40.山賊との遭遇
「命に替えてでもお嬢様を守れ!」
そう御者の一人が叫んだのをきっかけに、馬車は猛スピードで走り出した。馬車全体がガタガタ揺れ、驚いたオスカーがキャン、と鳴き声を上げて私の膝に飛び乗る。
私達の馬車は二台、私達の乗っている馬車と荷物を積んだ馬車で走っていたけれど、荷物を積んだ馬車は、スピードを落とし、乗っていた御者たちが一斉に剣を取り、臨戦態勢になったのが見えた。私達を逃がすために、あえて囮になるのだ。
しかし、荷物の乗った馬車には目もくれず、私達の馬車に、何人か痩せた馬に乗った男たちが森の中を走りながらぴったり併走しているのが見えた。男たちの服装はボロボロで、顔を隠すために帽子やバンダナを目深に被り、手に思い思いの武器を持っている。
「ねえ、絵にかいたような山賊がでてきたわ! 迂回ルートで行商人の馬車となかなかすれ違わなかったのは、山賊の出没が原因だったのね!」
「お嬢様、今は冷静に分析している場合じゃありません!」
私の言葉に、ミミィが悲鳴を上げるような甲高い声で叫んだ。
私達の馬車を追いたてる山賊たちに向かって、突如馬車の後ろから、青毛の馬に乗った人影が低い姿勢から滑るように突っ込んでいく。私たちを護衛していたシルヴァだ。山賊たちはシルヴァの一振りで次々と薙ぎ払われていく。
馬上で剣をふるうシルヴァは猛々しく、普段のシルヴァとはまるで別人のようだった。いかんせん山賊の数が多いため苦戦している様子だったが、一対一の勝負であればシルヴァと山賊たちの力の差は圧倒的だ。第一騎士団の騎士、という称号は伊達ではないらしい。
「すごい……」
「お嬢様、窓の近くは危険だ! 床に伏せてしっかりどこかに捕まっててくだせえ! 口はしっかり閉じて! さもないと舌を噛んじまう!」
窓に張り付いて外を見ていた私に向かって、馬車の小窓越しに馬を繰りながら御者が叫ぶ。私は慌ててオスカーを抱き、頭を引っ込めた。
ゾーイとミミィは、不測の事態にただ青い顔をしてガタガタと震えている。
「ああ、星々よ。哀れな私達をお救いください。あと少しでブルスターナだというのに、なんてこと……」
「お嬢様の悪い予感ってこのことだったんですね……」
恐怖で身をすくませる二人の手を私はそっと握る。
「大丈夫よ。シルヴァ様は強いし、この馬車も速いわ。相手の馬は痩せていたから、そうそう体力は持たない。このまま走ればきっと逃げ切れるはず」
「エリナ様……」「お嬢様……」
「とにかく、みんなの無事を祈るしかな、」
急に、御者の背中が見えていた小窓に、爆発音とともに閃光が飛び散る。小窓から見えていた御者の広い背中の姿が消え、地面になにか重いものがぶつかるような鈍い嫌な音がした。
馬車を引いていた馬たちが甲高い声で嘶き、パニックに陥って急に止まる。
「キャッ、馬車が……!」
「私たちの馬車の御者の人が馬車から落ちたんだわ! 大変! 助けないと!」
「エリナ様! だめです、馬車の中へ!」
「でも、ほっとけないでしょ!」
馬たちが暴れ、ガタガタする馬車のドアをなんとか開けて、私は外に飛び出した。オスカーも私と共に外に出る。外は煙臭かった。恐らく、先ほど御者に当たった閃光が臭いの原因だろう。盛んに嘶き、興奮している馬たちに声をかけると、よく調教されているのかすぐに馬たちは大人しくなった。
あたりはすでに暗い。山賊たちは黄昏時の暗闇に乗じて私たちを狙っていたのだろう。私は落ちた御者を探して、暗闇に目をこらした。
「……いない! オスカー、御者さんを探して!」
ワン、と吠えると、すぐにオスカーは当たりの臭いを嗅ぎ、森の茂みの中に入って行く。そして、ほど遠くない場所で「わん」ともう一度鳴いた。どうやら見つけたようだ。
「さすがよ、オスカー!」
森の茂みに突っ伏している御者のリーダー格の男に私は慌てて近づいた。胸のあたりを揺すると、意識はないが、しっかり呼吸をしていた。幸い、馬車から投げ出された後、こんもりとした茂みの上に落ち、運よくそれがクッションになったようだ。馬車からも距離があり、ここなら馬に蹴られる心配はなさそうだった。
(とりあえず、どこか怪我していないかもう一度確認して……!)
私は御者の身体を押して、なんとかズルズルと茂みから下ろした。うう、と低く御者がうなる。
「手荒い真似をしてごめんなさい。でも茂みの上にいるより、地面のほうが痛くないと思うし、何より安全だから」
私は手早く御者の身体の様子を見る。幸いなことに大きな怪我はしていなさそうだったが、頬が腫れあがっていた。あの閃光にあたった時に火傷をしてしまったらしい。その上、ここまで吹っ飛ばされたのだ。あの閃光はそれなりの衝撃があったに違いなかった。
「痛々しい……。首を痛めてないといいけど。とにかく、早く顔を冷やしてあげなくっちゃ。御者さん、ちょっと待っていてください。すぐに戻りますから」
私はそう言って立ち上がる。意識を失っている御者を残してこの場を去るのは忍びないが、今の状況では仕方ない。
茂みは十分に御者の姿を隠せているので山賊はすぐには彼を見つけられないだろうし、応急処置を早めに施す必要があるように思えた。
「ハンカチは持っているから、とにかく近くに川があるといいけれど……」
私は立ち上がって川を探すべく、森の奥へ進み始める。
ふいに、ずんずんと進む私を制止するように、オスカーがワンワン、と駆け回って激しく鳴きはじめた。そこで、初めて私はこちらに足音が近づいてくるのに気づく。しかも、マズいことにかなり近い。身を隠す暇はなかった。
「おーおー、獲物が自分から飛び出してくるとは思わんかったなぁ。見るからに上玉になる貴族のお嬢様じゃねえか」
「チビだが見るからに高貴なご身分だとわかるなぁ。こりゃ身代金もたっぷり要求できそうだ」
「ヒヒヒ、違えねぇ」
下品な笑みを浮かべながら、森の奥から二人の山賊が姿を現した。下卑た笑みを浮かべ、めくれあがる唇から、ところどころ欠けた黄色い歯がのぞく。二人とも手には鈍く光る刀を持っていた。シルヴァにやられたのか、服は汚れ、ところどころ怪我をしている。
オスカーが牙を剥きだして威嚇する。
「まったく、厄介な護衛連れやがって。こっちは数がいるからなんとかなったが、おかげで仲間が何人かやられちまった。俺たちの馬もな。ただ、俺たちはラッキーなことにお嬢ちゃん自ら出てきたところを見つけちまった。このツケはお嬢ちゃんにしっかり払ってもらうぜ」
「……シルヴァ様、いえ、護衛のものはどこですか?」
「さあな。まあ、今頃ボコボコにされている頃合いだ。なんたったって、こっちも馬が残ってるヤツら総出でヤツを潰しにかかっているんだ。やられるのも時間の問題だろ」
「そんな! 一人に対して複数で攻撃するなんて卑怯だわ」
「フン、卑怯なのは重々承知だが、こちとらこんな山奥で生きるのに必死なんだ」
山賊たちがなおも言い募ろうとする私をせせら笑う。
「何を言っても無駄だ。助けは期待しないほうが良い。変に抵抗はしないことだな」
「こっちだってお嬢ちゃんの身体はなるだけ無傷で家族のもとへ引き渡したいとは思ってるんだ。まあ、暴れられたらこっちにも考えがあるけどな」
ヒヒヒ、と笑う二人に私はたじろいだ。オスカーは私を守るように尻尾をピンとたてて唸る。
(ああ、この人たちは物盗りっていうより、旅商人や貴族の誘拐を目的にしているのね)
この手の山賊の話は、以前シルヴァから聞いたことがあった。積み荷を売っても大した金額にならない上に、積み荷の金品を売ることで足が付く可能性がある。だから、あえて身代金目的で旅商人たちを襲い、誘拐する山賊たちもいるのだ、と。
確かに、山賊たちは後ろの荷を積んでいる馬車には目もくれず、迷いなく先頭を走る私たちの馬車を追ってきたのだ。身代金目的の誘拐が目的なのは間違いないだろう。しかも、ずいぶん手馴れている。
(これは、大人しく従ったほうが良さそうね)
先ほどの山賊の言い草から考えると、シルヴァからの助けは期待しないほうが良いだろう。下手に抵抗すればするほど、こちらには不利だ。とにかく、今は大人しく従い、隙を見て逃げるしかない。
「キャーッ!」
離れたところから聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。ミミィだ。ゾーイが叫ぶ声も聞こえる。
「おーい、馬車の中に女が二人いたぞ!」
「おやめなさい! 無礼ですよ!」
「……ッ! このアマ、暴れるんじゃねぇ! 殴られてえのか!」
もう一度悲鳴が聞こえる。私は慌てた。どうやら馬車の中に置いてきたゾーイとミミィも山賊に捕まってしまったらしい。
(油断した! 追手は二人だけじゃなかったんだわ)
目の前の山賊は慌てる私をゆっくりと見下ろした。
「おい、お嬢ちゃんや、あっちの二人に身に覚えはないか?」
「あの二人は、私の大事な乳母とメイドよ! 貴方たちの狙いは貴族である私でしょう?」
「おう、そうかい。おしえてくれてありがとよ。おーい、そっちは違う! ただの召使いだ! 殺せ!」
目の前の山賊が突如叫んだ言葉に、私は愕然とする。
「なんですって!?」
「貴族の娘はここにいるぞ! そっちは違う! 殺せ!」
「止めて!! その二人に手を出さないで!!」
私は、ゾーイとミミィのもとにとっさに走りだす。
簡単に捕まえられると高を括っているのか、山賊たちは必死に走り出した私を見て、下卑た声で嗤った。ミミィの甲高い悲鳴が聞こえる。
(間に合わない……)
今すぐにでも、その場に行って助けたかった。二人になにかあったら、私はきっと後悔する。
目的の場所までまっすぐ走りたいのに、木々が邪魔だった。オスカーが私の隣を走りながら吠えるのが聞こえた。
私は必死で叫ぶ。
「やめて!」
祈るような気持ちで、必死で前へ手を伸ばした。虚空をかく手がふいに熱くなる。
「やめなさぁ――いっ!!」
そのとたん、眩しい光の渦が面前に広がった。
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