29.ツンデレお兄さま、登場!(1)
今日は週一の魔法のレッスンの日。いつもの部屋は、しかし、いつにもなく重い雰囲気だ。
相変わらず、私の魔法の属性がわからない日々が続いていた。講師のポーリはいろいろな人から情報を集めているようだったけれど、全く手掛かりがつかめていないらしい。ポーリが持ってきたぶ厚い手紙たちが、彼の奔走を物語っている。
今日も今日とて私を前に、ポーリは難しい顔をして手元のメモに大量に書き付けている。
「レッスンを始めてすでに一か月くらいたったっていうのに、キミの属性が未だにわからない。しかも、キミの場合、どの属性の魔法を使っても弱小ながら魔力が発生するからさらにややこしいんだよねぇ」
ポーリはそう言ってボサボサの赤毛をガリガリと掻いた。
実際、私は軽い魔法程度なら使えることが徐々にわかってきている。かなり威力は弱いけれど、手元を照らすくらいの明かりを灯すことくらいはできるし、そよ風程度の風なら起こすことも可能だ。だけど、ポーリ曰く、私の潜在的な魔力から鑑みるとかなり魔力の出力が少ないらしいのだ。
「私の魔力が喜・怒・哀・楽、どの属性にも当てはまるってことは?」
「うーん、興味深い仮説だけど、属性を4つも持つことは魔力パスの構造上、ありえないんだよ。稀に2つの属性を持っている魔法使いもいるけど、それが人間の体にとって魔力製造の限度だと言われている。歴史上、3つ以上の属性を持っている魔法使いなんて現れたことはない」
「……私がものすごく魔法の才能がない可能性は……?」
私は怯えながら聞く。前いた世界では普通のOLだったし、もちろん魔法なんて使ったことがない。もしかしたら、私の魔法に対する才能がこれっぽっちもないせいでこんなことになっている可能性も否定できない気もする。そうだとしたら、こんなにポーリを奔走させているのも申し訳ない。
ポーリは怯える私に、人懐っこい安心させるような笑みを浮かべた。
「それはないと断言しよう。そこは安心していいよ」
「でも……」
「キミはむしろ、体の中に強すぎる魔力を持っているから、溢れた余力分の魔力ですべての属性の魔法が使えている、という状態に近いんだと思うんだよねぇ。コツがつかめたら、あっという間に上達するよ」
ポーリはぶ厚い眼鏡の向こうの穏やかな瞳を茶目っぽくクルリとまわした。
「なあに、そのきらめく才能で、ボクをぞんぶんに困らせてくれよ。講師っていうのはそのためにいるのさ。もしキミが上手に魔力を使いこなせるようになったら、ボクなんて魔法使いとしてはキミに足元にも及ばなくなるんだ。講師冥利に尽きる話じゃないか。その時を楽しみにしておこう」
「ポーリ……」
「大丈夫、いずれわかるさ。ただ、やはり近々、ブルスターナに行く必要があるな。師匠に視てもらわないと解決できそうにないからね。ボクからローラハム公に掛け合っておくから」
なんだか本格的に大ごとになってきた気がする。
ブルスターナはカウカシア王国の首都だ。王族の住まう王宮、貴族たち、そしてすべての情報と物資が集まる街。婚約者のシルヴァもブルスターナにいる。
「出発はいつになりそうかしら?」
「師匠の予定も聞かないといけないから、何とも言えないな。 もちろん、キミの体調が第一だし、無理にとは言わないよ。ただ、なぜキミの属性がわからないのか、早めに原因究明しておきたいかな。ま、これはボクの知的好奇心を満たすためなんだけどね」
「私も早めに知りたいわ。ずっとモヤモヤしてるんだもの」
「……まあ、いずれにしても君の心配性の乳母は、キミが説得してくれよ。ボクにはおそらく無理だからね」
「ああ、そうだった……」
私は頭を抱える。
風邪をこじらせた一件以来、私の体調管理に鬼のように敏感になっているゾーイを説得しなければ、首都ブルスターナ行きは難しいだろう。
(最近は前みたいに上目遣いでわがまま言っても通らなくなってきたし、先行きはかなり厳しいだろうなぁ)
これからのことを考えて、私は軽くため息をついた。
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翌日――……
「あー、もう! どうやってゾーイを説得しようかなぁ」
いつもの乗馬のレッスンを終え、私は講師と別れると、心地よい秋晴れの空気にため息をついた。結局、私はゾーイにブルスターナ行きの件をまだ相談できていないのだ。というのも、昨日うっかり咳き込んでしまい、それに慌てたゾーイとミミィが「今すぐお医者様を呼んで!」と大騒ぎしたのだ。咳き込んだ理由が、飲んでいたお茶が変なところに入ったからだと慌てて説明しても、ゾーイは結局医者を呼んでしまった。もちろんかけつけた医者が理由を聞いて苦笑したのは言うまでもない。
実を言えば昨日咳き込んでしまったせいで、今日の乗馬のレッスンもゾーイからやんわり反対されていたのだ。こんなに気持ち良い秋晴れの下で馬で駆ける機会を無駄にしたくなくて、なんとか押し切ったけれど。
とにかく、こんなことでも大騒ぎになるのだから、私がブルスターナに行きたいなんて言い出したら、ゾーイは卒倒してしまいかねない。
(でも、ブルスターナには行ってみたいんだよなぁ)
私の魔力の属性がいい加減何なのかを明らかにしたい気持ちもあるし、なによりもアイゼンテール家の城でじっとしているのももういい加減飽きてきた。賑やかな首都を見ておきたい。
それに、ブルスターナには婚約者のシルヴァもいた。心配をかけたらしいので、念のため元気な姿を見せておいたほうが良い気もする。
「昨日咳き込んで騒ぎになった件もあったし、今夜言うのは避けたほうが良いのかしら……」
ブツブツ呟きながら、西棟の裏手にある広大な庭にまわる。ここ最近見つけたお気に入りの散歩コースだ。ここなら、誰とも会うことなく、思う存分考え事をすることができる。しかも、多少歩けばこの貧弱な体の力の体力づくりにもなって一石二鳥だ。
「ミミィに根回しをしたほうが良いのかしら? でも、ミミィもミミィで心配するだろうし……」
うーん、とうなりつつ、整然とした広い庭を考えながら散歩していると、ふいに一人の少年が、身を丸めながらコソコソと道具小屋に入っていく姿が目に留まった。
(あれは、ロイお兄さまじゃない?)
珍しい人物の登場に、私は驚く。
会ったのは春の社交デビューの日以来だ。あの純然たるお坊ちゃまであるロイ・アイゼンテールが、一体全体西棟の庭の道具小屋なんかに何の用事があるのだろう。
私はその姿を追うかどうかすこし迷った。しかし、やがて好奇心に負け、そっと道具小屋に足を向ける。
道具小屋にはやはり、私が思った通りロイがいた。うずくまって小さな声で何事かをずっと呟いている。
「……おい、大人しくしろ、吠えるなよ。……うわっ、舐めるな!くすぐったいだろ」
「お兄さま?」
「ひゃっ!?……誰だ!」
眼鏡の奥のきれいな色の碧眼を見開いて、金髪の少年は振り向く。埃っぽい道具小屋の中にいてもなお、きらめくオーラは健在だ。
(あー、さすが、顔面偏差値が高い。さすが、エタ☆ラブの攻略キャラクターなだけあるわぁ)
私は妹といえ、モブキャラだからあんまり接点はないけれど。
私の考えをよそに、ロイは予想外の人物の出現にかなり面食らっている様子だった。
「え、エリナ? な、なんでお前がこんなところにいるんだよ!」
「ここは私の住んでいる西棟の庭です。今日は乗馬のレッスンを終えて少しお庭を探索しておりましたの。お兄さまこそ、なぜここへ?」
私以外の家族が住んでいる東棟は、この庭と比べ物にならないほど豪華な庭があったはずだ。西棟までわざわざ訪れるのは何かよっぽどの理由があるのだろう。
私の言葉に、ロイは気まずそうに黙った。
そして、ロイが黙ったのと引き換えに、ロイが私から隠すようにかばっていた物体がモソモソと動いて、こちらにひょっこり顔を出し、私に向かって「わん」と鳴いた。
「……え、ワン?」
私の呟きに、ロイは何とも言えない苦い顔をした。
すみません、今まで空気でしたが、アイゼンテール家の嫡男、インテリ眼鏡担当のロイがやっと登場しました!





