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2.時間と夢の狭間

 物語は少し遡る。

 私、佐藤恵里奈とエリナ・アイゼンテールが出会った時の話だ。


「な、なにここ……」


 目を開けた私は思わずうめくように呟いた。真っ白な空間に私はただ突っ立っているはずなのだが、いかんせんあまりに真っ白な世界にいるため、上下の感覚すらわからないありさまだ。地面を踏みしめている感触が不思議としない。


「起きまして?」


 少女然とした澄んだ声が響き、いきなり目の前になにかが軽くポン、と音をたてながら現れた。


(え、女の子……!?)


 現れれたのは、銀髪の女の子だった。年は十代半ばくらいだろうか。幾重にもかさなる豪奢なレースのクリーム色の淡い色のドレスは、全体的に色素の薄い彼女によく似合っている。彼女の周りをキラキラと光の粒子がきらめき、上品な仕草で長い髪の毛をはらう。

 そして、伏せていた顔をゆっくりこちらを向けると、コクリと首を傾げた。深い湖のような翡翠色の瞳や、人形のような整った顔から、感情をうかがい知ることはできない。

 しばらく私たちは見つめあったが、ふと女の子が私に声をかける。


「アナタ、お名前は?」

「え……、わ、私に聞いてる!?」


 女の子はコトン、と首を傾げた。


「ここには、(わたくし)とアナタしかいないわ」

「うわ、絶対年下のくせに生意気!」

「助けてもらった身分で、私に生意気なんてよくも言えたものね」

「え、助けてくれたの?」

「そうじゃないとアナタはここにはいないわ」


 当たり前のように、白髪の少女は応える。

 不思議と、目の前の少女から感情は読み取れなかった。私のブーイングに対しても、怒っているようにも、からかっているようにも見えない。色素の薄い唇からつむがれる澄んだ声音も、恩着せがましさはあるものの、どこか事務的で平坦だ。


「私はエリナ・アイゼンテール。真名をエリナ・フォン・エイーゼナル・ガルシア・ウェインゲル・アイゼンテール」

「……私は佐藤恵里奈、です」


 私はまごつきながら、目の前の少女、エリナに名前を名乗る。エリナの胸元と私の胸元が一瞬強く光った。

 目の前の少女が突然発光したため、私は驚いたものの、当の本人はさほど驚くことなく、コクリと首を傾げた。


「サトウ・エリナ……。ああ、名前が一緒だからえにしが結べたのね。真名が短くて僥倖なこと」


 少女は独り言ちたけど、私はそんなことよりひっかかることがあって、必死で頭をフル回転させていた。


(この子に助けられた……?)


 そんな覚えは一切なかった。それどころか、私が生きた26年間、おそらく一度もこの人形のような少女に会ったことはないはずだ。

とにかく、私は一番最近の記憶から辿り始める。


 確か、私か金曜日の仕事終わりに愛車で行き先も決めずにドライブに行ったはずだ。この一週間、仕事でゴタついていたため、かなりイライラしていた。


(わかってくれない上司に、定時過ぎに厚かましく急ぎの仕事投げてくる営業の同期、まったく言うことを聞かない年上の後輩……)


 とにかく、今週は嫌なことばかりだった。今思い出しても、心の中のモヤモヤが晴れない。

 次の日は休日だし、どこか適当な場所でビジネスホテルに飛び込んで、一晩寝て、それから帰ればいいや、なんて考えていた。どうせ、家で待つ人はいない気楽な一人暮らしだ。


(犬とか、猫とか飼えば少しはこの生活も変わるのかなー)


 そんなことを考えながら、私は隣町の海沿いの見通しの良い道を走っていたはずだ。空いている道に気をよくした私はアクセルをぐっと踏み、そして、対向車線から大きくはみ出した黒いバンがスピードを上げてこちらにむかってきた。

 それから、目の前が真っ白になって、身体に衝撃が――…、


「え、待って! 私、事故ったぁ!?」

「そう。それで、死んじゃったの」

「え、私、死んだの……?」

「そう言ってるでしょ」

「車は?」

「ぺちゃんこじゃなかったかしら。アナタも」


 大した問題じゃないように、少女は無表情であっさり肯定した。


(いや、いやいやいやいや!!!)


 そんなあっさり自分の死を告げられて、「はい、そーですか!」と言える人はそういない。私だってそうだ。

 それに、ぺちゃんこになったらしい愛車は、まだまだ自動車ローンが残っている。

 私のパニックをよそに、エリナは淡々と質問を続けた。


「それで、アナタ、歳は?」

「こ、今年で、26歳」

「アナタの夫の身分は?」


 私は一瞬黙った。たしかに結婚していてもおかしくない歳ではある。友人たちも続々と結婚し始めたことも確かだ。

 ここで見栄を張っても仕方ないので、私は素直に白状した。


「……結婚してないし」

「そうなの?」

「ちなみに結婚の予定もない」

「…………」

「恋人もいないから。いたことないから」


 畳み掛けるように喋る私に、少女は気圧(けお)されたのか少し黙ると、ポツリと「思ったより大変そう……」と呟いた。


「おっとそれは聞き捨てならない言葉だね!? 別にそんなに大変じゃないから! キャリアを重視してたら運命の人に出会う機会がなかっただけですから!」


 それだけ一気に言うと、私はコホン、と咳払いを一つした。


「それで、ここはどこ?」


 私はとりあえずエリナ、と名乗った少女に質問した。今まで面接のように質問されていたけれど、こちらからも質問をし返さなければ、状況がつかめない。


「時間と夢の狭間(はざま)、と言ったらいいのかしら」

「は?」

「詳しく説明すると長くなるし、詳しく説明してもアナタ、わからないわ」

「えーーっ」


 私の質問タイムは1分も経たずに終了した。なんて一方的なコミュニケーションだろう。

 エリナは逡巡するような間をおいたあと、薄い唇からほう、ため息をついた。それは困っている、というより何か重いものを持っているときにでる一息のようなため息だった。現れた時よりだいぶ顔色も悪い。


「ねえ、ちょっと顔色悪いんじゃない?」

「この空間、無理やりつくってるもの。さすがに魔力の消耗が激しいわね。契約にも魔力をつかってしまったし」

「それは、もしかしなくても大丈夫じゃないってこと?」

「そうね、あまり時間はないわ。ここからは一方的な説明になるけれど、よく聞いてちょうだい」


 気づけば、私たちのいる白っぽかった部屋は少しずつグレーがかった色になっている。それどころか、あちこちが滲むように暗い箇所もあった。本能的に終わりが近づいているのだと私は悟る。


「アナタには、世界を救ってもらいます。私の母国、カウカシア王国は一度滅んでしまったの。私はそれを阻止するため、アナタにカウカシアを託すわ」


 エリナの一言に、私は一旦思考停止しかけた。今、目の前の銀髪の少女に、とんでもないことを言われた気がする。


(世界を救う? 26歳の一般女性に、世界を?)


 しばらくポカン、としたあと、私は猛然と手を振った。


「いや、無理無理無理無理! 私、魔力とやらも多分ないし」

「ええ、今のアナタはまったく魔力がない。驚くほどないわ」

「そ、そんなにないの……」

「その身体でカウカシアを救うのは無理でしょうから、特別にアナタには私の身体を使ってもらって、7年前から生きてもらうわ」

「えっと、つまり、私はこれから別世界で転生するってこと?」


 小説や漫画でよく読むやつね、と頷くと、エリナは少し複雑な顔をした


「ありていに言えば、そういうことになるかしら。でも、その間私の魂がさまよわないように、私もアナタの身体に入らないといけないの」

「あー、身体を交換するってことね」

「ええ。でも、私は永遠にアナタの身体で生きるつもりはないから安心して」

「う、うん」

「あと、アナタの時間と、私の時間の流れが違うから。……そうね、私はアナタの3年前からやり直しになるはずよ」


(私の3年前……?)


 そう言われても、悲しいかな、ぱっと何をしていたか思いつかない。我ながら、淡々とした人生だ。変わって困ることもない。体が入れ替わっても、さして大きな問題はなさそうだ。


(やだ、ここ数年、仕事の記憶しかないじゃない)


 たぶん、3年前はほとんど職場と家の往復していた。2年前も、1年前も。ついでにいえば、今週も。

 ただ、3年前であれば少なくとも私は生きている。他人が私の人生を生きることに対して、抵抗感はないわけではないし、不安もあるけれど、死ぬより100倍マシのように思えた。


「私は死なないで済むってことね」

「ええ、アナタにとってメリットはあると思うわ」

「もし、私が拒否したら?」

「拒否権があると思って?」

「そりゃ、この状況じゃないよね……」


 拒否したら私はあっさり死ぬのだろう。26歳の若さで。


「私の人生に未練がないと言ったらまったくの嘘になるし、やっぱり私、生きたいわ」


 私はゆっくりと頷いた。少女は私を見つめ、再びため息のような吐息をつく。


「意外と飲み込みが早くて助かるわ。私の身体にアナタの魂が入れば、必要な記憶はすぐに蘇るはずよ。カウカシアを救ったあかつきには、きちんと身体は返します。もしアナタが変な気を起こすようであれば、状況確認しだいアナタの身体を八つ裂きにしますから、そのつもりで」

「え、いまさらっと怖いこと言わなかった?」

「それから、私の身体でその言葉遣いはやめてちょうだいな。品がないもの」

「ねえ、さっき怖いこと言ってたわよね?」


 私の質問を無視して、銀髪の少女エリナは少し目を閉じた後、流れるような仕草で手をクルリ、と振る。そのとたん、急に照明が落ちたように前触れなく目の前が真っ暗になった。それから、急に心臓にフワッとした浮遊感を感じ、そのまま果てのない真っ暗な闇の中を落ちていく。


「え、え……」

「時間切れみたい」

「私、フリーフォール系のジェットコースター苦手なんだけどぉおおおおおお!!」


 ――また聖なる夜(オーリーニヒト)に会いましょう。


 私の絶叫を無視して、耳元で涼しげな澄んだ声がそっと囁いた。

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