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27.無属性の魔女

エリナ視点に戻ります!

 私が拗らせた風邪から完全に回復したのは夏の終わりごろだった。結局半年くらい私はベッドの上で生活していたことになる。

 窓から見えるオルスティン山の木々はすっかり深い緑色に染まっている。ところどころ紅葉した木々も見られるようになり、この頃は、夕方になると開け放った窓から入ってくる風も涼しいほどだ。


「うわぁ、痩せちゃったなあ……」


 私はベージュ色のドレスの袖からのぞく骨が浮き始めた腕を眺めつつ、ため息をつく。私のため息に反応して、私のドレスのリボンを結んでいたゾーイが困ったように微笑んだ。


「とにもかくにも、エリナ様が回復してなによりですわ。最近はお加減も良く、お医者様もびっくりするくらい回復されて」

「うーん、体力が落ちた気がするのだけ心配かな」

「そんなことありませんよ。エリナ様は倒れられる前と同じくらいすっかり行動的になられて。本当に私、それがうれしくて……」


 ゾーイは一瞬声を詰まらせると、優しい目を潤ませた。私の布団のリネンを変えていたメイドのミミィも激しく頷く。最近はずっとこの調子だ。私が危篤状態になった時、乳母であるゾーイと私付きのたった一人メイドであるミミィはずっと付きっ切りで看病してくれていたらしい。その結果、二人にはかなり心配をかけてしまった。

 ミミィが私の顔を覗き込む。


「顔色は良くなりましたけど、お嬢様はもっとじっとしていてもいいんですよ! 無理をしてはだめです」

「無理をしているつもりはないのよ。でも、体力はつけなくちゃ」


 私の返答に、ゾーイとミミィは若干不安そうな顔をした。二人は前にもまして過保護になっている。今や私が一つくしゃみでもすれば大騒ぎだ。

 ただ、正直なところ、この身体があそこまで風邪をこじらせたのは体力がまったくないのも原因の一つだと私は睨んでいた。体力づくりも今後は重点的にやっていくつもりだ。

 不安そうな顔のまま、ゾーイが釘をさすように言った。


「今日から新しく魔法の家庭教師の方が来られますし、近々乗馬のレッスンも入っていますが、あまり無理はなさらないでくださいね」

「うん、気を付けるわ」

「特に魔法は体力を使いますからね。絶対に、無理はしちゃいけませんよ」


 絶対に、と強調するゾーイに、私は苦笑いをする。


「心配しなくても、最初からそんなに体力を使うようなレッスンはしないと思うわ」

「ええ、もちろんです。しかし、念のため私からも家庭教師の方には強く言わせてもらいますからね。本当は一緒にレッスンを受けたいところですが……」

「もう、そこまでしなくても大丈夫だよ」


 心配性で優しい乳母を安心させるために、私は軽く微笑んで頷いた。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


「と、言うわけで、今日から魔法のレッスンを受け持つことになった。ボクの名前はポーリ・オズワード。気軽にポーリと呼んでくれ。なに、ボクはマナー講師でもなんでもないから、敬語も不要だ。楽しくやろう」


 今しがたポーリと名乗った中年の男性は、今日から私の魔法についてのレッスンを受け持つ家庭教師だ。

 ぶ厚くてボロボロの眼鏡をかけていて、燃えるように赤い髪の毛はボサボサ。その上、顎にはまばらに無精ひげも生えている。そんな見た目でもなお親しみやすさを感じるのは、ポーリの顔に浮かぶ、親しみやすい素朴な微笑みのせいだろう。

 いつも家庭教師たちを招く東棟のサンルームには、明るくサンサンと光が差し込んでいる。ポーリのフワフワの赤毛が日光を浴びてきらめいた。


「私はエリナ・アイゼンテール。よろしくお願いしま……じゃなくて、よろしくね」

「うん、うん、上出来だ。ボクはぶっちゃけると敬語が苦手でね。まあ、キミのことも勝手にエリナと呼ばせてもらうよ。さて、エリナ。さっそくだけど、魔法について知ってることをおしえてくれるかい?」

「えーっと、魔法は基本的に、『喜・怒・哀・楽』属性があるってことくらいは……」

「素晴らしい。それだけ知っていれば十分さ」


 ポーリは頷くと、私にぶ厚い本を渡して、説明を始める。

 この世界は魔法と魔術、2種類の異なる不思議な力がある。魔法は人間が魔力を使って行使する力であり、魔術とは契約や呪術によって魔力をほとんど使うことなく行使される力のことを指す。

 基本的に魔法使いたちは「喜・怒・哀・楽」属性のどれか一つ、生まれつき得意な分野が存在する。属性を複数持つ魔法使いもいるのだが、かなり稀だ。ただ、皆共通して「愛」という属性を持ち合わせており、時には愛属性の魔法はすべての力を打ち砕く強力な力を持っている、とされている。しかし、愛の魔法発動の条件は複雑かつ難解で、謎が多い。


「魔術の契約は追って別の機会にレッスンを始めよう。魔術に関しては覚えることが多いけれど、こちらに関しては座学中心になる。まあ基本的に『真名を他人に教えない』『正しく描く』『魔力のさじ加減を間違えない』の3つさえ覚えとけば大丈夫だ」

「あの、真名しんめいって?」


 確か、「最初に夢と時間の狭間」と呼ばれる空間で、エリナと出会った時、エリナが真名を名乗った覚えがある。


「私の真名は確か、エリナ・フォン……」

「おっと、ストップ! 用心深い人は配偶者にも教えないくらいなんだから、真名の扱いには注意してくれ。真名というのは、魔術の契約に必ず必要な、君の本当の名前だ。やたらめったら長いのは、他人に悪用されないためでもある」


 なるほど、どうやら私はあの時勝手に魔術の契約をエリナ・アイゼンテールと結ばされていたらしい。私は無自覚に、元の世界での名前、つまり、自分の真名を名乗ってしまっていたのだ。


(そんな、半ばだまし討ちじゃない! 詐欺よ!)


 と、釈然としない気持ちになったものの、ここでごちゃごちゃ考えても埒が明かない。私は話をすすめるべく、質問を続けた。


「じゃあ、魔法に関しては?」

「こちらは魔力の訓練の要素がかなり強いから、実技が中心になる。例えば、ボクは『楽』の属性の魔法使いなんだけど……」


 そう言うと、ポーリは人差し指をツイ、と出す。指の先から不思議な色の光が点滅しはじめ、あっという間に強い光を放ちはじめた。


「ボクは今この魔法を発動させたとき、過去あった楽しいことを思い出した。そうすると、感情が魔力となって流れ出す」

「魔法は、感情から生み出された魔力を使用する、ということね」

「その通り! 安定して魔法を使うには、安定して感情をコントロールする必要がある。それから、効率よく感情を魔力に変換するのも訓練が必要だ。だから、魔法のレッスンは基本的に実技が中心になるってわけさ」

「へえ、なるほど」

「そして、エリナは自分がどんな属性の魔法使いなのか、もちろん気になるよね」


 意味深に笑うポーリに私はすぐに頷いた。


「すぐわかるの?」

「そうくると思った! もちろん、簡単にわかるよ」


 そう言うと、ポーリは私に向かって両手を差し出す。


「手を握ってくれるかい? それで、目を瞑ってボクの指示に従って」

「え……」

「怖がることはない。キミの魔力をボクが勝手に感じるだけだから」


 私は言われた通りにゴツゴツしたポーリの両手を恐る恐る握り、目を瞑った。不思議なことに、ポーリの手は少しひんやりしているのに、触れた場所がじんわり温かい。


「うん、もうすでにちゃんとキミの魔力を感じる。しかもかなり強力な魔力だ。これは末恐ろしいぞ。さすがはアイゼンテール家のお嬢さんなだけある」

「……これだけで、わかるものなの?」

「まあ、多少なら。さて、さっそく本題だ。まず、最近喜んだこと、嬉しかったことを思い浮かべて。もしうまく想像できなかったら、その思い出を声に出してもいいから」

「最近嬉しかったこと……」


 私はぼんやり心当たりを考えた。そう言えば、最近久しぶりに会った料理人のガウスがスノーボールクッキーを改良して食べさせてくれたことが嬉しかったような……。


「おー、上手上手。喜の魔力を感じられたよ。それじゃあ次は、最近怒ったことを思い浮かべて」

「怒ったことね……」


 それはもちろん病床にいて何も役に立たなかった医者たちの存在だ。結局彼らが飲ませた薬は全く効かなかった。何が入っているのか聞いても、守秘義務があるとかなんとかでごまかされたし。得体のしれないマズいもの飲ませやがって、と未だに怒りがこみ上げる。


「ん、あれ? まあいいや。じゃあ次は、哀しかったこと、辛かったことで」

「えーっと、哀しかったこと……」

「あ、思い浮かべにくいなら、喋ってくれてもいいよ」

「……パーティーで倒れてやっとのことで目覚めたら春が終わっていたことかしら」

「そうだったね。君の乳母のゾーイから、くれぐれも無理はさせないように強く言われてるよ。……あれ、うーん? じゃあ次は楽しかったこと」

「楽しかったこと……」


 ゾーイやミミィとの日々の他愛ないおしゃべりを思い浮かべる。ポーリがそのとたんにぎゅっと手を握った。


「ちょっと待って!」

「……?」


 私は恐る恐る目を開けると、目の前でポーリが焦ったような興奮しているような不思議な顔をしていた。なにか問題があったらしい。


「あれれ、こんなことは初めてだ。なにかおかしいな。やり直しをさせてほしい。もう一回、さっきのことをするよ。疲れたり、異変を感じたりしたらすぐに言って」

「……? ええ」


 私とポーリは最初からまた同じことをやり直した。私はポーリに指示された通り、目を閉じ、手をつないだ状態で、喜怒哀楽にまつわる思い出を思い出していく。

 ポーリに請われるままにそれを何回か繰り返し、目を開けると、依然としてポーリは不可解な顔をしていた。私は首をかしげる。


「うーん、ごめん。キミの属性、正直なところボクにはわからない」

「えっ」


 沈黙した後に、ポーリはガシガシと頭を掻いて、猛然と手元のメモに何かを書付け始めた。


「稀に複数の魔力を持つ魔法使いはいるけれど、普通は、わかりやすいくらいに魔力は一つしか反応しないはずなんだ。ところがキミの場合、どれも同程度の魔力を感じる。今のところ、どの属性にも当てはまらない状態、といったらわかりやすいかな」

「それって私は魔法が使えないということ……?」

「それは断じてない。君の魔力自体は豊富にある。ただ、潜在的にあるだろう魔力に対して、出力が少なすぎるのも気になる。まあ、一般的に言ったら十分な量だけどね。専門的な話になるけど、もしかしたら、体内の魔力のパスが未発達なのか、ちょっと特殊なのかもしれないなぁ」


 ポーリは顎の無精ひげを撫でつつ、ため息をついて今しがた書き付けたばかりの乱雑なメモ帳を眺める。つまり、私はどの属性の魔法も使えるようで使えない状態で、これはかなり珍しいことらしい。


「正直なところ、ボクも初めての事例で戸惑っている。何人か仲間に話を聞いてみないといけないかもしれないなぁ。ボクだけじゃ対処できない場合は、一時的にブルスターナで視てもらうことも考えないと……」

「ブルスターナまで行くの?」

「ああ、首都のブルスターナには、ボクの魔法の師匠がいるのさ。ボクに魔法を教えてくれた人なんだけど……」


 その時、話を遮るようにして、サンルームのドアが開いた。怒った顔のゾーイが顔を覗かせている。どうやら時間切れらしい。


「今日のレッスンの時間はとっくに過ぎているはずですよ! いつまで続ける気ですか! エリナ様は病み上がりなんですよ?」

「この子はなかなか興味深いんだよ。もう少し話を……」

「ダメです!」


 ポーリの嘆願をあっさり無視して、ゾーイは私を呼んだ。私は苦笑して立ち上がる。あまりゾーイを心配させたくはない。


「ポーリ、今日はすごく興味深かったわ。また来週、会いましょう」

「もちろん! ボクも次までにいろいろ考えておくよ!」


 人懐っこい笑みを浮かべたポーリに、私は軽く手を振ってサンルームを後にする。こうして、若干不可解な謎を残したまま、ポーリとのレッスンの一度目は終了したのだった。

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