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24.突然の幕切れ

 アベルが悪態をつき、踵を返して去ってしまい、後には私とルルリア、それからラーウムだけが取り残された。

 ラーウムとルルリアが顔を見合わせて、やれやれとばかりにため息をつく。


「あいつ、本当に女の子の扱いがわかってないよ。……っていうか、ダンス断られたくらいであんなに怒るなんて大げさだなぁ」

「まったくですわ。もしかして、ダンスを断られたのが初めてだったとか?」

「えー、さすがにそんなことはないと思うんだけど」


 ルルリアとラーウムは不可解な顔で首を傾げたあと、気づかわしげに私を見た。


「エリナもさぞかし怖かったでしょう。よく考えず二人きりにしてしまってごめんなさいね」

「……え、ええ」

「いつもはああいうお人じゃないんだけど、今日はよっぽど虫の居所が悪かったのかしら。ちょっと気分屋なところがあるから……」

「そう、ですか……」


 ルルリアのフォローに私はうつろに頷いた。ずっと憧れていたアベルとの初対面の印象は最悪だった。それこそ、百年の恋が冷める勢いで。


(返して、私の恋心……)


 がっくりというより、なんだか魂が抜けたような感覚だ。身体中がふわふわする。


「……エリナ、お顔が赤いけれど、飲み物は飲んでいる?」


 ルルリアに指摘されて、私はだいぶ顔が火照(ほて)っていることに気が付いた。顔だけではなく、全身が熱い。ルルリアがすぐにメイドを呼び、水を持ってくるように告げる。ラーウムが心配そうな顔をして、手でパタパタと私の顔をあおいでくれた。

 冷たい水が入ったグラスを持ってすぐにメイドが小走りでやってきた。私はそれ受け取ると、ありがたく一気に飲み干す。


「ちょっとのぼせてしまったかしら? こういう場所では、たくさん飲み物を飲まなきゃダメよ」

「エリナ嬢は、初めてのパーティーだから勝手がわからないよね。パーティー会場は人の熱気で暑くなってしまうんだよ。今日は特にすごいからね」


 ラーウムの言うとおり、天井の巨大なシャンデリアからの熱気もすごいが、それ以上に会場は大いに盛り上がり、人いきれでむんむんしていた。


(これだけ盛り上がれば、婚約パーティーは成功だったって言えるわよね)


 この一月、頑張ったかいがあった気がして、私は目を細めて少しホッとする。料理人のガウスたちがこの日のために手掛けた色とりどりの料理たちも評判は上々のようで、料理が置かれたテーブルには常に人だかりができていた。手配した広間の装飾の(たぐい)も過不足ない。


(問題なく、今日のパーティーは終わりそう)


 ほんのりと達成感を感じつつ、ぼんやりとさざめきあう貴族たちの群れを眺めていると、貴族たちをかき分けて、長身の青年がまっすぐこちらに向かってやってきた。シルヴァだ。

 ルルリアとラーウムがこちらにやってくるシルヴァに気づき、軽く微笑んだ。シルヴァは踵を打ち付け、騎士の最敬礼をラーウムに向ける。


「ラーウム王子、今日は来ていただいてありがとうございます。ルルリア様におかれましては、今日もご機嫌麗しゅう」


 ルルリアは微笑むと優雅に礼を返した。ラーウムは嬉しそうにシルヴァの手を取ってガッチリと握手する。


「シルヴァ、婚約おめでとう。君のような色男が結婚なんて、さぞかし多くのご令嬢方が枕を濡らしたことだろうね」

「王子、からかわないでください。そんなことはないと思いますよ」

「ははは、どうだか」


 からかうような微笑みを浮かべたラーウムに、シルヴァは珍しく心底困ったような顔をして、眉毛をぎゅっと下げた。二人の様子から判断するに、彼らはどうやら旧知の仲のようだ。

 シルヴァはさっと話題を変えた。


「先ほどアベル王子も一緒だったとお見受けしましたが」

「ちょっとエリナ嬢といろいろあってね。なに、君の婚約者は全く悪くないよ。悪いのはアベルのほう。あいつも頭を冷やす時間が必要だ」

「ほう、頭を冷やす時間、ですか。その件に関しましては非常に興味をそそられますが、今度ゆっくり話を聞くとしましょう」


 そう言うと、シルヴァはさっと私の手を取った。急なことに驚いて、わたしはシルヴァを見上げる。


(あれ、怒ってるよね、これ)


 いつもの柔和な笑みを浮かべているはずなのに、なんとなく怒っているような気がする。


「俺の婚約者殿をお借りしますね。それではよい夜を」


 そういうと、ラーウム王子の返事を待たず、シルヴァは無理やり私の手を引いてバルコニーへぐいぐい引っ張りだす。


「え、ちょっと……!」

「…………」


 シルヴァは歩くたびに貴族から交わされる挨拶を無難にかわしながら、半ば強引に私を人気のいないバルコニーへ引っ張り出した。

 春先の夜、まだ冬の凍てつくような寒さが残る広いバルコニーは、さすがに人気がない。遠くから貴族たちの笑い声が響いていた。私の頬を、冷たい風が撫でる。気持ちがいい。

 改めてシルヴァと向き合うと、やはりシルヴァは怒ったような、焦ったような顔をしていた。初めて見る表情だ。


「あ、あの、私、何かしました……?」

「言いたいことは山ほどあるが、とりあえず今はやめておくとするよ。で、本題なんだけど、婚約者殿はもしかして酒でも飲んだ?」

「……? いえ、水しか飲んでいませんが」

「じぁあ、なんで……」


 急にぐい、と手を引かれ、シルヴァの顔が近づいた。

 あまりの近さに心拍数が上がる。

 漆黒の瞳が間近でこちらを見る。今まで全く気付かなかったけれど、シルヴァの瞳は、吸い込まれそうなほど深い闇の色なのに、ところどころ虹彩に金色の不思議な色が混じっていた。どこか深い夜と星々を思わせるような美しい瞳だ。


(きれい……)


 そう思った時、額にこつん、と軽い衝撃が走る。後ろで聞きなれた誰かの悲鳴が聞こえた。


「え……」

「あー、ほらな。熱がある」


 低い声でそうつぶやくと、シルヴァはさっと身を離してくるりと後ろを振り返った。腰を抜かすほどに驚いてしまったものの、シルヴァががっちり腰あたりを掴んでいたため、ヘナヘナと崩れ落ちずに済む。身体が熱い。


「あれ、か、顔が熱い……。っていうか、なんかだるい……」


 唐突に身体がぐらりと傾いだ。シルヴァの支えなしでは立つのも難しいほどにめまいがひどい。


「俺につかまって。その熱じゃ、立つのもやっとだろう」

「え、熱!?」

「なんだ気づいてなかったのか……」


 呆れたようにシルヴァはため息をつく。そうこうしているうちに、ゾーイが異変に気付いてこちらに走ってきて、駆けつけざまにシルヴァの脇腹にポカポカと拳を打ち付けた。先ほどの悲鳴は、どうやらゾーイだったようだ。


「し、シルヴァ様! 私、遠巻きながら見ておりましたからね! いくら婚約しているとは言えあのような真似は……!! 人目があるかもしれないところで、せ、接吻なんて!」

「やめてくれ、さすがにそんなうかつな真似はしない。そんなことより婚約者殿は明らかに熱があるようだ。この熱では立つのもやっとだぞ」

「え、エリナ様が!? まあ、本当だわ! お顔が真っ赤……! 誰か人を……!」

「いや、俺が部屋に運ぼう。ローラハム公には連絡を」


 ゾーイは蒼い顔をして頷くと、さっと広間へ走っていった。


(え……)


「まだ……パーティーが……」

「馬鹿、そんなものどうとでもなる。休むのが先だ」


 少し荒々しくシルヴァが答える。ふわりと身体が浮いた感覚がした。シルヴァが私を横抱きしたのだ。私はシルヴァの腕から逃げようと、少し身体をひねろうとしたが、熱を持った身体は全く思ったように動かない。


「自分で……歩けます……」

「嘘をつくな」

「…嘘じゃな、い……」

「まったく、俺の婚約者殿は無理ばかりするなぁ……」


 シルヴァのあきれたような低いつぶやきに答える前に、私はすっかり気を失っていた。

すみません、重要な部分を間違えておりました!!アベルとシルヴァの名前を間違えて書いてある箇所がありました…

1週間気づかず、放置しておりました。

7月19日に改訂しました。

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