムだ。私に向って小さく手を振ってきたため、私は少しだけ微笑む。一方、威厳のあるたたずまいすら感じさせるもう一人の美少年は、第二王子のアベルだ。春に多少のトラブルがあった私と対面しても、そのりりしい相貌を変えることはなかった。


(わあ、今日も二人の王子は顔が良いわぁ……。アベル王子に関してはあまりいいイメージはないけれど、離れて眺める分には最高ね。目福だわぁ)


 と、一瞬場違いな感想を抱いたけれど、今はそれどころではない。

 どうやら、二人の王子を両脇に連れ立っていることから、中央の玉座に座る老人は、カウカシア王国の皇帝、その人のようだと私は気づいた。確か、齢はまだ五十にも達していないはずだ。これだけ老け込むということは、相当な重圧プレッシャーがこの人物一人にのしかかっているのだろう。

 皇帝は、ローラハム公と共に議会に入ってきた場違いな私をぼんやりと見つめている。その表情から、感情をうかがい知ることはできない。

 ローラハム公は仰々しく口を開いた。


「陛下、ご紹介が遅れましたが、こちらアイゼンテール家の末の娘、エリナ・アイゼンテールです。この冬に社交デビューを果たしましてな。一度ご挨拶をと思い、連れて参りました」


 私はまっすぐと皇帝を見つめ、最高位の人物にする礼を取る。


「カウカシアの豊饒ほうじょうな大地を抱く、偉大なる我が父、我が皇帝。陛下の御威光が、星々の光になって世界を煌々(こうこう)と照らしますように」


 儀礼的で古めかしい口上を私が述べると、貴族たちが一斉にざわめく。そう言えば、私は深窓の妖精嬢と呼ばれ、その存在すら怪しまれていたほどなのだから、驚く貴族がいてもおかしくはない。

 議席の前の方に座っていた白髪で痩せぎすの貴族が、おもむろに立ち上がった。


「ローラハム公よ、ここは議会ですぞ。社交デビューを果たしたばかりの末娘の紹介など、他の機会にいかようにもできたはずだ。議会をそのような些事の発表の場にするのは避けていただきたいものですな」


 かなり不躾な言葉だったけれど、私は思わず大きく頷きそうになった。


(いや本当に、全くもってその通りよね!)


 議会のような公の場で社交デビューをした末娘の紹介をするなんて、議会を私的利用していると批判されて当然だ。

 しかし、批判されたローラハム公は平然としていた。


「ベラッジ伯爵、貴公、分相応の発言をするようわきまえてはどうだ? 吾輩は貴公に我が娘を挨拶にさせに来たわけではない。あくまで陛下に謁見させたまでだ。本件が些事かどうかは陛下の判断に委ねるところである」


 ローラハム公の言葉に、ベラッジ伯爵と呼ばれた白髪の貴族は顔を真っ赤にして押し黙る。二人のやりとりからややあって、皇帝がようやく重い口を開いた。


「アイゼンテールの娘よ。はるばるこのブルスターナによく来たな。年は今いくつになる?」

「はい、今年の冬で11歳となります」

「ほう、我が息子たちの一つ下だな。とにもかくにも、社交デビューおめでとう。今後、よくこのカウカシア王国に仕えてくれ」


 皇帝のこれ以上ないほど当たり障りのない言葉に、私は再び深く頭を下げた。皇帝はベラッジ伯爵とローラハム公の対立を深めたくはないようだった。私も異存はない。というか、一刻も早くこのピリついた議会を去りたい気持ちでいっぱいだった。


「さてさて、挨拶は済んだようだ。お開きだお開き! その娘を退出させよ! 議会はまだ終わってはいないぞ! 我々は忙しいのだ」


 赤い顔のまま、ベラッジ伯爵は怒鳴った。ベラッジ伯爵のまわりの取り巻きたちが一斉に「そうだそうだ」と、ヤジを飛ばし始める。


(そうよ、そろそろ帰らせて!)


 私もできればあちらの陣営に参加してローラハム公にヤジを飛ばしたいくらいだ。

 私の願いも空しく、ローラハム公は落ち着きはらった様子で、ニヤリと笑った。私を退室させる気は、まるでないようだ。


「いや、まだ終わってはいないぞ。議会は審問の場でもあるのでな。して、ハスリー子爵に尋ねたいことがある」

「は、はい!?」


 ベラッジ伯爵の隣に座り、ヤジを飛ばしていた赤茶色の髪の太った貴族が、ローラハム公に急に呼ばれて泡を食ったように立ち上がった。


(あれ、ハスリーって……)


 私はすぐにピンとくる。自らの領地の民たちに重い税を課し、山賊になるようにけしかけた、例の悪徳貴族だ。私は思わずでっぷりしたハスリー子爵を睨みつける。


「我が娘がブルスターナに来る際、ハスリー家の領土で山賊に襲われたのだ。幸いにも、優秀な護衛がついていたため、大事には至らなかったが」

「あっ、あれは……!」

「説明を要求する」


 端的なローラハム公の言葉に、ハスリー伯爵は震え上がった。思い当たることが多くあるに違いない。

 急に取り巻きの旗色が悪くなったことに気づいたベラッジ伯爵が、唾を飛ばして反論する。


「おい、質問があるのであれば議会の前で質問状を寄こしてから質問するものだ! それが法式ルールというものであろう!」

「立場をわきまえよ、ベラッジ伯爵。吾輩はあくまでハスリー子爵に質問しているのだ。可愛い我が子が貴公の領土で危険な目に遭ったのだ。子細を確認したいと思うのが親心であろう」


 たっぷりとした間を持たせてローラハム公はハスリー伯爵に尋ねる。ローラハム公の言葉に、議会は一気にローラハム公に同情し、ハスリー子爵の弁明を求める雰囲気になった。


(よくもまあ、いけしゃあしゃあと……)


 私は、呆れた顔をするのをすんでのところでこらえた。ローラハム公の口から「親心」だとか「可愛い我が子」という言葉がスラスラと紡ぎだされることに違和感しかない。

 しかし、ハスリー伯爵を審問するにはこれ以上の場はないように思えた。急に晒上げにされたハスリー子爵は蒼い顔をしている。ローラハム公もこの機を逃す気はないらしい。


「ええい、ハスリー子爵、早く弁解を述べよ!」


 いつまでも答えようとしないハスリー子爵に業を煮やして、ベラッジ伯爵がキンキン声で怒鳴りつける。

 ハスリー子爵は太った体をぶるりと大きく震わせて、口を開いた。


「山賊の件は、まことに申し訳ございません。私の領地管理の至らなさ、不徳の致すところです。山賊たちのリーダーは捕まりましたし、事実上解散になったと聞いています。残党がいても、しばらくは騎士団が見回りに入ると聞いておりますので、我が領土も安全になることかと」

「しかし、子爵。我が娘だけではなく、お主の領土で山賊に襲われた貴族が他にも数多あまたいると聞いているぞ」

「そ、それは……」

「我が末娘、エリナよ。お前の口から今回の山賊の件を語ってくれないか」


 ローラハム公の碧眼が私を試すようにこちらを見ていた。


(え、)


 私は一瞬固まる。再び貴族たちの視線が私に一斉に集まった。


(こ、これは、いくらなんでも、無茶ぶりが過ぎるでしょ……)


 こうして、いきなりやってきた出番に、私はただただ冷たい汗が背中にダラダラと流れるのを感じた。

あと1話続きます!

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