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番外編 ある騎士の独白(4)

シルヴァ編になります。

前回意気揚々と「シルヴァ編、次で終わります!」とかなんとかいいましたが、終わりませんでした……。

 シルヴァ・ニーアマンとエリナ・アイゼンテールの婚約パーティーは、晩餐会の形をとっていた。続々と中央棟の大広間には貴族たちが集っているらしく、俺たちの部屋がある東棟まで貴族たちの騒がしい笑い声や、使用人の慌ただしい声が聞こえる。


(いよいよだな……)


 晴れ舞台を前に緊張をしているつもりはないが、どことなく落ち着かない。窓から見えるオルスティン山はすっかり日が落ちようとしていた。

 俺は鏡の前で、何度となくこの制服には袖を通してきた制服に袖を通し、複雑なカフスを留めていく。騎士団の制服は、全身濃い藍色をベースとしたもので、首を覆う襟の豪華な刺繍や飾り紐は朱色の糸で縫い取られている。胸には多くの勲章の略綬りゃくじゅ。騎士の誉れだ。

 この格好は騎士団員の第一級礼装となる。正式な場ではこの格好をすることが一般的だ。

 肩につく髪をリボンでしばり、いつもより念入りに髪の毛を撫でつけていると、不意に軽いノックの音が部屋に響いた。俺は慌ててドアを開ける。


「本当は事前にお見せするべきだと思ったのですが、どうですか、このドレス」


 遠慮がちにドアの向こうから現れた婚約者に、俺は持っていた制服の腕章をポロリと落とした。後ろに立っていた赤茶色の髪のメイドが、自慢げに胸を張っている。


「……こりゃ驚いた。綺麗だ」

「このドレスは、ルルリアお姉さまから選んでもらいましたから」

「いや、ドレスも綺麗だが、今日の俺の婚約者殿はいつにもまして美しい」


 お世辞抜きに褒めたのに対して、エリナはあからさまに渋い顔をした。どうも俺の婚約者は褒められるのが苦手な性格をしているらしい。しかし、見違えた、という表現がしっくりくるほど、今夜のエリナ・アイゼンテールは佳麗だった。

 レースをふんだんに使った純白のドレスは、透けるように白い肌をより一層美しく際立たせている。絹糸のような銀髪は複雑に結われ、すっきりとまとめられていた。柔らかな頬や唇には紅を付けたのか、いつもよりかなり顔色がよく見える。こちらを見上げる翡翠色の目は、いつも通り聡明さをたたえてうるんでいた。

 もともと整った顔立ちはしているな、とは思っていたものの、想像以上だった。


「可憐な妖精とばかり思っていたが、こりゃあルルリア嬢顔負けの社交界の華になる日もそう遠くな……」

「はいはい、もう時間ですよ。行きましょう」


 いつも通り世辞を素直に受け取ってくれない彼女に、俺は苦笑してエスコートするべく手を差し伸べる。一瞬の逡巡の後、やはり平常通りぎこちなく華奢な手が俺の手をとった。


◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


 婚約パーティーは、予想以上に華々しいものだった。アイゼンテール家の威光は存分に示され、城の大広間は、貴族たちの熱気と興奮で渦巻いている。

 パーティーの1曲目は、そのパーティーを主催、もしくは代表する男女が踊るカドリールから優雅に始まった。俺たちは壇上で、貴族たちに愛想を振りまきつつアイゼンテール夫妻のダンスを見ている。しかし、夫妻の優雅なダンスを見ているものは少ない。貴族たちの視線は今しがた堂々とした社交デビューの挨拶を終えた俺の横のエリナ・アイゼンテールに集まっていた。

 おそらく、今日の社交デビューはかなり貴族たちにとって鮮烈なものになっただろう。アイゼンテール家の謎の末娘「深窓の妖精嬢」は、その実、美しく気品あふれる美少女だったのだ。シンプルな白いドレスに身を包む彼女は、贔屓目抜きにしてもこの大広間に集まり、金糸銀糸で華々しく着飾った色とりどりの令嬢たちと比べても見劣りしない。

 ふいに、横に立っていたエリナが、扇子で口元をさりげなく隠しながら軽くため息をつき、俺を肘でこづいた。


「……あのような演出をするなんて、聞いてないです」

「ああ、騎士団の連中のことか。なかなか良かっただろ?」

「……入場からして、不相応に仰々しくありませんでした? 私は無難なものにしたかったんですが」

「ああいうのは、大げさくらいのパフォーマンスが良いんだよ」


 軽い調子で答えてやると、恨みがましそうに大きな翡翠色の目がこちらを睨む。表情にはすでに少し疲れが見え始めている。慣れない場面に疲弊するのも当然だ。

 その上、同僚の騎士団員たちのパフォーマンスは、やはり刺激が強すぎたらしい。それにまったく気圧されることもなく、堂々と入場しているように見えたが、その実俺の腕を組んでいた彼女の手は小さく震えていた。彼女の緊張や同様に気付いていたのはたぶん俺だけだろう。それだけで大したものだ、と思う。


「それにしても、シルヴァ様の女性人気を正直舐めていました。こんなに熱視線を浴びるなんて」


 自らの両親のダンスを眺めつつ、のんびりとつぶやくエリナの一言に、俺は一瞬固まった。


(……おう、マジか)


 さすが並大抵の普通の貴族令嬢ではないだけある。俺なんて今日はメインディッシュの添え物程度の注目しか集めていない。老若男女問わず、この大広間で視線を一手に集めているのはこのエリナ・アイゼンテールただ一人。ここまで注目されて無自覚でいられるのはある意味すごい。大物だ。もしかしたらここまで堂々としていられるのは、もしかしたらこの無自覚さ故なのかもしれない。


「うーん、大半は俺への視線じゃないと思うけどな」

「ははは、何をおっしゃっているやら」


 かろうじて答えた俺の一言に、エリナは乾いた笑みを返した。やはり無自覚らしい。末恐ろしいほどの鈍感力だ。

 やがて、1曲目のカドリールが終わり、アイゼンテール夫妻が軽く一礼をすると、それを合図に侍従長が再び来賓を告げた。貴族たちが一斉にざわめく。今日の最高位のゲストの登場の合図だった。


「ラーウム第一王子、そしてアベル第二王子御出座(ごしゅつざ)です!」


 重い扉がゆっくりと開かれ、扉の向こうから、王子二人が表れた。貴族たちが一斉に恭しくカウカシア王国の正式な最敬礼をした後、わっと歓声をあげる。今夜のパーティーは、二人の王子の父親であるカウカシア王国国王の代理として二人の王子が参加することになっていたのだ。最高位のゲストとして迎え入れられるのも必然だった。

 これも、アイゼンテール家の王宮への影響力や権力の強さゆえのことだ。


(まあ、普通はこんな辺境貴族の婚約パーティーなんかに王子二人もよこさないけどな)


 貴族たちの歓声に応える二人の王子は、相変わらずどこにいても目立つ。二人の王子は同い年であるため、一般的に言っても比較の対象になりやすいものだ。しかし、それ以上に、まるで炎と氷だ、と揶揄する貴族たちもいるほど、二人の性格は際立って相反するものだった。

 第一王子のラーウムは、明るく穏やかで人好きのする性格をしている。楽天的な性格をしているものの、一方で物事にあまり頓着せず、おおざっぱなところがあるのも事実だ。アイゼンテール家の長女、ルルリアの婚約者でもあり、また、カウカシア王国の建国までさかのぼる古い名家であるコンパーテス公家の公女を母に持つため、後見人の力も絶大だ。

 一方、第二王子のアベルは、高潔で誇り高い王子だった。それは近寄りがたさにもつながるものの、若くしてすでに威厳を身に着けたその姿にカリスマ性を感じる貴族たちも少なくはない。新興貴族であり、この半世紀で巨万の富を築き上げたギラデリ子爵家の息女を母とし、こちらも、爵位は子爵と言えど、財力においてギラデリ家にかなう貴族はおらず、後見人としての力は侮りがたい。

 この二人は次期国王候補という立場であるのは間違いないが、国王はどちらの王子を次期国王とするかをまだはっきり定めてはいない。切磋琢磨させ、二人の王子の成長を見て、どちらが王にふさわしいのかを決定するのだという。


(まあ、そうは言っても、国王陛下の本音としては二人の派閥(バック)の権力争いの様子を見ておきたい、ってところなんだろうな)


 不思議なことに、二人の王子はその背景にある過激な派閥争いにも関わらず、一緒に行動する姿がしばし目撃される。炎と氷、水と油と揶揄されてもなお、妙に馬が合うようだった。

 ひとしきり貴族たちに手を振ったラーウム王子が壇上にいるこちらを見て、親しげに微笑んだ。一見無邪気そうに見えるあの顔はよからぬことを考えているときの顔だと俺は知っているので、素知らぬふりをして視線を受け流す。あの王子は意外と腹黒なのだ。

 ついで、後ろに立つ第二王子のアベルがこちらを見た。主賓を確認する目的だろう。しかし、やがて冷たい目が、静かに見開かれた。目線の先は、俺ではない。

 嫌な予感がして、俺は隣にいる銀髪の少女をうかがった。背中に嫌な汗をかく。


「……!」


 俺の嫌な予感は的中していた。こういう時だけ、なぜか冴えわたってしまう自分の勘が恨めしい。

 隣に立つエリナは頬を赤くし、アベル王子と見つめあっていた。大きな目が、まっすぐアベル王子をとらえている。どうやら二人は運命的な出会いを果たしてしまったらしい。奇しくも、婚約パーティーという不相応な場所で。


(おいおいおい、勘弁してくれ。よりにもよって婚約者の隣で分かりやすく恋に落ちるな!)


 アベル王子は、確かエリナの一つ上だ。年が近く、また、エリナの可憐な美しさを見れば、恋の一つでも簡単に落ちてしまうのも、当然の気がする。

 しかし、俺にとって不利であることに違いはない。とにもかくにも相手が悪すぎる。立場的に言えば一介の騎士である俺に勝ち目はない。その上、この国の第二王子であるアベル王子は婚約者が未だいないことは宮廷内ではかなり有名な話だ。そして、万が一エリナを見染め、婚約したいとの意が伝えられたなら、ローラハム公はあっという間にこの婚約はなかったことにしてしまうだろう。

 それ以上に、見たことのない顔をして頬を染める婚約者に、俺は驚き以上に焦燥を感じていた。

 今まで狙った貴族令嬢すべてをモノにしてきたわけではない。俺もそこまで己惚れていなかったはずだ。それでも、どこか慢心していた。幼い婚約者は、未だ恋愛を知らないだけであって、多少大人になればきっと手中におさめられると。

 その儚い思い上がりは、瞬く間に霧散した。


(なるほど、幼い云々は関係なく、そもそもエリナ・アイゼンテールは、ハナから俺に全く興味がなかったらしい)


 どんな言葉をもってしてもなびかなかったあの変わり者のエリナ・アイゼンテールは、結局アベル王子の一瞥で射抜かれた。現に、どれほど願っても見られなかった表情を、現に今、アベル王子と見つめあったエリナはしているのだから。そのことが俺は厭わしくて仕方なかった。

 やがて、がやがやと大広間の中央に貴族たちが集まり始めた。二曲目が始まるのだ。

 横で突っ立つ婚約者を軽く呼んだものの、彼女は余韻に浸っているのか、いまだにアベル王子のいたあたりをぼんやりと見つめていた。


「さて、ボーっとしてるところ邪魔して申し訳ないが、そろそろ俺たちも下りようか」

「……あ、そうですね」


 ようやく現実に戻ってきたらしく、エリナはぎこちなく俺の手を取った。俺は微笑んでみせる。


「しばらく囲まれるだろうが、俺の婚約者殿は大人しくそばにいるように」


 俺の笑顔に対して、心ここにあらずといった状態でエリナは頷いた。俺は内心の焦りを隠して、彼女をエスコートする。今日は婚約者の用心棒に徹すると決めた。急務だ。


(絶対に、何が何でも、今夜アベル王子とエリナが接近することだけは避けたい)


 さっそく壇上を降りて貴族たちに囲まれた俺は、そっと婚約者を引き寄せた。

モテ男の片思いは書いてて楽しいですね!

長くなったので分けます!次でラストにします……!


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